男の悲願
最前線の町。
その警備所。
この近くの集落が帝国軍に落とされたことで、この町に攻撃が行われる日は近い。
そういうことで、まず戦場になるこの場所には厳戒態勢が敷かれていた。
「あなたほどの人がこんな最前線にいるなんて、騎士団は余程の人手不足なんでしょうね」
警備兵が男へ話しかける。
男は遠くを見つめながら、ゆっくりと首を横に振った。
「またまた。あなたは不可能と言われた作戦を何度も成功させてきた優秀な軍人だと、ここらでは有名ですよ?」
警備兵が言うと、男は少し目を細めて答えた。
「買い被り過ぎです。私はただ安全な場所から命令してきただけです。あれを成功と言えるかは分かりませんが、もしそうならそれは全部、あの子たちの成果ですよ」
「それが指揮官というものなのでは?」
「……そうですね。でしたら私は、指揮官としては失格でしょうね」
そんなことを言う男を、警備兵が不思議そうに見ていると、別の警備兵が声を上げた。
「帝国兵だ! 帝国兵がひとり、歩いてくるぞ!」
一瞬で警備所がざわつき、緊張感が漂う。
ゆっくりと近づいてくる帝国兵へ無数の銃口が向けられる。
男は小さな影をじっくりと見つめる。
そして疑念が確信に変わると、声を上げた。
「撃つな! あれは敵じゃない!」
「はぁ? あんたいったい何を言って……」
呆れたような空気など無視をして、男はバリケードを飛び越える。
そして帝国兵へと走っていく。
男は倒れこんできた帝国兵を受け止める。
その拍子に帝国兵の帽子が落ち、白い髪が現れる。
白い髪の少女を見て、男は強く抱き寄せた。
「たい、ちょう……」
耳を澄まさねば聞き逃していたであろうか細い声で、少女は言った。
「ご苦労。よく帰ってきたな」
何よりも待ち望んでいたこの瞬間。
なのになぜ、こんな言葉しか出てこないのか。
男は情けなくなり、唇の端を噛んだ。
「はい、わたし……ちゃんと──ゲホッ!」
吐き出された息には、血が混ざっていた。
この一瞬見ただけでも分かる。
ピジョンは、かなりの怪我を負っている。
最悪のことを覚悟して、男は自分なりに優しい声色で言った。
「もういい。お前の任務は終わったんだ。ピジョン、あとはゆっくりと休むといい」
ピジョンを抱え上げようとしたその時、男はピジョンに押され尻もちをついた。
「な、なにを」
意味が分からずただ疑問を呟くしかできない男の目に映ったのは、優しく微笑むピジョンの姿だった。
次の瞬間、爆音と共にピジョンの姿が消えた。
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