【全年齢版】東条かなこ、全裸連盟に加盟する

あきら ふとし

第1話  『テクノブレイク』

 先日、幼馴染が死んだ。名前は東条かなこ。享年十八歳。


 死因は、自慰行為中の脳出血。俗に「テクノブレイク」と呼ばれる死に方だった。つまり快楽で死んでしまったということ。

 

 なぜ僕が、こんなに他人事ひとごとなのかといえば簡単な話、彼女が亡くなった現場にいなかったからだ。女の子がどうやって自慰にふけるかも知らない思春期が過ぎ去っていない僕には創造がつく訳もなく、意味が分からなかったというのが本音だった。


 幼馴染もとい東条かなこは、控え目に言っても少し変わった子だった。いや、語弊がある。やっぱり少しどころではないと思う。僕の幼少期はまさに東条かなこによって振り回されていたといって間違いない。彼女との奇妙なやり取りを僕は思い出していく。


「快楽ってなんで嫌われるのかしら」


「知らないよ」と答える僕に彼女は酷く出来の悪い生徒を諭すように答えた。


「たぶんね、人は動物である自分を嫌ってるの。交尾のとき、いちばん本能的な顔になるでしょう? それが怖いのよ、たぶん。私、そこに興味があるの。人間のいちばん見せたくない部分に興味があるの」

 

 かなこは何を言いたいのかよく分からなかったけど、次の彼女の言葉で僕に何をさせたいのかよく分かった。


「ねえ、いますぐズボンを脱いで見せて」


 僕は何も言えなかった。彼女の言葉が突拍子もなさすぎたというのもあるけど、そこに、妙な正しさもあったからだ。


「黙ってたら、何も分からないけど」


 かなこは怪訝そうな様子で答えた。


「それは駄目だよ」

 

 僕はなんとか答えた。かなこは僕を蔑むような眼で睨みつける。頼むそんな眼で僕を見ないでくれ。


「なんて情けない雄なの? じゃあ、私が先に見せるから、君も見せなさいよ。ほら、それなら公平でしょう」


 彼女はそう言ってスカートをたくしあげようとする。


「止めてくれっ!」と僕は思わず声を張り上げてしまった。


 僕は急いで自分のズボンを下ろした。彼女は「ほほうっ」といった様子で凝視していた。


「なるほど、これが同世代の——」


 ふむふむと関心したような様子で彼女は僕のをまじまじと見つめている。時折、メモ帳を開くと何か記入にしている様子だった。


「どうして気持ちのいいことをガマンしなくちゃいけないんだと思う?」


 彼女は何かメモを取りながら、脈絡もなくそんなことを言い出した。


「ど、どういうこと……」


 困惑する僕を差し置いて彼女はとても真剣な眼差しで持論を述べた。


「さっきの話よ。三大欲求なんて大層なことを言う癖に、性欲だけないがしろにされるじゃない。……私ね、それが許せないの」


「む、昔、そんな漫画あったよね……。食欲と性欲の価値感が反転するっていう話だったと思うけど」


「そう。私にも、そういった感情はあるの。価値観なんて反転してしまえば良いのにって思うときはある。私はね……オス体液リキッドが欲しいの。雄の生殖器から発射された体液リキッドを調べていけば、もっと皆が性に対して前向きに考えられるようになると思ってるの」


オス体液リキッド


 彼女の言葉に僕は何も反論出来ない。いや、させてくれないが正しいが、彼女は本当に何を言っているのか僕には理解できなかった。


「ねえ、ほら早く、君のを大きくして。採取したいから」


 彼女は、牛からミルクを絞り出すくらい簡単でしょというような仕草をしている。幼馴染の前でそんなことをするのは興奮以上に緊張したというのが事実だった。


 倫理観の欠如。でも、僕は彼女に逆らえない。生物的本能に刻み込まれた僕の遺伝子ジーンの羅列。


 僕は彼女に逆らうことは出来ないから言われた通りに下ろしたあズボンのまま、触り始める。呼吸が浅くなっていく。

 

「ほら、呼吸をもっとして。深呼吸よ、深呼吸ッ。呼吸が浅くなると、身体に酸素が回らないから、そうなると大きくさせるのはどんどん難しくなるわ」

 

 彼女は真剣な表情で僕のを見つめ語りかける。彼女のアドバイスに従って呼吸を大きくさせていく。


「……やっと大きくなってきたわね。思っていたより大きいね。まるでパンサーよ。よくデカいのが好きなのは男だけという話を聞いたことがあるけど、あれは嘘よ。私、デカいの好きだもの。さあ、そのまま体液リキッドを吐き出しなさい」


「そ、そんなの出来ないよ……」


 彼女は手に顎を乗せて逡巡していた。ワトスン君をこき使うために考えを巡らせるシャーロック・ホームズのように。


「私にも責任があるし、不出来な君を助けるのも仕事のうちね」


 そう言って彼女は素手で握ってしまう。僕は身体が硬直してしまう。彼女の手はひんやりと冷たく、身震いしてしまった。まだ、手を繋いだこともないのに僕は幼馴染に体液リキッドを出すことを強要されていた。


「あ、あ……」


 僕は喘ぎ声を挙げることしか出来ない。本当に情けない話ではあるのだけれど、この時、僕は完全に大きくなっていた。それくらい彼女の手は柔らかく、そしてシゴくところは力強く容赦がない。

 

「あ、あぁ、もうダメぇ……!」


「誰がメスみたいな声を出しなさいと言ったのよ。まだ数秒じゃないっ」


 そう言って、彼女は僕の根元部分を力強く押さえ始めた。


 発射寸前の僕は、それで止まってしまった。いや止められてしまった。


 頭の片隅で、あわよくば彼女の顔に発射出来ればいいなと思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。根元から押さえられてしまったことによって、根元に溜まった液体リキッドが出口を求めて暴れ回っていた。


 い、逝きたい。俺に生きる実感をくれっ。


 僕の心は叫んでいた。かなこは昆虫実験を楽しむ子どものように僕のを苛めていた。


「しょうがないなぁ。じゃあ、5秒カウントダウンするから、そしたら発射していいよ」


 かなこの女神のような声に、僕はただ「ううぅ……」と情けなく頷いた。


「5」


 発射……発射……。


「4」


 くぅう……!


「3」


 もうすぐ。


「2」


 よっしゃあぁ……!!


「1」


 イッグっ……!!!


「1」


 ふぉおおお!!! ……え?


「1……」


 地獄はここにあります。頭の中。脳ミソの中にね。そんな言葉が頭をよぎった。

 

 彼女は出口のない「1」という数字を僕に呼び続けていた。僕の頭は狂ってしまう。それは、時間の問題だった。数字は「1」を指しても、僕の発射感は現実リアルであり、既に「0」を指していた。


「はぁい、よく我慢できてますねぇ。これから情けなく発射——」


 かなこの言葉の前に、僕は『どぴゅうう!!』と情けない大量発射を決めてしまった。


 かなこは自分が言い切る前に出してしまった僕に対して侮蔑の表情を浮かべていた。


 彼女は事務的に、そしてスピーディに何処からか試験管を取り出し、受精し損ねた僕の哀れな体液リキッドを回収していた。自分の体液リキッドを女の子に回収してもらえるのは中々、興奮するシチュエーションだったけれども、かなこにそんなことを知られれば何を言われるか分からない。僕はただ黙って黙々と回収するのを眺めていた。


「まあ、こんなものね。お疲れ様」


 彼女は、まるでそれまでの異常な光景などなかったように淡々と答えていた。人が代わったかのように。まるでボディ・スナッチャー。彼女にはスイッチがあるようにオン・オフと切り替えており、今さっきまで発射を強要していた東条かなことは別人に成り代わっていた。


 かなこは一連の実験が終わると、僕に優しかった。それからは他愛のない学校の世間話や僕の家族の話に移っていく。そんな日々を繰り返していた時期があった。それが、僕を巡る東条かなことの記憶の一つだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【全年齢版】東条かなこ、全裸連盟に加盟する あきら ふとし @go_go_yubari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ