第34話 告白

「……お前らは、本当に良く似ていた。一卵性双生児ってここまで似てるのか、と驚いたのを今でも覚えてるよ。声、体形、容姿、すべてがそっくりだった。だけど、それでも個々人の癖のようなものは、いくつかあったよな。みくのそれは口癖の『ほ』だった。そして、りさにとっての、それは……泣き方だった……」

 みるみるうちに瞳が見開かれていく。オレも決して目を逸らさない。

「左目を何度か痙攣させてから涙を流すのは――りさの泣き方だ」

 うっすらと、唇が開いていく。黒目だけをベッドの右下に向け、数秒の後に、またオレの目を見る。心臓の音が耳にうるさい。真っ黒な瞳から目を離せずに、大きく肩を持ち上げた。

「……なぁ、お前は、りさなんだろう?」

「…………」

 黙り込んだ目の前の少女からは、何の感情も読み取れない。ただ、唇を固く閉ざしてオレを見つめてくる。目力の強さに、目を背けてしまいそうになるのを堪えて、オレも無言で見返し続ける。

 ややあって、唇は開かれ、細く長い息が吐かれた。

「……何を言い出すかと思ったら、そんなびっくりするような話。親ちゃんって、そんなにファンタジックな人だったっけ? お子さまランチの旗は、かわいいから取っておいただけだし、涙はあの時、左目にゴミが入ったからだよ」

 あっけらかんとした態度に、苦笑する。

 ――ああ、そうだよな。きみはそれくらい頑固で口が堅くて約束は必ず守る。そんなひとだった――。

 だからこそあいつは、オレに託したんだろう。

 気がつけば、目の前の少女は平常心に戻っているように見えた。

 やっぱり、言うなら今だ。

 そう決めて、肩で息を吐く。

「……頼まれたからか?」

 刹那、明らかに表情を変えた。目を大きく見開き、動きも鈍くなる。唇を開いては閉じてを繰り返し、動揺が見て取れた。表情が険しく、そして訝しげに変わっていく。

「……なん、て……」

「みくに『あたしのふりをして』と、頼まれたから、自分の人生を捨ててでも、みくになりきろうと決めたのか?」

 そこまで言って、今日一番言わなければならない言葉を浮かべる。随分と前から口の中に転がっていたものを、ようやく渡すことができる。

「なぁりさ、オレは今日、別にいたずらにお前のことを暴きに来たわけじゃないんだよ。あいつに……みくに、頼まれて、来たんだ」

 途端に訝しんでいた表情が、拍子抜けする。あまりにも荒唐無稽だと思ったのだろう。

「……頼まれ、て?」

 オレは強く頷いて、

「『もういいんだよって。もうあたしのふりをしなくてもいいんだよって、伝えて』って、言われたんだよ。あの日、オレが倒れていた間に見た……夢の中で」

 唇が小刻みに震えている。顔全体に疑問と疑惑とが満ちていく。困惑を眉根に込め、俯いてしまう。

「…………」

「…………」

 長い長い沈黙が、部屋を包む。一瞬でぬいぐるみや本も色を失ったように、感じられた。

 耐えきれずにオレが飲んだ生唾の音が響く。すっと目の前の少女が顔をあげた。指でヘアゴムをほどく。

 はらりと栗色の髪が布団の上に広がり、

「……まさか、夢で暴かれるとは……夢にも思いませんでした……」

 聞き慣れた――だが、ひどく懐かしい喋り方で――口を開いた。口元には困惑の混じった笑顔が浮かんでいる。

「……りさ……本当に、りさ、なんだな……」

 狼狽しきりのオレを見て、目を細めると、小さく、だが確実に首肯する。

「ええ、おっしゃる通り。私はりさです。みくちゃんでは、ありません」

 凛とした黒目がオレをまっすぐに見つめている。心音が再び暴れ出す。今度はオレが唇の開閉を繰り返す番だった。

 りさが睫毛を伏せる。

「本当は、墓場まで持っていくつもりでしたが……致し方ありません」

 墓場まで――の言葉に、眉根が動く。

「墓場までって……この先ずっと、隠し通すつもりだったのかよ?」

 オレの言葉に、こっくりと頷く。

「そんなことを……自分が本当はみくじゃないってことを、一生隠し通せるとでも、思っているのか……?」

「ええ、思っています」

 抑揚のない声に、オレも思わずむきになる。

「なわけねぇだろう! 現にオレは、気づいた! そんなものをお前の親や親戚に悟られずに、やっていけると、生きていけると本気で思ってんのかよ?!」

「……思っています。きみは、私の……りさのことをよく見ていたから、気づいたのですよ。どうせ、親も親戚も誰も彼もが、私とみくちゃんの区別なんてついていませんから。バレることはありません……」

 その後にため息混じりに続けられた言葉に、

「そうです。泣いてしまわない限りは――」

 すべての合点がいく。

「そうか……お前が、葬式の時も、その後も泣かなかったのは……」

 りさがまた、困ったように笑った。

「そうですよ。バレちゃいけないからです。きみの言う通り、私とみくちゃんはとっても似ていました。だけど、それでも癖って、ありますよね……きみが先ほど指摘していた通りですよ。 桜絵りさにとってのそれは、泣き方でした。泣く前に、どうしても、左目が痙攣したように動くこと。それが数秒続いて、ようやく泣くというこの癖は、遂に直せませんでした」

「……直そうとしたのか?」

「はい。でも、無理でした。それならばと、もう泣かないことにしたのです。そうしたら、周りの人たちから『みくちゃんは、お姉ちゃんが亡くなったのに、涙を堪えて笑っていて、なんて健気な子なんだろうね』と、言われるようになりました。良かったと思いました。このまま、みんなが、桜絵りさという存在を忘れてくれたら、それでいいと思いました……」

 淡々とそう言ったりさに、悶々とした塊が膨らんでいくのを感じる。拳を握りしめた。

 そんな、悲しいことを言わないでほしい。オレが生まれて初めて「ずっと一緒にいたい」と思った少女を。様々な分野に対する造詣の深さに感心しきりだった少女を。「またね」に何度「明日は会えますように」を込めたか分からないあの日々を――消してしまわないでほしい――。

 だがこれは、オレの勝手極まりない願望に過ぎない。もっと早くに気づいていたら、あの日飛び出して行くことが出来ていたら、変わっていたのだろうか。

 そんなとりとめもないことを考えていると、りさが一つ長めの瞬きをした。

「……母は……双子なんて、いらなかったそうです……『子どもは欲しかった。だけど一人でよかったのに』とよく言っていました」

 静かな声だった。気持ちを落ち着かせるためか、くまの隣に置かれたペンギンのぬいぐるみを手に取る。ピンクのリボンが首に巻かれていて、リボンの中心にはキラキラと光るアクリルの宝石が埋められていた。並ぶぬいぐるみたちの中で、最もみくが好きそうなものだと思った。

 心の動揺を隠しきれずに、必要以上にぬいぐるみを見つめる。アクリルの宝石は、窓からの光を反射してキラキラと輝いている。

「ご飯は、ほとんど、食べさせてもらえませんでした。家ではいない子として、扱われていました。おまけに公園に遊びに行っても、いじめられる。仕方ないですよね。私は、お風呂も滅多に入れませんでしたから、常にすえた臭いがしていたし、フケだらけ垢だらけで、実際に汚くて臭かったから。

 公園に行ける時も、限られていたのですよ。みくちゃんがりっちゃんも一緒がいいって言ってくれた時で……更に、あの人の……母親の、機嫌が良い時、だけ。ただ、みくちゃんは公園に行くとなれば、私を連れて行きたがったので、五回に一回くらいは行けていた気がします」

 言葉を挟むことは憚られた。ただ、目の前の初恋の少女の告白を、過去と現在と未来と全身とで聞く。

 

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