第26話
「小石川で連続殺人事件?」
「最近よく記事にもなってん。犠牲者は決まって、十二才の女の子なんやて」
「子どもを手にかけるなんて最低ね。糸ちゃんも気をつけないと」
青果屋や乾物商など食品を扱う店が並ぶ通りを歩く志乃たちは、ちょっとした見せ物のようになっていた。志乃の隣には白髪の人形じみた男、さらにその隣には大柄で紋紋の入った明らかに堅気ではない男。そして物騒な男どもの隣を、小さな女の子が歩いているからである。
「あら、この大根立派ね。おいくら?」
「値段など気にする必要はない。主人、これで足りるか」
「ヒエェ、旦那こんなにいただいていいんですかい?」
「ちょっと咲夜さん、払い過ぎよ! なんでそんなにザル勘定なの!」
「……?」
挙動もこの通りなので、言葉を発するたびにさらに衆目を集めている気もする。
初めは恥ずかしかったが、もう途中からどうでも良くなった。気にしたほうが負けな気がしてきたのだ。
糸を迎えたドタバタの初日を終えた翌日。志乃は咲夜に提案した。しばらく、朝顔に朝食は頼まず、みんなで食事の用意をしないかと。
初め意図がわからぬ様子で、首を傾げていた咲夜だったが。
懇切丁寧に何度か説明して、「志乃がそうしたいなら」と承諾してくれた。
呪術師の仕事は夜が主だ。朝なら皆揃って出かけられるというのもあった。お互いの理解を健全に深めつつ、糸との心の距離を詰めるには、もってこいの機会である。
志乃は、早くに起き出して身支度し、糸や惣弥にも声をかけた。惣弥は面倒くさがるかもしれないと思ったが、糸が行きたいと言えば、「ほないこか」とあっさりついてきた。
こざっぱりとした糸は、朝顔に支度をしてもらい、小紋を着せてもらっている。仕立ての良い着物にそわそわする様は、この家にやってきた時の自分を彷彿とさせた。
「そうそう、話が途中やったな。んで小石川の——」
「小石川の事件に限らず、子どもを狙った事件事故は多い。弱いものから搾取されるのは昔からのこと。そう騒ぐものでもないだろう」
興味なさげにそう呟いた咲夜を、糸がギロリと睨んだ。
「ちょっと咲夜さん。そういう言い方は良くないわ」
「わかった改める」
志乃に話しかけられたのが嬉しいのか、顔をキラキラさせている。今は注意をしたのだが、と困った顔をしていれば。
「小石川といえば、とっておきの怪談話がありましてね」
新聞に包んだ大根を差し出しながらそう言ったのは、青果店の主人である。
「ほぉん、どんな怪談や。きかしてみ? この惣弥さんが怖くて小便ちびったら、もう五本大根買うたるで?」
「ちょっと惣弥さん、話が複雑になるからやめて。……ちなみにどんな怪談なんですか?」
おかしな容貌の男たちが店前に集まってしまったせいで、他の客たちがそそくさと離れていくのが目の端で見えた。それでもきちんと応対してくれたことに感謝し、ちょっとくらい世間話に付き合わねばと、志乃は主人に話の先を促す。
「あの辺はねぇ。もともと子どもの失踪が多いんですよ。子どもが集団で歩いていると、いつの間にか一人減っているんだそうです」
びく、と糸の方が震えるのが見えた。怯えているのかと思い、志乃は彼女の肩をそっと抱く。
「怖かったら耳を塞いでいてもいいわよ」
「怖くないって」
「それでね。その話を聞いて不思議に思った瓦版の記者が、聞き込みを行ったそうです。すると、失踪した子どもたちが消える直前『赤い靴を履いた女の子を見た』と言っていたそうなんですよ」
怖くないと言っていた糸が、志乃にしがみつく。やはり怖いのかと思い、この辺で話を切ろうとすれば。
黒い物体が突然目の前に現れ、志乃と糸は悲鳴をあげた。
「おう、おかえり。朝からどしたん。なんか収穫か?」
バサバサと羽をはためかせながら、黒い物体は惣弥の肩に止まった。よく見ればそれはカラスだった。
しおしおと志乃が糸と共に足元から崩れかけたのを、咲夜が抱き止める。
「あぁ、やっぱり俺が睨んどった通りか。そうかそうか」
「なっ、どうしたんです……? というかカラスと会話できるんですか、惣弥さん」
「おお、俺の忠実な僕やからな。おおそうや、本題やねんけど。その小石川の事件。ご当主様の一部が関わってるかもしれへんで」
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