Act.8-3
二人は常設展会場の渡り廊下を歩いていると、大きなガラス窓があった。
どちらからというでもなく、2人は静かに並んで立ち、広々としたS灘を見つめた。雨が上がっていて、低く垂れ込めた雲が水平線のすぐ上を漂い、海面に薄い影を落としている。
時折、雲の切れ間から淡い陽光がこぼれ、波の筋にかすかな輝きを落としては、すぐにその光を飲み込んでいった。遠くで、海鳥がひとつ、小さな影を引いて飛んでいる。
1枚の絵画を見つめるように、2人はその景色に視線を止めていた。
曖昧……。
いつもだったらくっきりと見える水平線が雨で流されたように、空と海は融合していた。雨を降らせていた雲が波に溶け込むようにゆっくりと動き、その輪郭はぼんやりと滲んでいる。
まるで時間がほんの少し、現実の世界から抜け落ちたような「静寂」という音が聞こえる。その幻想的な風景の前で、晴海がふとガラスの表面を見つめ、指をそっと宙に伸ばした。
「ほら、僕たちの影が……」
彼の声は、空気に紛れるように穏やかだった。蒼子はその指先を辿り、視線をガラスへ向けると、そこには、2人の姿が淡く滲みながら映り込んでいた。影は、まるで溶け合うように重なっていた。
本来なら、立っている位置の違いで微妙にずれるはずなのに、曖昧に混ざり合って、1つの存在のように見えた。
魂の融合……。
そんな言葉が浮かんだ。
「今の私たちみたいね……」
蒼子は静かに微笑みながら呟いた。
言葉の余韻が、ゆっくりと空間に染み渡っていった。晴海はその言葉を胸に刻むように、ガラスの表面をそっとなぞった。
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