Act.13-2

「晴海君!」


 蒼子は両側で支えている両親の腕を振り切って、もつれるようにふらふらと歩き出し、座っている晴海の胸の中に倒れ込んだ。


「蒼子?」


 晴海は蒼子を抱き返すと、その先に立っている両親を見上げた。


「晴海君。晴海君」


 蒼子は泣きながら晴海にしがみついた。


「蒼子がここへ来たいと、言ったんですか?」


 晴海は一番大切な宝物を抱きしめるように、蒼子の身体に両腕を回すと、両親に向かって尋ねた。2人は黙ったまま、晴海にしがみついて泣く蒼子を見つめていたが、ゆっくりと蒼子と晴海のそばに膝をついた。


「蒼子はここに来たいのかい?」


 父親が静かに尋ねた。蒼子は無言で頷いた。


「晴海君と、ここで過ごしたいのね?」


 母親の問いかけに、蒼子は晴海のシャツの胸部分をきつく握りしめ、そこに顔を埋めていた。両親は顔を見合わせた。


「私はただ息をして、ベッドの上で生き永らえたいんじゃない。ここで晴海君と一緒に、潮風に吹かれながら空の青に心を溶かしていたいの」


 蒼子は泣きながら訴えた。


「わかったよ、蒼子」


 父親はそっと蒼子と肩を叩くと、晴海に向き直った。


「七瀬晴海君だったね。君に重いものを背負わせてしまうことになった。大丈夫かい? まだ17歳の君には、とても重いものだ。その……。耐えられるかな? 君に。蒼子の、なんというか……」


 口ごもる蒼子の父親を晴海は真っ直ぐ見た。晴海には、ツインレイに訪れる「試練を伴うサイレント期間」が終わったのだと思った。彼にはより一層蒼子が離せなくなっていたし、おそらく彼女も同じ気持ちだという確信があった。


「大丈夫です。蒼子と最初に出会った時に、もう、その覚悟はできていたと、今は自信を持って言えます。どんなに辛くても事実は変わらない。それは2つの意味を持ちます。蒼子はもうすぐこの空になる。僕らには見えない存在になる。2度と会えなくなることを、『魂が引き裂かれる』ってよく言いますよね? その言葉って、本当だと思ってます。僕と蒼子は、1つの魂を共有してるって、これは……、説明できない絆なんですが、確かに僕らはそういう2人なんです。でも、蒼子はもうすぐ空へ逝きます。1つの魂が引き裂かれる事実が待ってる。それでも、僕らは出会ってしまった。2人で1つの魂なんです。これだけは、誰が何と言ったって、僕らは絶対に譲らない。これが、2つ目の事実です。だから、引き裂かれる日までは、ずっと一緒にいたいんです」


 見つめる晴海の眼からも、大粒の涙が1粒流れたが、そこには強い意志が宿っていた。


「そうか……。私たち親は『血のつながり』があるから、蒼子を手放すのはとても辛い。それでも、蒼子自身がその道を選んだんだから、私たちも覚悟をした。16年、蒼子とともに生きてきた。私たちには、産まれた時から今日までの蒼子との思い出がある。けれど君は、まだ出会って3か月足らずだろう? そんなにも少ない時間しか蒼子と過ごせないのに、それでも君は蒼子の最期の日まで、ともにいると決めたのかい?」


 その言葉に、晴海はふっと笑った。


「時間じゃなんです。今この腕の中に蒼子がいる。それだけでいいんです」


「私たちにはわからない感覚だ。大人なんて、きっとそんなもんなんだろう」


 父親は悲し気に微笑むと、蒼子の肩に手を掛けた。


「最期まで、蒼子の好きなように生きなさい」


 父親は立ち上がると、静かに泣いている母親の肩を抱いて去って行った。

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