Act.13-1
「最近、晴海君が電話にも出てくれなくなったの。どうしてかしら? 何かあったのかな? お母さん」
状態が落ち着いた蒼子は自宅へ戻り、再び在宅の緩和ケアになっていた。
「あら? そうなの? そう言えば、蒼子を救急搬送した後、『受験勉強で忙しくなってきた』って言っていたわよ。夕方は塾通いが入るようになったとも言っていたわね。だから、『美術館にも、もう行かれなくなるだろう』って、言ってたわ」
母親は蒼子から目をそらして言った。
「本当? 本当に晴海君が、お母さんにそこまで話したの? ううん。晴海君だったら、私に直接言うわ。彼は美術館に必ずいる。空を見上げながら、私を待ってるはずよ。『また会う』って、私たちは約束をしたんだもの」
蒼子は弱った身体を起こそうとした。
「何をするの! 蒼子、やめなさい」
母親は蒼子の両肩に手を当てて押し戻した。
「離して。お母さんはうそをついてる! 晴海君に『会わないで』とか言ったんじゃないの? 私にはわかるの。私には、晴海君の存在が手に取るようにわかるの。晴海君に会いに行く。彼は今、美術館にいるわ。だから、行ってくる!」
蒼子は渾身の力を振り絞って、母親の手を振り解いた。
「蒼子!」
母親の悲痛な声を無視して、蒼子はベッドの脇に立ち上がった。
「美術館へ行くの!」
蒼子は掴まれるところを探しながら、身体を引きずって歩き始めた。
「蒼子!」
母親が後を追うと、父親が部屋に入ってきた。
「どうしたんだ?」
「蒼子が、美術館に晴海君がいるから、会いに行くって聞かないのよ!」
母親は涙を一杯に溜めて叫んだ。
「やめなさい、蒼子。晴海君がいるかなんて、わかんないだろう?」
父親も、慌てて蒼子の肩に手をかけた。
「いる! 絶対にいるの! 私には手に取るように、晴海君の気配がわかるの! 離して。私は絶対に行く! 行かなくちゃいけないの!」
蒼子は父親の手も振り解き、廊下の手すりを伝って外へと向かった。
「蒼子!」
両親は、蒼子の両脇を抱えた。
「連れてって、S灘が一望できる、あの美術館へ……」
蒼子の目から大粒の涙がこぼれた。蒼子は父親が運転する車で、母親に支えられながら美術館までやってきた。芝生広場には、やはり晴海が座っていた。
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