side 花澤

私は、基本的に「話す」のが苦手だ。


人と仲良くなるのも下手だし、感情を人に見せるのも好きじゃない。

だから文芸サークルに入って、小説という“遠まわしな自己紹介”で、なんとかこの場所に居場所をつくった。


そんな私の静かな日常に、去年の春、ひょっこり現れたのが春木だった。


──USBを落としたのは、わざとじゃない。

ただ、彼はきっと気づかないだろうと思ってた。

でも、彼に読んでもらいたいような気もしていた。

心のどこかで、誰かに気づいてほしいと思っていたのかもしれない。


でも、次の日。


「これ、落としました。中、見ちゃってすみません」


って言って返してきた春木は、顔を真っ赤にして、私を見つめていた。


「すごく、よかったです」


その一言が、ちょっとだけ、私の中の何かを揺らした。


それから私は、ぽつぽつと「話」を春木にするようになった。

子供の頃に飼ってた猫の話とか、読みかけの本の感想とか。

誰にも話したことない夢の話まで。


あいつは、全部まっすぐ受け取ってくれる。

否定しないし、茶化さないし、踏み込まない。

なのに、ちゃんと残してくれる。


それが、うれしかった。


でも私は、不器用なままでいた。


春木が「100話目」の担当に決まった時も、素直に応援するのはなんだか照れくさくて、


「どうせ遅いから、締めにちょうどいいよね!」

なんて言ってしまった。


本当は、わかってた。


あの子なら、ちゃんと書いてくれるって。

私が渡してきた「話」を、何ひとつ落とさず、何かに変えてくれるって。


学園祭当日、文芸サークルのブースには一冊の本が並んだ。


『100話アンソロジー』


私は最後のページを開いた。

春木の「100話目」。


『これは、僕が出会った、世界で一番不思議な先輩の話だ。』


たったそれだけで、胸が詰まった。


読み進めるうちに、私の中の過去や、言葉にならなかった想いが、

そっと、ひとつひとつ、物語になっていた。


「この話は、僕が大切な人にもらった“宝物”です。

それはきっと、あなたにも届くと信じています。」


最後のあとがきを読み終えた時、私は笑うしかなかった。

ああ、そうだ。

これは、あの子が、私に向けて書いた“話”。そして、私が世界でいちばん嬉しかった小説だ。


泣きそうだったのが悔しくて、強がって言った。


「……まあまあじゃん。ちょっと泣きそうになった」


でもあいつは、にやっと笑って、


「ちょっとだけ、ですか?」


なんて言うから、つい、本音がこぼれた。


「……バカ。すごく、だよ」


春木が書いてくれたこの“100話目”。

私がいちばん欲しかったものなんだ。


帰り道、私はスマホのメモ帳を開いた。


タイトルは、こうだ。


『101話目:君と書く未来』


――続きは、ふたりで書いていくって、悪くないでしょ?



おしまい。けど、多分始まり。





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終わりだけど、始まりの物語。 茶ヤマ @ukifune

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