⑧:なんででしょう??
「…え?」
花火の音に紛れてだったけど、その言葉はしっかり聞こえた。
でも、予想もしていなかった台詞に一瞬頭の中が真っ白になって、私は思わず言葉を失う。
「…いま、何て…」
「…っ」
かいがい…?
ひっこす…?
え、海外に引っ越す!?北瀬くんが!?
「う、嘘でしょ!?」
あまりの衝撃に珍しく大きな声が出てしまって、思わずから揚げを地面に落としそうになる。
だけどそれに構わずに、私は言葉を続けた。
「な、なんっ…ほんとに!?ていうか、あまりにも急すぎない!?」
私がそう言うと、北瀬くんが言う。
「ごめんね。ずっと、何度も何度も…言おうと思って決心してたんだけどさ。結局直前になるまで言えなくて」
「じゃ…じゃあこの夏祭りも最後ってこと!?だったら、何も私と一緒に来なくたって…!」
良かったじゃない!
私がそう言いかけると、その言葉を遮るように北瀬くんが言った。
「ダメだよ。竹原さんとじゃなきゃ」
「え、」
なんで?
だって、北瀬くんには、他に一緒に行ける人なんていっぱいいるじゃない…。
だけど、私がそう思っていると、北瀬くんが言葉を続けて言う。
「だって俺は、竹原さんと2人で最後の夏祭りに来たかったんだから」
「…?」
北瀬くんはそう言うなり切なげに笑うけど、それってどういう意味なんだろう。
嬉しいけどそれ以上はなんとなく聞けなくて、その後は何とも言えない切ないまま2人で花火を見上げた。
…………
ずっと好きだった「竹原さん」と、肩を並べて夜道を歩いている。
竹原さんの家まで、たぶんもうすぐ。
一時は自分の想いさえ「無かったことに」しようとしたけど、もう二度と会えないかもしれないと思ったら、最後くらい少し強引になっても一緒にいたかった。
さすがにこの期に及んで自分の気持ちを伝える気はないが、竹原さんは楽しんでくれただろうか。
そう思って、
「夏祭り、楽しかったね」
と口にしたら、竹原さんも
「うん。久しぶりで楽しかった」
と言ってくれた。
竹原さんと2人きりなんて初めてのことだし大丈夫かと心配もあったけど、思い切って誘ってみて良かった。
でも、なんとなく竹原さんの横顔を盗み見ると、彼女は少ししょんぼりしたような顔に見えた。
「…他のみんなは、北瀬くんが海外に行っちゃうこと知ってるの?」
不意に竹原さんが俺にそう問いかけてくるから、俺は黙って首を横に振る。
「…クラスの皆は竹原さん以外知らないよ」
「…そうなの?何で私だけ…」
とぼとぼと歩いていたら、やがてもう竹原さんの家の前に到着したらしい。
俺は別れ際に、竹原さんにその答えを誤魔化した。
「…さぁ。なんででしょう?」
なんて。
ごめんね。
どっちにしろ一緒にいることは出来ないから、これ以上はもう言えないし、言うつもりもない。
竹原さんにはただただ俺の知らないところで幸せになって欲しいから、最後は笑顔でバイバイした。
【完】
最後の夏祭り みららぐ @misamisa21
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