Act.8-2

 次は、抽象画の展示エリアだった。


 カラフルな線や、意味のわからない模様が描かれた1枚の絵の前に立ち止まった晴海が、真剣な顔で顔を横へ向けたりねじってみたりしていた。そのうち逆立ちするんじゃないだろうか? と蒼子が本気で思うほど、彼のしぐさは奇怪だった。が、突然ポンっと左手の平を握った右手の拳で叩いた。


「わかった! この絵は、空と海の境界が崩れて、魂が迷子になっちゃったんだ! この黄色い色が、迷子の魂でさ。空は青色を忘れちゃってるんだよ! だから、空がどこかわからなくなっちゃったんだ!」


(うん。こじつけって、すごいわ)


 晴海の突拍子もない解説に、蒼子は思わず吹き出してしまった。


「そんな難しいこと考えなくても……。ほら、以前、言ったでしょ? 描き手の心の有り様が映し出されるって。これはきっと、なんとなくぐちゃっとした気持だっただけだと思うわ。ぐっちゃぐっちゃぐっちゃ~♪ って歌ってね」


 珍しく蒼子が腰を振って、踊る真似をしておどけた。晴海は、ピヨピヨ顔の蒼子が素だったんかぁ~。と思ったが、絵の解説については不満げな表情をした。


「いや、僕には、魂が迷子になってて、お巡りさんが必要なほど差し迫ってるように見える!」


 言い張る、その真面目な表情に、蒼子はまた笑いながら彼を見上げた。


「魂にこだわりすぎ! あなたって、やっぱり『ぽよ―――んで不思議な男の子』だわ」


 そう言いながらも、晴海の身体を抱きしめた。


「うっせ―――!」


 晴海も誰もいないのをいいことに、蒼子を思いっきり抱き上げた。


 蒼子のはしゃぐ声が響く。


 水族館へ行ってから、彼らの距離は急速に近くなっていた。

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