ハトに込めれられた願い

 夜が更け、警戒が少し緩んだ頃を見計らって、ピジョンは野営地へと潜入した。

 野営地を壊滅させ町への迫撃攻撃を阻止するため、ピジョンが立てた作戦の第1段階。

 それを遂行するためだ。

 瓦礫の陰に隠れて戦車列の方をうかがう。


「周囲を警備しているのがふたり。少し離れて4人……これなら片付ける方が目立つか。それなら隙を見て直接叩いた方がいいな」


 肩にかけているカバンをちらりと見る。

 これにはダイナマイトが入っている。

 集落の弾薬庫に潜入して、盗んできた物だ。

 あと持っているのはライフルと、その予備マガジンがふたつ、そしてハンドガンとナイフ。

 心もとない装備ではあるが、非力なピジョンが持てる最大限の持ち物である。

 装備の確認をしていると、戦車の周りをウロウロしている男が離れていく。


「よし、作戦開始だ」


 戦車のキャタピラ部分をよじ登り、乗り込み口を探す。

 天井の中央にグリップを見つけ、両手で持ち上げるように開く。

 真っ暗闇に包まれた戦車の中に、カバンごとダイナマイトを放り込む。

 ダイナマイトに繋がっている電線を引っ張りながら、少し離れる。

 あとは手の中にあるスイッチを押せば、戦車は内部から爆発を起こして吹っ飛ぶだろう。


「すぅ……はぁ──」


 体内に力をためるように大きく深呼吸をして、ピジョンは力強くスイッチを押し込んだ。

 瞬間、視界がチラつき反射的に目をつむる。

 空気を乱雑に破り捨てるような爆発音が到達する頃には、ピジョンは走り始めていた。


「爆発に気を取られている今しかチャンスはない。まずは一気に数を減らす!」


 走りながら狙いを定め、引き金を引く。

 銃声が聞こえた方へ集まる視線から逃げるように、ピジョンは走る。

 完全に油断していた状況で銃声が鳴り、突然人が悲鳴を上げるまもなく倒れていく。

 視線は当然、そちらへ集中する。

 襲撃を受けていることは分かる。

 しかし銃弾がどこから飛んできていて、敵が何人いるのか分からない。

 次に撃たれるのは自分かもしれない。

 そんな恐怖がまともな思考を奪い、パニック状態を起こす。

 そしてパニックは伝染し、人間は統率を失う。

 悲鳴に囲まれながら、ピジョンは走り回る。


「弾が……それなら!」


 弾切れのライフルを捨て、兵士が落としたライフルを拾い上げる。

 そんな乱暴なリロードを何度か繰り返した。

 連戦連勝の帝国軍も。

 いや、だからこそ、まさか内部から崩されるとは考えもしなかったのだろう。

 少なくとも100人はいた兵士たちは、あっという間に数を減らし、野営地は静かになった。

 周囲を見渡し、聞き耳を立てる。

 ここは最前線の拠点。

 ピジョンが何度か戦ったことのある、男の姿が見えない。


「混乱の中、流れでやったか……? いやそんなはずはない。あれは頭の切れる男だ。必ずどこかに隠れて私を狙っているはず……」


 ゴソッと草むらから音が聞こえ、反射的にそちらへ向かって撃つ。

 男が悲鳴を上げながら倒れた。


「違う、こっちか!」


 振り返ると、男が剣を振り上げていた。

 咄嗟にライフルを盾にして、ピジョンはその場から離れる。

 しかし男は、ライフルを捨てたピジョンへ即座に迫る。


「くっ!」


 咄嗟にハンドガンを向けるが、強く銃身を掴まれてしまって撃てない。

 男の太い足が間近に迫る。

 ピジョンはハンドガンを躊躇なく捨てて、後方へ距離を取った。


「ゴホッ、やっぱり隠れてたか」


 男は黙って、ピジョンへ剣を向ける。

 緊張の中、全力疾走を続けていたから息が上がっている。

 このまま手練れの相手をしても勝機は薄い。

 なんとか時間を稼がなければならない。


「ずっといたんだろう? 随分と出てくるのが遅かったじゃないか。お前がもっと早くでてくれば、こんなことにはならなかっただろうに」


 分かりやすい挑発だ。

 できるだけ息が上がっていることを隠してはいるが、そんなことはお見通しだろう。

 だからこそ、男が足を止めたのはあえて。

 因縁の男が安い挑発に乗ってくることを、ピジョンは知っている。


「もし私が早く出ていれば、確かに被害は限りなく少なかっただろう」


 ならばどうして。

 いや、この狂人の考えそうなことなど簡単に想像がつく。

 男は、ピジョンの想像通りのことを言った。


「だがそうすれば、貴様は早々に退いたはずだ。そうすれば、お前を討つ機会が遠のく」


「傲慢だな。お前のそのつまらない復讐心のせいで、たくさんの仲間が死んだんだぞ? 何も思わないのか?」


「じきにこの戦争は終わる。そうなれば、もう二度と貴様を殺す機会は訪れないかもしれない。そうなれば、向こうで皆に合わせる顔がない」


「知るかよ、そんなこと。私は絶対に生き残る、どんな手を使ってでも。私が生きる邪魔をするなら、まずはお前を殺す!」


 この場所に敵兵を残してはいけない。

 ひとりでも残れば、この先の町への迫撃を許してしまうからだ。

 たとえ分の悪い戦いだとしても、この男は必ずここで殺さなければならない。

 ピジョンは、腰にかけていたナイフを抜いた。


「その小さなナイフでこの私を殺せるとでも?」


「人を殺すのに凶器の大きさは関係ない。どんな人間だろうとも、首にナイフを突き立てれば死ぬ。それがたとえ、無駄に太いお前の首だろうとな」


「否定はしない。だがその小さな体躯では、私の首元にも届きはしない。私はそういう話をしている」


 言い切ると、男は剣を振り上げ迫る。


「なめんなよ。私は生きる! 死ぬのはお前だ!」


 剣を避けながら男の脇を通り抜け、さっき手放したハンドガンを拾う。

 男の心臓を狙って、ピジョンは引き金を引く。


「チィ! お構い無しか!」


 銃弾を左腕で受けながら、男は突っ込んでくる。


「刺し違える覚悟で私はここにいる。生に執着している貴様とは、訳が違う」


「お前だって復讐に執着しているだけじゃないのか! 死んだ人間なんかより、生きてる私を優先するのは当たり前のことだろう!」


「死して私たちは英霊となる。死を恐れる貴様に、英霊を愚弄する資格などない!」


「英霊なんて誰がなるもんか! 私は死にたくない。その一心で戦ってきたんだ!」


「なんだと?」


 ピジョンのナイフが、男の右腕を切り裂く。

 男はたまらず剣をその場に落とした。


「うわああああ!」


「くっ!」


「死ね! 死んでしまえ! 私が生きるために!」


「うぐっ……」


 腹部に柄が少しめり込むくらいに深くナイフを突き刺された男は、力なく倒れ込む。


「そうか、貴様は……」


 声にならない言葉を残して、男は目をつむった。


「……当たり前だろ。私だって、こんな場所には来たくなかったよ」


 何度も戦ってきた因縁の男と決着をつけ、息を整えていたその時、銃声が鳴る。

 鋭い痛みが左のももに走り、その場にうずくまる。

 痛みで歪んだ顔を向けると、ハンドガンを構え笑みを浮かべている若い男がいた。


「やった、やったぞ! ついにやった!」


 あれだけの数を相手していたのだから、ひとりひとり丁寧にやる余裕はなかった。

 仕留め損ねていた人間が、何人かいてもおかしくはなかった。

 それにしても最悪のタイミングであることは、間違いないが。

 男は赤く染まった足を引きずりながら近づいてきて、ピジョンを蹴った。


「うぐっ!」


「お前に仲間を沢山やられた! 故郷に家族を、赤子が待ってる奴だっていた! 皆いい奴だったんだぞ! それを皆お前がァ!」


 ボールを蹴るように何度も蹴り飛ばされて、ピジョンは呻き声を上げながら転がっていく。


「死ねよ、化け物」


「死ぬのはそっちだ、クソ野郎」


 腹に抱え込むように隠していたハンドガンを男へ向け撃つ。

 男の銃弾はピジョンの右腕に命中し、ピジョンの弾丸は男の眉間を撃ち抜き、男は憎しみを残して倒れた。


「ゴホッ、死体らしく黙って死んでろ」


 立ち上がろうと力をこめると、体のあちこちに激しい痛みが走って力がぬける。


「クソが! クソッ! 帰るんだ、絶対! あの人のところへ!」


 立ち上がるだけで息が上がる。

 それでも終わりではない。

 少しずつ、それでも着実に一歩ずつ足を進める。

 あの人がピジョンに与えた任務は、敵を殺すことでも、戦車を破壊することでも、基地を制圧することでもない。

 必ず帰ってくること。

 それだけが、いつも与えられる命令なのだから。


「私に名前をくれたあの人を、嘘つきにはさせない」

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