Act.10-2

 晴海は言葉を発しないまま、そっと蒼子の頬を優しく撫でた。その手を、両手で握りしめた蒼子は頬に押し付けて、さらに抱きしめるようなしぐさをした。自分の手を欲している蒼子を感じ取った晴海は、蒼子が落ち着くまでずっとされるがまま、蒼子の両手に包まれた手のひらを動かさなかった。


(この手から、僕の生命力を蒼子にあげられるなら、僕は全部あげてもいい。それで蒼子が楽になるなら……。こんなにも苦しんでる姿を見ないで済むなら、僕は蒼子の中に溶けていきたい)


 晴海の眼からも、涙が沸き上がりそうになっていたが、自分の命を、握られた手の平へ流し込むように、そこに全神経と祈りを集中させていた。


 初めて二人が出会った四月上旬から、すでに二月半ふたつきはんが過ぎていた。蒼子は絶対に自分の余命については、晴海に言わなかった。晴海も聞く気はなかった。そこの部分だけは、暗黙の了解のように、2人が語ることはなかった。その部分を共有してしまったら、そこに「終焉」という白いエンドラインが引かれてしまうと知っていた。


 その日を見つめて、終わりに向かって過ごすようになる。でも、知らなかったら、永遠に続く時間の中で、笑いながら「未来」を語って生きていられる。


 そして2人にはわかっていた。蒼子の命を伸ばしているのは「またね」という再会の言葉だということを。


「必ずまた会う」


 その強い気持ちが2人の支えだった。ツインレイ魂の片割れとはけっして離れたくないし離れられない。お互いを求めずにはいられなかった。いっそこのまま2人で重なり合って、溶けていきたいと願うほどに、お互いを欲していた。しかし、そんなことが許されるはずもないし、できるわけもない。ただ一緒にいることしか、この2人には許されていなかった。


 でも、それで十分だった。いてくれるだけで癒され、安らぐのだった。


 蒼子は晴海に支えられてゆっくりと起き上がった。晴海はそっと蒼子の肩を抱きしめて、その頭を自分の胸の中に入れた。2人を海から渡ってきた風が取り巻いていた。


「無理をするな!」


 晴海は蒼子の身体を両手で包み込んだまま、強い口調で言った。


「私には時間がない。無理をしたって、行きたいところへは行きたい。会いたい人には会いたい」


 蒼子は晴海の胸の中で彼を見上げた。


「私たちは会うの。ここで、また必ず会うのよ」


「わかってる。僕と君の魂は、2つで1つなんだもん。半分じゃ寒いよ。すかすかしてむなしいよ」

 

 晴海は彼女を強く抱きしめた。蒼子は弱々しく、血の気を失った細くて白い左手を空に向かって差し出したのち、晴海の胸にその手を添えた。そのしぐさが何を求めてのことか、晴海には手に取るようにわかっていた。


「溶けていきたいね、この空に。こんな重たい身体なんか捨ててさ、翼がついた魂だけになって、あの空に同化しいね」


「うん。あなたと溶け合って、手を繋いであの空へ逝きたい。でも、あなたはダメ。まだまだ早すぎる。だから、私だけが逝くから、その日までここで私を抱きしめていて。その日が、より遠くなるように、私を離さないで……」


「うん……。うん……。僕の命のありったけで、蒼子をここにとどめておく。僕は絶対に君を離さない!」


 晴海は自分の胸に頭をつけて、小さく泣き続けている蒼子を抱きしめて、彼女の頭を撫でながらささやき続けた。

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