続・ごん狐

藤泉都理

続・ごん狐




「ごん、おまいだったのか。いつも栗をくれたのは」

 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。

 兵十ひょうじゅうは火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。


(『青空文庫』「ごんぎつね」)




 いついつまでも筒口から細く出ていく青い煙を視界の端で捉えていた兵十は、ごん、と名を呼びました。


 ごん。

 ごん。

 ごん。


 そうだ。

 お前は、

 お前の名前は、ごん。

 俺の双子の弟だった、ごん。

 悪戯好きのくせに、母親にとても可愛がられていたごん。

 俺は母親を独り占めするお前がとても嫌いだったんだ。

 そうだ。

 ああ、どうして。

 俺はひとりっこだった事にどうしてか、すごく安心したんだ。喜んだんだ。ようやく母親を独り占めできるってどうしてか、

 どうしてか、喜悦で心は満たされていたはずなのに、何かが足りないように感じた。

 ああ、そうだ。そうだ。

 ごん狐。

 ごん。

 お前が姿を見せた時に俺の心は確かに弾んだ。

 同時に、どす黒い気持ちもまた生じたんだ。

 何かを奪い取られるような焦燥感が、ひたひたと、近づいてくるような。




「ごん。ごん、ごん」


 死ぬな。

 生きろ。

 そのまま死んでいけ。

 もう俺から奪わないように。


(俺は。俺はお前にどんな言葉を、)




『兄ちゃん。ごめん。ゆるしてってば』




 人間の姿のごんの顔が、いつかの時代の双子の弟の顔が頭を過る。

 俺に悪戯をして、母親に叱られたあとに、お前は団栗を持って来たっけな。

 俺は要らねえって、いつもいつも受け取らなかったけど、お前は諦めないで、俺の家や学校の机の引き出し、ランドセル、教科書、ノート、マンガの中に団栗を忍ばせてたっけな。

 謝ってねえだろこれももう悪戯だろうがって。

 腹が立って、腹が立って。

 お兄ちゃんなんだから弟の悪戯くらいゆるしてあげなさいって、ちゃんと謝ってるでしょなんでゆるしてあげないのって言われて、またさらに腹が立って。


 そうだ。

 嫌いだ、とても、嫌いだったんだ。


「………またお前は栗かよ。いや。松茸なんて、高級食材を渡せるようになったんだな」


 俺はごんのやわらかい毛並みに触れて、顔を歪ませた。


「しょうが、ねえな。先に逝って、また母ちゃんを独り占め、」




 なんて言うかばかやろうが。




 俺はごんを抱えて駆け走った。

 ぜってえ、ぜってえ、ぜってえだ。

 死なせてやるもんか。










(2025.6.17)



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続・ごん狐 藤泉都理 @fujitori

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