第2話 風を出す白い箱と一枚の写真

空き家に通うようになって、数日。


リュミナは、今日もこっそり村を抜け出して、谷の奥の「風の家」へと向かっていた。

誰にも言ってはいけない、でも毎日来たくなる、そんな不思議な気持ち。


「……お邪魔、します……!」


家の扉を開けるたびに、ほんの少しだけ、玄関のにおいが変わる。

昨日より乾いたにおい。今日は少し土っぽい。

誰もいないはずなのに、まるで家が呼吸しているようだった。


例の風を出す白い箱──リュミナはそれを「カゼだしさま」と呼ぶようになっていた。


リュミナ:「カゼだしさま、今日もいい風ですね」


リュミナがそう言うと、白い箱はフォオーン……と音を立てて、ほんの少しだけ風が強まる。


まるで、白い箱が返事をしてくれているようだった。


今日は、持ってきた干し肉と木の実のパンを、ちゃぶ台の上に並べて昼食にするつもりだった。

畳の上に座って、ひとくち食べて、ふと天井を見上げる。


「……あの箱、どうやって風を出してるんだろ…?」


村には、そんな機械はひとつもない。

ましてや、誰も住んでいないはずの家で、電気も魔法も使わずに動いているなんて――


不思議、だけど、怖くはなかった。


ぽつり、ぽつりと自分の話を家に向かってしてみる。

学校であったこと、村の年寄りたちの噂、両親が旅からまだ帰ってこないこと。

リュミナの声だけが、古びた部屋に、やさしく響いた。


すると、そのとき。

座っていた床のそばから、「コトッ」と、小さな音がした。


「あれ……?」


床板のすき間から、何かが落ちてきた。

小さな、四角いもの。

表面はつるつるで、紙ではなさそうだった。

拾ってみると、写真だった。


笑っている、知らない人たち。

服も髪型も、見たことがない。けれど、どこか楽しそうで、どこか懐かしい。


「もしかして、写真に写っているこの人たち……この家に、住んでいた人なのかな?」


カゼだしさまが、ふわっと風を送った。

それは、まるで、肯定のようだった。


リュミナはその日、ちゃぶ台に写真をそっと置いたまま、いつもより少しゆっくりと帰った。


空き家は、静かにそこにあった。

でも、謎の多い家の静けさの中には、確かに『何か』が生きていた…

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空き家、異世界へいく。 小阪ノリタカ @noritaka1103

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