第16話 ボス部屋


 六階層の後半に入ってから、明らかに敵の密度が上がっていた。


 岩壁に沿って進むたび、空気の中に微細な揺らぎを感じ取る。そのたびに《魔力探知》を発動し、敵の気配を探る。


 魔力は削られていくが、それでも油断はできなかった。


 待ち伏せていたグリムフロッグ。狭い岩穴から顔を覗かせるブラックウルフ。そして、通路の天井を這うように潜んでいたアイアースネーク。


(どれも、探知してなければ先手を取られてたな……)


 そう実感させられる場面ばかりだった。

 《魔力探知》を使えば、反応の数も動きも、すぐに掴める。目に見えない敵が、まるで透けて見えるようだった。


 だからこそ危険を避けつつ、確実に数を減らしていけた。ソロで挑むなら、これほど頼もしいスキルはないだろう。


 おかげで無駄な被弾はほとんどない。戦闘そのものの効率も良く、体力の消耗も最小限で抑えられていた。


「ふぅ……」


 やがて、六階層の最深部が見えてくる。

 そこを抜ければ、いよいよ次──最深部の七階層だ。


 短く息をついて気配のないことを確認してから、俺はそのまま階段へと足を進めた。

 いよいよ、このダンジョンの終点。


 ここからは、いっそう集中して進む必要がある。


(とはいえ、だいぶ魔力を使い込んでるな……)


 無理のない立ち回りだったとはいえ、《魔力探知》の発動回数は二桁を超えていた。

 感知範囲は狭い。だからこそ、短間隔で発動していたのが響いてきた。


 七階層に入ってからも、数回は発動して索敵を行う。が、次第にその反応速度が鈍くなっていくのを、自分でも感じていた。


(……もう限界だな。もしもを考えて、あと一回使えるかどうか)


 気配に敏感になった感覚は今も健在。だが、魔力を補助に使えないなら、それも頼りにはできない。


 そして通路を抜けた先、視界が急に開ける。

 濃い霧のような魔力の気配。そこだけ空間の密度が違うと錯覚するほど、周囲の空気が張り詰めていた。


 広い空間──そして、殺気にも似た重圧。


「ここが、ボス部屋だな」


 空間の中央には、何かがうずくまっている影。

 だが、その姿は霧に包まれ、明確には見えない。


 それでも、はっきりと分かる。このダンジョンの中でも、群を抜いて強力な存在が、そこにいる。


 武器に手をかけながら、ポーチの中を探る。

 指先が、小さな小瓶の冷たいガラスに触れた。


(体力は十分。でも、MPは空っぽ寸前だ)


 魔力回復薬。

 一本八十万円。俺にとっては高価な品だ。

 陽菜のポーション代も残しておかなきゃいけないから、なかなか手が出せない。だから今回は一本だけ。


 けれど、使いどころは今しかない。


 小瓶の封を切り、喉に流し込む。

 瞬間、冷たい感触が体の内側を駆け巡り、染み込むように魔力が戻ってくる。


「……よし」


 完全な回復ではない。だが、戦闘中にスキルを使える程度には戻ってきた。


 あとは集中するだけ。

 魔導書を閉じ、静かに腰を上げる。

 広間の奥に潜む存在──このダンジョンの頂点。


 その気配は、次第に明確になっていく。

 牙の擦れる音、岩を踏みしめる気配。


 やがて、咆哮が広間に響き渡る。

 重厚な足音が床を揺らし、D級の魔物──ヘルハウンドが姿を現した。全身を覆う硬質な灰色の毛皮は風を切り、背中の黒い棘が冷たく光る。赤く鋭い瞳がじっとこちらを見据えていた。


「……来たか」


 俺は静かに息を整え、武器を握り直す。

 若干の疲労が体に残るが、気を引き締めるしかない。


「まずは様子見だ」


 瞬間、敵が低く構え、牙を剥いた。


(──《瞬発力強化》)


 意識的に体を弾ませる。

 筋肉の収縮が極限まで速まり、爆発的な加速を生み出した。


 僅か半歩の横跳びで、ヘルハウンドの牙は空を裂くのみ。そのまま背後へと回り込み、一撃目の斬撃を喉元に叩き込む。


 肉を切り裂く感触と共に、ヤツは一瞬ひるむ。

 しかしすぐに反撃の構えを見せ、前脚を振りかぶる。


「……っ!」


 《瞬発力強化》を再び発動。

 踏み込みと同時に体が加速し、爪の届かない間合いを瞬時に詰める。


 脇腹に深く刃を突き立て、ヘルハウンドの体が大きく揺れた。敵は咆哮を上げ、倒れ込もうとしたが、すぐに踏みとどまる。

 そして体制を低くした。距離を取ろうとしているのだろう。


「ここで終わらせる!」


 集中力を研ぎ澄ます。

 ヘルハウンドの攻撃軌道を見極め、寸分の狂いもなく身を翻す。


 敵が振りかぶった鋭い爪が空を切り裂く。

 その一瞬の隙を逃さず俺は全力で踏み込み、喉元を貫通する勢いで渾身の一撃を放った。


 鋭い痛みと共に敵の体がぐらりと揺れ、やがて重たく崩れ落ちる。

 静寂が戻った広間に、俺の荒い呼吸だけが響いた。


「……やった」


 体力の消耗は大きかったが、確かな手応えと成長を感じる。


──《レベルアップ》


 魔導書が淡く光り、ステータスが更新された。




==========



↓こっちも応援してくださると嬉しいです!↓


『左腕と引き換えにS級ダンジョンボスをソロ撃破したら、使い魔と仲間達の目が曇ったんだが』

https://kakuyomu.jp/works/16818792436270592859

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

F級覚醒者だけど固有武器【白紙の魔導書】を強化したら、俺だけ経験値やスキルポイントが貰えるようになった件〜スキルツリーを進める為に、ダンジョンでレベルを上げ続けます〜 きのこすーぷ🍄🥣 @sugimonn19981007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ