Act.8-1

 蒼子は、一週間ほど寝込んだが、「まだ、コントロールできる」と言い切った通り、また2人は、天気の良い日はM美術館でいつまでも空を眺める日常に戻っていた。


 同じ憧れを持って、同じ心を持って、飽くことなく空を見つめていた。


 その日は、ちょっと雲行きが怪しかったが、2人は約束していたので美術館にいた。けれど、やはり雨が降り出してきた。慌てて館内に入ると、蒼子が晴海を見上げた。


「そういえば私たち、しょっちゅう美術館へ来るのに、常設展示を見るってしたことなかったわよね。今日は、これから館内の絵画を見て回らない?」


 蒼子の言葉に、晴海もうっかりしていたなと笑った。


「本当だ。常設展示は、いつでもいられるからって、おざなりにしてた部分はあるよ」


「実は、私もなのよ」


 蒼子もくすくす笑った。


「んじゃ、常設展示場へ行こうか」


 2人はそこへ向かった。


 中に入ると、ばんっと200号はあるだろうか? とてつもなく大きな、S灘を描いた絵画があった。まるで今、窓から見えている景色と重なるようなその絵の中には、小さな船が一艘浮かんでいた。


「う……わぁ~。すごい! 真っ青だよ? でも、色合いが微妙に違ってる」


 晴海は思わず一歩後ろに下がった。広がる海が水平線近くでホライゾンブルーに変わる。たゆたう雲が、その絵をただの青だけにしていない芸の細かさがあった。そしてその境界に溶ける空は、どこまでも青く深く、そして成層圏さえも突き抜けるような感覚を持った。


 その風景の下から1/3、やや右寄りの隅に、中央に船首を向けた船が描かれていた。蒼子はその船に目を留めて呟いた。


「これ、魂を運ぶ船みたい。ほら、ワンちゃんが死んだときに、『虹の橋を渡る』っていうでしょう? この船も、水平線を目指して航行して、辿り着いたところで空に魂を渡すのかもしれないわ。そうだとしたら、私の魂は、どこで白い翼を持ち、空へ同化しようと飛翔を開始するんだろう?」


 蒼子は、じっと小舟を見つめていた


「きっとこの船は水平線を目指して、どんどん加速してくんだ。その間に翼が育って行って、やがて風をはらんで、ふわっと浮き上がるんだよ。そして大きく一振りして、一気に空へと飛翔するんだ」


 晴海は、自分の希望を伝えた。それはきっと、蒼子も同じだと思ったからだ。


「素敵……。この絵画を今まで知らなかったって、私たち、ちょっと抜けてたわね」


「だね。僕らの想いを、こんなに端的に表してくれてる絵がここにあるって、全く知らなかったなんて、きっと描いた人が笑ってるよ。『これを見ろよ。君たちが特別なんじゃない。誰だって、この想いを持ってるんだよ。この船に乗って、空に向かうんだ』って言ってる気がする」


 二人は、絵から流れ出ている涼やかな風に吹かれながら、小さな笑い声をあげた。

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