人間じゃなくなろうとした男

馬村 ありん

人間じゃなくなろうとした男

 多分この小説は、読んでいてパァッと気持ちが明るくなるような、そういう種類の作品にはならない。

 読者を困惑させ、混乱させ、しまいには怒らせてしまうかもしれない。

 そもそもがある男の死からはじまるという悲惨な物語だからだ。


 その男は、名前を箕田絜みのたきよしという。享年32歳。左利き。俺達のいるロックバンド『クラーケン』のギター&ボーカルだった男だ。

 経済的成功を人一倍望み、実現の直前まで物事を運んだが、その前に死んでしまった。

 新潟県の路上で、自動車で電柱に激突して死亡した。車にはその時の恋人も乗っていて、そちらも亡くなった。彼のプリウスには、旅行トランクが二つ収まっていた。状況から恋人の故郷の石川県に向かう途中だったと見られている。


 残された俺たちは、今後のバンドの方針で大いに揉めている。急ごしらえでボーカルを加入させても、悪評を招くことは目に見えている。じゃあ、俺がボーカルを取ろうかって提案したらみんなに拒絶された。『さあ、どうする俺たち?』ってなところだ。

 まあ俺たちの話なんてどうでもいい。

 箕田潔の話をしよう。


 箕田絜は、機械のような男だった。

 そのボーカルスタイルもそのギタースタイルもどこか機械じみていた。

 機械じみてるって言うのは、音楽学的にみて正確であるということと、聞いていてそんなに面白くないということを意味する。

 シンプルさを嗜好するロックンロールでは、上手いより下手な方がいい。

 人間くさい方がいい。

 ビートルズだって、ホラ、わざと下手に弾いているだろ(って思うのは俺だけ?)。

 それが分かってない男だった。

 そもそも、あいつがロックを理解しているかは疑問だった。


 箕田絜は、北国・青前町で生を受けた。ルックスはよく、女にはモテた。童貞を捨てたのは中学の時で、相手は塾教師の女子大生だったという話だ(この逸話はとてもロックっぽい)。

 恋人は見るたびに変わっていた。一度そうした女の子の一人と話をしたことがある。『あいつといてもつまらないから』とつまらなそうな口ぶりで彼女は言った。


 高校卒業と同時に、東京へと出てきた。本人は大学進学を望んでいたが、志望校の防衛大学には落ちた。

 東京へ来たが、就職したのは派遣会社で、ピッキング作業だったり、土木作業だったりいろいろやったらしい。

 そんなある日、彼はロックンロールと出会う。

 何のバンドの何て音楽かとうとう聞けずじまいだったが、それを聞いて彼はこう思った。「俺でもできる」と。


 やつはこうも言っていた、「ロックは金儲けにちょうどいい。音楽も難しくない」。

 彼が敬意を払うロックンローラーは、この世に一人もいない。ジョン・レノンだろうと、ジミ・ヘンドリックスだろうと、忌野清志郎だろうと彼にとっては何者でもない。

 もともと音楽的センスを持って生まれたのか、ギターの上達は早かったようだ。彼は独学でプロレベルに達した。これはすごいことだと思う。少なくともそのことにだけは俺は敬意を持っている。


 やつは金にこだわっていたから孤立した。孤立して、バンドを興してもメンバーは次々と去っていった。

 一人ぼっちになったからって、気にするタマかというと、もちろんそんなことはない。

 やつは一からバンドを起こすより、人気のある他のバンドを乗っ取ればいいと考えた。

 俺のいる「クラーケン」はちょうどその頃、ボーカリストが女子中学生と性交したかどで逮捕され、空位になっていた。

 そのため、オーディションを開くことになったんだが、そこにやつは姿を現した。

 顔もいい。

 歌もいい。

 ギターもいい。

 でもなんか好きになれない。

 一緒に仕事したいかと言われるとそうでもない。

 だが、いろいろ総合的に勘案した結果、平均点の高さで箕田潔を俺達は採用することになったのだ。


 バンドはすぐに乗っ取られた。

 楽曲制作の主導権を握るようになり、バンドそのものの主導権すら握るようになった。俺たちの目指していた民主主義体勢は、箕田潔の絶対王政に蹂躙じゅうりんされることとなった。


 ヘヴィメタルを嗜好していた「クラーケン」はやつのせいで、ラップメタルになり、ポップ・パンクになり、しまいには青春パンクにもなった。

 作る曲すべてパクリで、法律違反を侵さないギリギリのラインをせめるのが彼の得意技だった。

 なんか似てるけど、ちょっと違うような……みたいな。

 そういうものは、売れる。

 なぜだか知らないけど、売れるんだ。


 いつのまにか俺達はインディーズ・シーンの代表格バンドになっていた。

「パクりゃいんだから楽でいいよな」

 バンドメンバーの誰かがアイツに言った。

 だけど、アイツからは反応らしい反応はこの時なかった。

 そしていよいよ、デビューを飾る。


 とはいえ、これから先は後がない状態だった。

 なんせ、海外じゃロックンロールは下火で、ヒップホップが全盛期。日本に目を向ければ、ボーカロイド音楽が台頭し始めてきた。

 当時人気のあったバンド――「SEKAI NO OWARI」を剽窃したような作風で売り込みをかけたが、失敗した。

 モノマネが通用するのはアマチュアだけなんだな。

 プロの高い壁を感じたよ。

 この頃、箕田は今の彼女と付き合い始める――アルコール依存症の女で、箕田にとっての『死の天使』だ。


 それでも俺たちがどこか呑気でいられたのは、箕田潔ならなんとかやってくれるハズっていう安心感があったからだ。

 彼は機械だ。

 人間としてのプライドは欠片も持っていない。

 愛情も持っていない。

 仕事になんのプライドもありゃしない。

 そんな風に勝手に思ってた。

 だから、彼の心に限界が来ていることを誰もが読み取れなかったんだな。


 俺達はシングルを出し続け、中にはドラマやアニメのタイアップが付いた曲もある。だが、売れなかった。デビューシングルでは11位、2ndでは18位、3rdは32位、そして4thでは64位……。

 さすがの俺達も危機感を持ち始めて、その矢先に起きたのが、箕田と恋人の交通事故だった。


 事務所に警察が来た時、彼に自殺の兆候があったかというようなことを聞かれた。

 おれたちは「へ?」ってなものだった。

 やつの体からは大量にアルコールが検出された。

 車のなかにもビールが一ダース積まれていて、運転しながら飲んでいたと見られた。助手席の女もアルコール漬けだったらしい。


 ご両親の好意なのか厄介払いなのか、彼の遺作となったデモテープが送られてきた。

 それは大量にあったんだが、そのどれもが美しいメロディで構成され、コード進行もオリジナリティに満ちあふれていた。

 なんでこれを発表しなかったんだ?

 誰もが疑問符を投げかけた。

 

 彼の悩みは、彼の書きかけの詩の断片から明らかになった。

「ロックじゃなきゃいけねえんだ、ロックじゃなきゃ」

「オリジナリティがあるものは売れねえって本に書いてた」

「俺はつまらない人間だと思われたくない」

「彼女のことを人間的に愛してるんだが、そういうのは俺っぽくない」


 なんだこの悩み事の数々は。

 ――俺達と同じじゃねえか。

 どうして悩みを口に出さなかったんだ?

 やつは機械なんじゃない機械であろうとしていただけなんだ。

 すごく人間くさいやつだったんだ。


 曲を聞いた誰もが黙り込んだ。バンドメンバーも、プロデューサーも、サウンドスタッフも、レコード会社の職員も。みんな再生の終わったテープレコーダーをじっと見つめていた。

 誰も口に出さなかったけれど、考えていることは皆同じだ。

「これ。世に出さなきゃいけない」

 そんな俺の言葉に反論するやつは一人もいなかった。


 いま、「クラーケン」を俺達は立て直し中だ。

 とにかく彼の作った遺作を全部形にする。

 いままでこれを世に出せなかったのは俺達の過失なんだ。

 そして、あの世にいる箕田潔に見せつけてやるんだ。

 ほら、お前のオリジナリティが金になってるぞって。


 書くことがなくなった。

 この小説はここで終わりだ。

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