D_303
@AG_Spirit
D_303
薄暗い部屋。
オレは虚ろな目でヘッドマウントディスプレイを装着する。
パソコンの電源をオンにし、最近ハマっているネットゲームを起動する。
【バーチャルリアル2ndチャンネル】
【現夢の世界へようこそ!】
専用のヘッドマウントディスプレイを使用し、仮想世界を体感する。
あたかもソコにいるような感覚と、現実での言動がそのまま反映される世界。
ここでの言動は自由。
誹謗中傷は、あたりまえ。
制作サイドも、自由な言動を認めている。
『Log in シマス』
『正常ニ Log in デキマシタ』
『体感モード ニ シマスカ?』
『視聴モード ニ シマスカ?』
視聴モードをマウスでクリックする。
『ドノ部屋ヲ 視聴 シマスカ?』
【憎き上司を倒せ・・・ミスターI】
【かわいこちゃんは得をする・・・バニーTちゃん】
【モテ過ぎイケメンの部屋・・・イケメンH】
・・・
とりあえず、上から観るか。
ボタンをクリックする。
『憎キ ジョウシ ヲ タオセ』
『ノ、部屋ニ 移動シマス』
画面から、まばゆい光がオレを照らす。
光が弱くなる…。
薄暗いオフィス。
いくつものデスクにパソコンが並ぶ。
食い入るように画面に向かう人々。
オレは、離れたところにスポットを見つけた。
今回のターゲットである。
何やら、偉そうな上司らしき男が中年の男を怒鳴りつけているようだ。
「何やってんの?Iさん!」
「毎回毎回、同じこと言われて脳ミソあるの?」
中年の男を覗き込み、自分の頭をコンコンと。
「何年やっても、ヒラ社員だねぇ〜」
「よくもまぁ、毎日会社来れるねぇ〜?」
「何なら、掃除でも」
中年の男が、プルプル震えだした。
Butsubutsubutsu・・・Butsubutsubutsu・・・。
「フザケルナ.アタマニクル.フザケルナ.アリエナイ!」
「フザケルナ!ムカツク!フザケルナ、ありえない!ふざけるな!頭にくる!」
呪文のように中年男は繰り返す。
見る見るうちに、顔が赤くなり爆発した。
中年の男は力任せに、渡された書類を上司に投げつけた。
「ふ、ふ、ふざけるな!なな、な何でオレばかりに言うんだ!」
「そ、そそ、そんなに言うなら、じじじ、自分でやってみろ!」
「バカヤロー、死んじまえ!」
言い放った中年の男。
一瞬の沈黙の後。
オレの方を勢いよく振り向く。
…!!
そして、ニンマリと笑う。
…!
オレが見えている?
またまばゆい光がオレを包む。
BuuBuu…BuuBuu…BuuBuu…BuuBuu…
?
眩しさをこらえながら、反目を開ける。
携帯のバイブ。
‘もしもし…?ん?’
意識がまだ、はっきりしない…。
“ん?じゃないでしょ!”
聞きなれた甲高い声…母さんだ。
“今日の学校何時からなの?もうお昼過ぎよ!”
!!
またやっちまった…。
パソコンのモニタはスクリーンセーバ。
そのまま寝てしまったようだ…。
オレの名前は【澪未】。
大学2年生。
携帯を見る。
13:37
今日の講義は、15:15から。
かなり余裕な時間だ。
一通りの支度を済ませ、お気に入りのMusic-Playerを鞄に忍ばせる。
ヘッドフォンを首にかけ大学に向かう。
いつもの街並み。
でも、道行く人は皆知らない。
それぞれの目的があり、それぞれの場所に向かう。
何か、おんなじだなぁ…。
毎日が同じ。
同じ毎日の繰り返し…。
昨日の夜。
ゲームに出てきた中年男の意味深な笑みが脳裏に浮かぶ。
う!
アレは何だったんだ?
確かにオレの方を見て、笑った。
あの薄気味悪いニヤケ面が脳裏にこびりつく…。
ヘッドフォンを耳にかけ音楽をplay。
オレのお気に入りの曲EgGの【LonelyCryHeart】。
〜毎日同じ事繰り返していて なんになるの?
夢の欠片を1人で探し続ける Childish-DOLL!!
現実の夢にしがみ付くだけの昨日 見えない明日壊したくて!!
Lonely Cry Heart 何かを… Lonely Cry Heart 求めて…
Lonely Cry Heart 明日に続くLonely Heart!!〜
脳裏の残像を洗い流す。
曲をBGMに大通りから外れ、裏路地に足を進める…。
【D_303】
作:AG Spirit!!
Jijiji…Jiji!!! Jijiji…Jiji!!!
…!!
曲に交じる物凄いノイズと共に、光のフィードバック。
そして消える…。
無音…!!
『ワタシヲ、サガシテ…』
脳裏に響く声。
ビルとビルの間。
細い路地裏。
ここはどこだ?
なぜかオレは身を潜めていた。
何かから追われている?
息をこらえる。
路地から声が。
“d-303いたか?”
“いや…、この辺りは周波数の混線が激しい”
“ちっ、手遅れになるぞ”
GOTSU KOTSU KOTSU Kotsu kotsu kotsu ko…。
足音が遠くなる。
息をゆっくりと吐き出す。
…!!
“君あっち側から来たんだろ?”
薄暗い。
顔は見えない。
“ついてきな”
薄暗く細い階段を上る。
眩い光に向かって。
“澪未、澪未!”
辺りが明るい。
薄暗いさっきの場所ではない。
…リアル。
じゃぁ、さっきの場所は白昼夢?
『ワタシヲ、サガシテ…』
また脳裏に響く。
“ついて来いよ、こっちだ”
来夢のアジトと呼ばれるボロ屋に向かっている。
さっき会ったばかり。
来夢と名乗る男。
歴然の出会い。
大学へ向かって歩いているオレ。
“澪未、君はボクを知らないが、ボクは君を知っている”
”困惑しているだろうが15:15から始まるはずの大学の講義は、もうとっくに終わっている。”
“…ボクは来夢、プレゼンター。アジトに付き合ってくれ、話しがある”
来夢の眼鏡が光る。
パソコンの前で来夢は、語り始めた。
“リアルな現実をreal-time=「rt」としよう。その裏側にはdream-time=「dt」という現夢(ゲンム)がある…”
“さまざまな理が入り混じる世界”
“それが現夢だ”
来夢はゆっくりと、懐から葉巻に似た煙草を取り出す。
装飾されたマッチ箱にマッチは残り1本。
“よかった…マッチ、最後の1本、試せるな。”
試せる?
フルーティーな香りと煙が立ち込める。
しばらくの後、辺りは見るみる薄暗くなる…。
目の前にいたはずの来夢?の様子にも少し変化が…。
‘来夢?’
薄暗い電灯の下、来夢?は語る。
“So-こっち側は、dt=現夢”
“そして、ボクは現夢世界の来夢というわけだ”
dt来夢は語る。
“君は何故こっち側にきた?”
“何故、統治局に追われる?”
“…分からないか?”
“あっち側とこっち側は、表裏一体の世界”
“あっち側の存在者は、姿・形を残し、こっち側にも存在する。”
“ボクの場合は、姿・形だけじゃなく記憶の共存もできるがね…”
“だが、rtとdtの中に存在しどちらかで声を持たない者がいる”
“…”
“…鍵人=カギビトと呼ばれ何らかの言霊=メッセージを持っている”
一息つくように来夢が、煙草を吹かす。
薄暗かった景色がまた、明るくなる…。
dt=あっち側とrt=こっち側がゆっくりと入れ替わる。
“その言霊こそが、道しるべ”
dtからrtへタバコの煙はそのままに残し、rt来夢は続きを語る。
“君が現夢に来たホントの答えを導いてくれるはずだ”
“だが彼らは声を持たない!”
タバコの火が落ち、瞬時に明かりも落ちる。
“rtにも鍵人は存在する”
“鍵人を見分けるすべは、ボクには分からないが…”
淡々とdt来夢は語る。
“…統治局はdtを統治している”
dt来夢は統治局のイメージを具現化する。
ガスマスクに軍服。
世界史の教科書に登場するアドルフを思わせる。
“統治局に捕まるなよ”
“今日は、ゆっくり休んでくれ”
“と言っても、こっち側はゲリラか…”
“…すまない”
dt来夢はオレに背を向けた。
“白昼夢…ガラムン、…このタバコ”
“理解して欲しかったから、dtとrtを交互に見せた”
“こっち側、現夢の産物”
“やるよ、吸いかけだけど”
“火は自分で探してな、あいにくマッチ品切れ”
“吸うとこっちとあっちを行き来できる、ただし一度吸うと短時間、体の自由が利かなくなる”
『ワタシヲ、サガシテ…』
ノイズ混じりの映像。
記憶の断片の映像。
顔は分からない。
静かに俯く女の子。
君は誰だ?
DamDamDam!DamDamDam!
…!!!
“統治局!”
“きた!”
“そこから出て路地裏を走れ!”
“赤い扉を探すんだ!”
?
‘来夢?一緒に!!’
dt来夢は苦笑いを浮かべる。
??
…!!
そうか、ガラムン!
動けないのか!
dt来夢はオレを突き飛ばす。
“必ず答えを見つけろ”
“いいな、きっとな!”
DAMDAMDAM!!DAMDAMDAMDAM!!
無我夢中で走った…。
ドアの破られる鉄の音。
GABa!!DagunDagunDaDaDa-
肉を叩く鈍い音。
断末魔の叫び。
“goodluck澪未!”
涙と汗。
顔はぐしゃぐしゃ。
水中を走るように足が重い。
…赤い扉、赤い扉。
アレかっ!
勢いよく飛び込んだ。
まばゆい光。
Dupaaaaaa-
目が慣れてきた。
さっきまでいたrt来夢のアジト。
来夢の姿は、…ない。
つけたままのパソコンの画面。
《goodluck-Bay友達になりたかっ》
完成していない文章。
現実rtと現夢dtは表裏一体か…。
オレはキーボードで、続きを入力する…。
《goodluck来夢、もう友達だ》
…。
!!
勢いよく脳裏に何かが流れ込む!
来夢の記憶のフィードバック。
脳裏に鮮明な映像が映し出される。
大学の教室。
数名のグループが来夢を横目に密かな話…。
(来夢君て暗いよね、たまにブツブツ独りゴト言ってるし、やぁキモぉ〜い、あれじゃ友達いないよね、さ、いこいこ)
オレと同じだ。
自分の殻を破れない人間。
オレに話しかけたのも、勇気を振り絞ったのだろう。
せっかく友達になれたのに…。
夏の夕長。
歩いている。
見慣れた街並み。
夕方とはいえ、立ち込める熱気。
オレは何故逃げている?
誰を探してる?
平凡だった毎日。
そこから逃げ出したくて。
モガイていたのはホントの自分…。
信号や規則に従い。
冷たいレールの上を、決められたスピードで動く。
目の前の信号機が赤から青に。
TOooo〜RYANSEeeTO〜RYANSEeeeeE〜〜
とおりゃんせの電子音…。
合成された歩道にレールの映像が重なる。
オレはゆっくりと歩き出す。
退屈で同じ毎日の繰り返し。
分かっている。
レールからはみ出す勇気。
自分の一歩だって。
分かっている。
レールの上を歩いているのも自分だってこと。
投射されたレールから、一歩…踏み出せ!
KanKanKanKanKan…
踏切の音。
KanKanKanKanKanKanKan…
踏切の音が胸に突き刺さる。
DamnDamnDamnDamnDamnDamnDamn…
列車の通り過ぎる音。
踏切の向こう側。
車椅子の女の子。
KanKanKanKan…
視線はオレの後ろ側を突き通す。
開いた瞳孔。
目の前に膜を張ったような眼差し。
遮断機が上がる。
視線は変わらない。
車椅子は押されながら近づいて来る。
心を閉ざしている?
すれ違い様、時間が止まる。
『ワタシヲ、サガシテ…』
脳裏に響く声。
この女の子か?
でも、どうすれば?
現夢に行けば、何か分かるかもしれない。
ガラムンで!
火?
家に帰ればマッチくらいあるだろう?
家に帰る。
急いで火をさがす。
タンスの上。
引き出し。
探したが、…ない。
元来、タバコを吸わない家にあるわけない。
唯一、あるかもしれないところを思いついた。
仏壇。
!!
来夢からもらったガラムン。
SyuPo!!
マッチに火が灯る。
濃いフルーティーな味。
少しの苦味。
すすり笑いをする声が脳裏に直接響く。
?
オレはここを知っている。
パソコンが並んだ薄暗いオフィス…。
いつか視聴したあの部屋…。
…現夢の世界の部屋。
イヤな不安は的中。
ずらり並んだパソコンの隙間からスポットへ。
ゆっくり目を移す。
聞こえてきてたのは、so…。
…アノ中年の男がすすり笑う声。
薄暗い電球の下、顔を歪め笑う声。
“みみ、み、見ていたん、だだろ?”
う!
気付かれている!
逃げなきゃ…。
!
体が動かない…。
…!
ガラムンか…。
中年男は、パソコンのモニタを食い入るように見つめる。
オレに背を向けながら脳裏に話し続ける。
“そそそ、そんなに面白いか?ひひひ、ひ。”
“ああ、あ、あのぶ、ぶブタめ、ぶ、ぶぶ部長のツラししした、ブタめ!”
“お、オレが、懸命にややっても、何一つ認めない!”
“何一つ、ホントに何一つも認めない!!”
“オレが、我慢してるから、あのブタはうまいもん食える”
“違うか?”
?
この男、いつの間に、流暢な口調になっている。
“オレは、みじめか?”
“オレは、ダメな男か?”
オレは、目をつぶる。
不思議と最初の時の嫌悪感は消えていた。
オレの目の前にいるのは、身を粉にして、涙を何度も飲んだ男の姿がある。
‘…いや、あんたはよくやったよ。’
‘もちろん、お世辞じゃない…。’
心で呟く。
しばらくの沈黙の後。
男は、いきなり立ち上がった。
そして、照れくさそうにオレに勢いよく頭を下げた。
頭を下げたままの姿で、
“ありがとう。”
“誰かに、そう言ってもらいたかった…。”
“誰かに、オレの声を聴いてほしかった…。”
“…ダメな男なのは、分かってるんだ。”
“最後に、お前さんに会えてよかった…。”
最後?
オレは心で呟く。
“もう、お前さんは気付いているんじゃないか?”
“…ここが…どこなのか…。”
!
オレを覗き込むようにぐっと顔を近づけ、男は目を大きく見開いた。
“現夢の世界へ…ようこそ…”
何!!
DuDaDuDaDuDaDuDa〜
バーチャルリアル−2ndチャンネル!!!!
オレの脳裏に映像が流れ込む。
走馬灯のように。
男の記憶。
オレが見たネットゲームの世界。
すさまじいスピードで流れ込む。
恐ろしいほどのフィードバックストーム。
強烈な白い光が目の前を襲う…。
まばゆい光に、腕で顔を隠す。
Dupaaaaaa-Dupaaaaaa-DupaaaaAAA!!
光が消える…。
オレは自分の机の前にいる。
付けたままのパソコンのモニタ。
スクリーンセイバーのまま。
オレは虚ろな目でヘッドマウントディスプレイをかける…。
【バーチャルリアル2ndチャンネル】
【現夢の世界へようこそ!】
そして、画面の右下…「ある」ボタンをクリック…。
辺りが明るい。
大学へ向かい歩いている途中の、歴然の出会い。
“澪未、君はボクを知らないが、ボクは君を知っている”
“困惑しているだろうが15:15から始まるはずの大学の講義は…”
来夢の言葉を遮る。
‘…君は来夢。オレは澪未。君はこれから死ぬ。変えよう!’
ちょっとの間の沈黙。
来夢は全てを察知したように険しい顔で頷いた。
“…そっか、したんだね?”
“…リセット!”
来夢のアジト。
オレの左手の甲。
痣の様に浮かび上がる「2」の数字…。
リセットしたから、2回目のPlayという意味なのか?
来夢が、重い口を開く。
“…その…ボクはどうやって…”
来夢は自分の死に際を控えめに聞く。
‘この後来夢は、dtとrtの説明をする…。’
‘話が終り次に、鍵人の話…その後…。’
‘…統治局が…来る…。’
‘だから!その前に!場所を変えよう!’
口早に要点というより単語を並べた…。
“ボクが死ぬのは、dtか…。”
“出会いは歴然、死も歴然なんだ”
辺りが薄暗くなる。
‘そんな…こっちに来ちゃダメだ!!’
‘こっちで、来夢は死ぬんだよ…。’
“…いや、死ぬつもりはない…。”
“こっちで死ぬという事は、こっちで何か策を練らなくては助からない…。”
“だから、こっちに来た。”
?
“君にはすまないが、ちょっと付き合ってくれ…。”
?
“君の言う通り、場所を変える”
…。
GO KO KO KO Ko ko ko…
来夢の後に従う。
薄暗い裏路地。
建物の隙間を通り抜ける。
下を向く女。
BuTsuBuTsu…BuTsuBuTsuBuTsu…。
俯きながら何か呟いているようだ。
“澪未、こっちの住人と目を合わせるな…”
“目を合わせると…”
不意に女が顔を上げる。
目が合う…!
魅惑の笑みがオレを捕らえる!
“澪未!?”
“バカ、目を合わせたか!!”
オレの脳裏に渦巻く。
女の思考の渦がフラッシュバックしていく。
Gowaa-Gowaa-Gowaa-Gowaa-…
?
鼻をつくフルーティなこの香。
ガラムン?
来夢はガラムンに火を点けた。
辺りが、明るくなる。
光がまぶしく、オレは目を覆う。
Dupaaaaaa-
“澪未!澪未!!”
来夢の声がオレを呼ぶ。
意識が徐々に戻る。
“…平気か?”
‘あの…あの女…ネットの住人…’
バーチャルリアル2ndチャンネルの画面にあった…
あの「男」の下の部屋の住人…バニーTちゃん…。
“…とにかく今は、ココがどこなのか?だ。”
?
“dt移動中のガラムンは、危険なんだ…”
“ガラムンを使うのは、ある理の中だけ…”
“例えば、ボクのrtとdtアジト、その理の中。”
“簡単に言うと、rtとdtのアドレスが同一だから、そこに帰って来れるし、行き来もできる…。”
“dtのアノ場所は、理の外だから、rtのココがドコだか分からない…。”
“もう気付いてると思うが、ガラムン。”
“ボクはしばらく動けない…。”
“気を付けろ!近くにさっきの女のrtがいる…。”
オレは辺りをゆっくり見まわす。
幹線道路のアンダー。
トンネルのように薄暗い。
行き交う車のエンジン音が響く。
GOooooo-GOooo-FAN!FAN!GOooooo-
排気ガスの蒸せる様な匂い…。
…!!
遠くから、ゆっくりと近付いてくる女。
黒く長い髪を揺らしながら近づいてくる…。
Kotsu…Kotsu…kotSU…KOTSU…
遠くからでも分かるような派手な外見。
来夢はココから、しばらく動けない…。
どうする?
敵か味方か…それとも。
オレは意を決した。
息を吸い込む。
ゆっくりと吐き出す。
‘君は誰?’
その言葉は、アンダーの中を空虚に木霊する。
女は、ピクリともせずゆっくりと近付いてくる。
KOTSU…KOTSU…KOTSU…
俯きながら、一定の速度で近づいてくる。
“澪未、あの女、様子が変だと思わないか?”
?
“話すことが、出来ないんじゃないか?”
ゆっくり近づいてくる女。
こちらを淋しそうに見続けている。
口元は何かを言わんと動いているのが分かる。
“…鍵人。”
“あの女、鍵人だ!”
rtの女は、俯きながら小さく口を動かしていた。
オレは、目を閉じる。
心で呟く。
‘君は、どうしたいんだ?’
“…ノ、ワタシヲミテ…。”
…。
!!
“ホントウノ、ワタシヲミテ…。”
呪文のように何度も繰り返される。
本当の私を見て…。
本当の私…?
…!!
‘…来夢、dtに戻ろう!’
‘ガラムンを!’
“…まだボクは動けない…”
“君が使う必要はないだろ?火を貸せ…”
“付き合うさ…”
来夢はガラムンに火を点ける。
SYUPOoo!!!
甘く苦いフルーティな煙が広がった。
一瞬の後、辺りは薄暗くなる。
薄暗い部屋の中。
傍らには、来夢が気を失っている…。
ガラムンの副作用が倍増したのだろう。
すまない、来夢…。
AH-HaHaHaHaHA!HAHAHAHAHAHaha…
笑う甲高い声が聞こえる。
隣の部屋。
オレは、身をひそめて移動する。
隣の部屋=ベッドルーム。
下着姿の女。
ベッドの上に背を向けて座っている。
ベッドには、色とりどりのドレスや貴金属。
それらが、残雑に乱れている。
“あなたも、体が目当てなんでしょ?”
“…いいわ、抱いてあげる…。”
“可愛いそうな女だから、抱きたいんでしょ?”
…Dokun!…Dokun!…Dokun!
女は泣いていた。
‘どうして?’
“高価なドレスや宝石で、私は買われるの…”
“男は私の体が欲しいから、何でもみついでくれるわ”
“欲しいのは、ドレスでも宝石でもない…”
“欲しいのは、心…。愛…。”
“愛が欲しいのに、手に入るのはきれいな宝石。”
!!
女の声に力が入る。
rtでの女の記憶がオレの脳裏に一気に流れ込む。
“声が出ない鳥は、きれいでもダメだな…”
“もう終わりな!”
ベッド越しで、ネクタイを締める男が吐くセリフ。
女は、男に背を向け必死で涙をこらえる。
男が去った後。
無音で泣く女。
苦しそうに泣く女。
瞬時に戻るdt。
“私は、泣けないの…。”
“声を出して泣きたい!”
“声を上げて、愛してって叫びたい!”
“私…バッカみたい!!”
‘…’
‘オレは何もしてあげられない…’
‘ただ、バカみたい…じゃないと思う…。’
‘着飾らなくても、君は君だよね?’
…。
『ワタシヲ、サガシテ…』
また、あの映像が混じる。
ノイズ交じりの映像の断片がつながり始める。
瞬時に遮る女の言葉。
“ふふ。ふはっははは!”
“き、綺麗ごとじゃない!”
“じゃあ、私に声を頂戴!”
“声を頂戴!声を頂戴!”
GyuIiiiii-
辺りの景色が歪む。
景色の歪の隙間からrt幹線道路アンダーが薄ら見える。
!
“ワタシに声をチョーダイ!”
声が徐々に響いていく。
!!
今は完全にrt幹線道路アンダーに戻る。
そして、声を持たぬはずの女は叫ぶ。
オレの傍らで、膝間付いて叫ぶ。
“ワタシニ、コエヲ、チョーダイ!!”
GOooo-GOoo-FAN!GOooo-GOoo-
肉声と共に、女は消える。
残ったもの。
チョーダイ!という声がアンダーに何度も響いた。
“あの女は鍵人じゃなかったみたいだな…”
いつから正気に戻ったのか、来夢が後ろに立っていた。
‘いや…、これ!’
オレは、いつからか握りしめていたモノを見せた。
汗ばんでいる紙の切れ端。
‘何かのメッセージを、この紙に託したんだ…きっと。’
<Delete-code 303>
303…澪未…。
…Dokun!…Dokun!…Dokun!
オレの中で何かが動き始めた…。
オレは左手を見ている。
たまに浮かび上がる電装基盤のような模様。
手の甲にある痣のような[2]の文字は未だ、消えないまま。
数日、それ以外は何もない日々が続いている。
来夢は、あの日から紙の切れ端の意味を調べている。
アジトに籠ったまま。
バーチャルリアル2ndチャンネル。
ネットゲーム。
これが絡んでいることは間違いない。
だから、封印。
アキバの友達からもらったお札。
丁寧に、本体とモニタに貼った。
数日も何もない、同じ毎日を繰り返す。
起こった出来事に現実味が薄れていく。
『ワタシヲ、サガシテ…』
脳裏の映像は止まったまま。
あの女の子。
あれから1度も会っていない。
誰なのかも分からない。
鍵人なのかも分からない。
『ワタシヲ、サガシテ…』
脳裏に強く響く。
何処か懐かしい声。
愛おしいような、切ないような。
オレの記憶にある声。
あの場所に戻れば…。
オレは仮説を立てた。
あの時間のあの場所にいけば。
あの子がいる。
あの時は、dt来夢の死の後の夕長。
あの場所は、あの踏切。
しくじれば、また来夢が死ぬ。
うまくいけば、あの子にまた会える。
しくじったら、また…。
…。
リセット…。
辺りが薄暗い…。
こっちはどっち?
現夢…。
時間は前?後?
左手に浮かび上がる電送基盤のような模様は、以前よりも濃くはっきりしてきている。
そして、甲の文字…。
!!
[1]
カウントダウンしている…。
ということは、「0」になると、オレはどうなるんだ?
リアルな恐怖の塊が重々しく圧し掛かってきた。
go ko ko kO KO KO KO-go ko ko kO KO KO KO
…!!
複数の足音が近付いてくる!
オレは、息を殺し身を潜める。
“いたか?”
“イヤ、確かにこの辺に強反応の痕跡があるのだが。”
“あれからdt2日が過ぎている…そろそろDelete-LEVEL7に到達する…”
“まずいな、早く見つけ出さないと!”
GO KO KO KO Ko ko ko GO KO KO KO Ko ko ko
足音は遠ざかる…。
‘デリートレベル?マズイ?’
オレの事を探しているのは間違いなさそうだ。
でも、なぜ?
『ワタシヲ、サガシテ…』
Jijiji…Jiji!!! Jijiji…Jiji!!!
大きなノイズと共にアノ声が響く。
『ワタシヲ、サガシテ…』
脳裏に映像が流れ込んでくる。
凄まじい勢いで流れ込む…。
…Dokun!…Dokun!…Dokun!
dt来夢のアジトの映像がノイズ交じりで映される。
アジトの壁には血が飛び散った血痕が映っている。
傍らにうつ伏せになり倒れた男の後頭部からは、赤黒い血がひたたり、床は血の海と化している。
…Dokun!…DOkun!…DOKUN!!
付けたままになっているパソコンモニタには、
…DOKUN!!!
《good-Bay澪未、赤い扉》と。
‘な、なぜ?来夢!ウソだろ…。’
‘現実?記憶?バーチャル?リアル?どっちだ?’
Jijiji…Jiji!!! Jijiji…Jiji!!!
また大きなノイズの波がオレの脳裏を焼く…。
パソコンが並んだ薄暗い部屋が遠くからフェードインされる。
…Dokun!…Dokun!…Dokun!
明かりが灯るパソコンの前には、中年男が机にうなだれている。
目を見開いたまま微動だにしない。
机の上には、大量の薬が残雑に散らばり、いくつもの空き瓶が置いてあった。
これが、心を開いてくれたアノ中年男の最期か…。
何で、こんなことに…。
…Dokun!Dokun!…DOKUN!!DOKUN!!!
胸が締め付けられ、オレは不意に電送基盤が浮かび上がる左手を伸ばした。
机の上に散乱する薬の空き瓶に触れ、掴む…。
…リアル。
やはり…、リ・ア・ル…。
呆然と薬の空き瓶を眺める。
瓶の中の紙切れに気付く…。
紙切れには《Once more》と書かれていた。
??
‘ん?何かのメッセージ?’
…!!
また眩い光が目の前を覆い、フィードバックの次の瞬間…。
無音…見覚えのある幹線道路アンダーで、首を吊る…女。
“綺麗ごとじゃない!”
女の言った言葉と映像が、何度も脳裏に繰り返される。
そんな…。
アレは帳消しか?今までの出会いもリセットか?
来夢も、中年男も、女も、誰も何も…。
…。
“サガセ…”
??
女を見上げる…。
“サガセ…”
肉声を持たない女の最期の、心の声…。
探せ?何を?
…!!
来夢のモニタには…good-Bay澪未!赤い扉…と。
リセット前の来夢が逃がしてくれ無我無中で探したアノ「赤い扉」を意味している?
そして、中年男の薬の瓶…《Once more》。
まだ…、まだ、終わってない?
《赤い扉 Once more=赤い扉もう1度》
“サガセ…”
アノ赤い扉を、もう1度探せ!
これがリアルな時間軸なら、来夢は死に、オレは走り、アノ場所に行った!
So!アノ時間アノ場所踏切アノ女の子。
赤い扉。
赤い扉をもう1度探す。
光のある現在から、渦巻きながら一気に薄暗い現夢に戻される…。
GYURURURURURURURURURURURURURURURURURURUR!!
“d-303!見つけたぞぉ−!”
遠くから声がする。
go ko ko kO KO
複数の足音が近付いてくる!
go ko ko kO KO KO KO
“こっちだ!アレだ!アレ!拘束せよ!!”
1人の自衛隊の服装でガスマスクを付けた統治局が、オレを指さした。
オレは無我夢中で走った。
後ろを振り向かず、ただひたすらに“赤い扉”を探し走った。
メインストリートから逸れ、裏路地に入り、身を潜める。
GOTSU KOTSU KOTSU Kotsu kotsu kotsu ko…
“まだ近くにいる!”
“今回が最後だと思え、絶対逃がすな!”
”お前はこっち、オレはあの通りを探す”
Kotsu kotsu kotsu ko…
少し足音が遠ざかる。
…。
“ねぇ、お兄ちゃん!何してるのぉ〜?かくれんぼ?”
幼稚園児くらいの女の子だ。
dtの人間と目を合わせちゃダメだ。来夢の言葉を思い出す。
目を合わせないように女の子を見る。
汚れたパンダのぬいぐるみを抱いている。
SHIiii-!!
オレは、口のところでシーッのポーズでやり過ごす。
“なぁんだ、やっぱりかくれんぼかぁ”
??
口でしゃべってない…。
…!!
まさか、鍵人!?
オレは、声を潜めて心の中で聞いてみた。
‘赤い扉、知らない?お兄ちゃん探しているんだ。’
“ん〜とねぇ、扉ってなぁに?”
‘あ、そっか!赤いドアって分かる?’
“ん〜、ん〜、あ!知ってる!赤いドワねぇ、ひぃちゃん家の近くぅ〜”
“ずぅ〜っと真っ直ぐ行って、横行って、まがったとこ〜にあるんだぁ。”
“こっちこっち!”
Ta!Ta!Ta!Ta!!
女の子はちょこちょこ裏路地を出てメインストリートに歩き出す。
‘ちょっと、そっち危ない!!’
間髪付かずオレは咄嗟に駆け出す。
Dasyu!Dasyu!Dasyu!
女の子の肩を掴んだ瞬間。
Dupaaaaaa-
女の子は電装基盤の光を帯び、
デジタル映像の様にブロックノイズとなり消滅した…。
Baun…。
女の子の持っていた汚れたパンダのぬいぐるみが、地面に転がった。
意識を持たないパンダのぬいぐるみを見つめる…。
オレが…。
オレが、やったのか?
オレか?
なぜ、え?オレ?
訳が分からない…。
今は考えられない!
赤い扉。
赤い扉。
アノ時の赤い扉。
脳裏にあの時の赤い扉を浮かべた。
DigDigDigDig-DigDigDig-DigD
電送基盤の光が目の前の「映像」を歪ませ、オーバーラップして赤い扉の「映像」が現れた。
何が起こっているかを理解せぬまま、オレは赤い扉を開いた。
眩い光が目に飛び込み、オレは光の中へ記憶を消していった。
Dupaaaaaa-
光から覚める。
KanKanKanKanKanKanKan…
踏切の音が耳から聞こえる。
ここはアノ時のrt?
KanKanKanKanKanKanKanKan…
オレは、女の子を止めようと思って、肩を掴んだだけ。
でも、アノ電装基盤はオレの左手と同じ…。
オレが、消滅させた?
KanKanKanKanKanKan…
ただ親切に教えてくれようとしてた無垢な女の子を、オレが消した?
来夢も、オレを逃がすために死んだ?
中年男も、声を持たない女も…。
オレが?
KanKanKanKanKan…
faaan!FaaaaN!!
オレは、何モノなんだ?
オレは、人間か?
オレは、誰?
KanKanKan…Faaan!FanFaanFAN!FAAAAN!!
このまま、列車にひかれても、オレ…生きてるんじゃ?
このまま、あと半歩踏み出して…
FAN!FAN!FAAAAN!!!FANFAAAAN!!!!!
不意に手を強く惹かれる。
『ワタシハ ココニイル』
DamnDamnDamnDamnDamnDamnDamn…
遠ざかる列車の音…。
そこには、あの女の子がいた。
…Tokun。
『ヤット 会エタネ』
女の子は声を持たない…。
心に優しくささやきかける。
オレもそれに応え、
‘なぜオレに、君を探してと?’
『ワタシヲサガシナガラ、アナタハ何ヲミタ?』
『人間ノEgoト、ニンゲンノ本当ノ心…』
‘君は誰なんだ?オレは、どうなるんだ?’
‘君は、きっとオレを知っていて、オレに大きく関わる人だよね?教えてくれ!’
??
周りの景色が、歪み始める…。
徐々に薄暗くなる…。
『ワタシ…、アナタ…』
物凄い光と混沌のノイズの中、今までの出来事が立て続けにフィードバックしながら、脳裏に流れ込む。
流れ込む映像に女の子の声が重なる…。
ガラムンをふかす来夢の姿…。
『ワタシハ、現夢ノメインサーブ。ニンゲンノEgoト心ヲ、司ルモノ』
オレを逃がしGoodlackと強がり笑顔を見せる来夢…。
『人間ニハ、ジブンニ都合ノヨイEgoト、アイテヲ思ウ 心ガアル』
来夢の死…。
『現夢ノセカイハ、アマリニモ ピュアデ 利己的ナ世界トナリマシタ』
不敵な笑みを浮かべる中年男…。
『ワタシニハ、コノ世界ノ存在意味ガ、ワカラナクナリマシタ…』
ありがとうと心から告げる中年男…。
『アナタハ、コノ現夢ノ世界ヲ 終ワラセル唯一ノ デリート=削除プログラムd-303』
中年男の最期…。
『アナタノ経験シタ想イデ、コノ世界ノ未来ヲ決メテクダサイ…』
声を持たぬ女の最期の声…綺麗ごとじゃない!
『Resetハ、ノコリ1度カギリ…』
『Deleteスレバ、現夢ノ世界ハ消エ、普段ノ生活ニ戻リマス』
目の前が真っ暗になる…。
『選ブノハ、アナタデス。』
薄暗い部屋。
オレは虚ろな目でヘッドマウントディスプレイを装着する。
パソコンの電源をオンにし、ネットゲームを起動する。
【バーチャルリアル2ndチャンネル】
【現夢の世界へようこそ!】
専用のヘッドマウントディスプレイを使用し、仮想世界を体感する。
あたかもソコにいるような感覚と、現実での言動がそのまま反映される世界。
ここでの言動は自由。
誹謗中傷は、あたりまえ。
制作サイドも、自由な言動を認めている。
聞いた覚えのある女の子の声が、こう発音する。
『Log inシマス』
『正常ニ Log in デキマシタ』
画面には、2つの選択肢が表示されている。
[リセット]
[デリート]
D_303 @AG_Spirit
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