Act.10-2
晴海は言葉を発しないまま、そっと蒼子の頬を優しく撫でた。その手を、両手で握りしめた蒼子は頬に押し付けて、さらに抱きしめるようなしぐさをした。自分の手を欲している蒼子を感じ取った晴海は、蒼子が落ち着くまでずっとされるがまま、蒼子の両手に包まれた手のひらを動かさなかった。
(この手から、僕の生命力を蒼子にあげられるなら、僕は全部あげてもいい。それで蒼子が楽になるなら……。こんなにも苦しんでる姿を見ないで済むなら、僕は蒼子の中に溶けていきたい)
晴海の眼からも、涙が沸き上がりそうになっていたが、自分の命を、握られた手の平へ流し込むように、そこに全神経と祈りを集中させていた。
初めて二人が出会った四月上旬から、すでに
その日を見つめて、終わりに向かって過ごすようになる。でも、知らなかったら、永遠に続く時間の中で、笑いながら「未来」を語って生きていられる。
そして2人にはわかっていた。蒼子の命を伸ばしているのは「またね」という再会の言葉だということを。
「必ずまた会う」
その強い気持ちが2人の支えだった。
でも、それで十分だった。いてくれるだけで癒され、安らぐのだった。
蒼子は晴海に支えられてゆっくりと起き上がった。晴海はそっと蒼子の肩を抱きしめて、その頭を自分の胸の中に入れた。2人を海から渡ってきた風が取り巻いていた。
「無理をするな!」
晴海は蒼子の身体を両手で包み込んだまま、強い口調で言った。
「私には時間がない。無理をしたって、行きたいところへは行きたい。会いたい人には会いたい」
蒼子は晴海の胸の中で彼を見上げた。
「私たちは会うの。ここで、また必ず会うのよ」
「わかってる。僕と君の魂は、2つで1つなんだもん。半分じゃ寒いよ。すかすかして
晴海は彼女を強く抱きしめた。蒼子は弱々しく、血の気を失った細くて白い左手を空に向かって差し出したのち、晴海の胸にその手を添えた。そのしぐさが何を求めてのことか、晴海には手に取るようにわかっていた。
「溶けていきたいね、この空に。こんな重たい身体なんか捨ててさ、翼がついた魂だけになって、あの空に同化しいね」
「うん。あなたと溶け合って、手を繋いであの空へ逝きたい。でも、あなたはダメ。まだまだ早すぎる。だから、私だけが逝くから、その日までここで私を抱きしめていて。その日が、より遠くなるように、私を離さないで……」
「うん……。うん……。僕の命のありったけで、蒼子をここにとどめておく。僕は絶対に君を離さない!」
晴海は自分の胸に頭をつけて、小さく泣き続けている蒼子を抱きしめて、彼女の頭を撫でながらささやき続けた。
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