無意味な作戦

「着いた、けど……酷い有様だな」


 集落の様子は、ピジョンがいた時に比べると別物のように変化していた。

 少ないながらも存在していた家々は瓦礫となっているし、未だに空気の中には焦げた匂いが混ざっている。


「あれでも、一応は抵抗したんだな」


 逃げ足の早い王国騎士団でも、さすがにこの集落を無傷で帝国にやるのには抵抗感があったらしい。

 壊れた戦車の部品であろう金属片や、王国騎士の鎧が転がっている。

 それでも本気で防衛したには少なすぎるから、捨て石にされた騎士が何人かいた、ということなのだろうが。


「さて、まずは偵察。たしかこっちに高台があったはず」


 記憶を頼りに小高い丘を目指し歩く。


「うん、ここからならよく見える……けどそれは向こうも同じはずだ。頭を出しすぎないように気をつけないと」


 草むらに姿を隠しながら、集落の様子を窺う。


「道に沿って戦車が多数、兵隊はあちこちにいて警備は厳重」


 注意深く観察していると、壊されていない家から何人かの兵士が出入りしていることに気づく。


「綺麗な家を寝泊まりに使っているのか。それなら正確な数字は分からないけれど、だいたい100程度と考えておくのがいいか」


 集落から目を離さずに、ピジョンは頭に手をやった。


「さてどうする……? バカ正直に突っ込んだ所で集中砲火にされて終わるだけだぞ」


 ピジョンの目的はこの先にある町への迫撃を止めること。

 そのためには、この野営地を必ず壊滅させなければならない。

 ではその方法とは何か。

 ピジョンひとりの力では、戦車は破壊できてもひとつが限界だろう。

 迫撃砲もかなりの数が配置されているので、すべてを破壊するのは難しい。

 となれば、残る方法はそれらを操作する歩兵を全滅させることなのだが……。


「そんな方法、簡単に思いつくはずないよな……」


 これまでピジョンがこなしてきた作戦といえば、捨て身の突撃くらいしかない。

 そんな歪な経験しかないピジョンに、効果的な作戦の立案なんてできるはずがなかった。

 無能さを悔やむように、頭をかきむしる。


「うん……? あれは……」


 兵士がふたり、警備を外れて歩いてくる。

 談笑しながら野営地を離れていくふたりを見て、ピジョンはよいことを思いついたと口元をゆるませた。


「そうか、その手があったか」


 欠けていたピースが埋まったかのように、次々と頭の中で思考が繋がっていく。


「そうと決まれば……」


 野営地から離れていく男ふたりの背中を追う。

 男たちは油断しきっているのか、会話が聞こえてくるまで近づいても、まったくピジョンに気がつく様子はない。

 男たちは道を脇にそれると、タバコに火をつけた。


「さっさと終わらせちまえばいいのにな、こんな戦争。いったい、いつまでこんな所で待機させられんのかね」


「大隊長だってその気だろうさ。だがここだけの話、軍本部から直々の命令らしい」


「軍本部から? どうしてまた」


「何やらお偉いさんが止めてるんだと」


「やろうと思えば、明日にも目標の町は落とせるのにな。お偉いさんの考えることは分からんな」


「まったくだ」


 噂話に興じているふたりのすぐそばにまで、ピジョンは接近する。

 木陰に身を潜ませ、ジッと機会をうかがう。

 しばらくして、持ち場へ戻るため男たちは背中を向け歩き始めた。


「今だ……」


 木陰から飛び出し、背後から男の喉元を切り裂く。

 流れるような動作で隣の男に足をかけ転ばせ、地面に寝ている男の喉にナイフを突き立てる。

 男はゴボッと血を吐き出して、息絶えた。

 周囲を見渡し誰にも見られていないことを確認すると、ピジョンは息を吐いた。


「ふぅ、不真面目な奴らがいて助かった」


 ピジョンは手際よく男から軍服を脱がせ、それをまとう。


「かなり大きいけど、まぁ混乱状態ならバレないか」


 余った袖と裾をまくり上げ、ピジョンは男たちが歩いてきた道の方を見る。


「お前らの戦車部隊なんてぶっ潰してやる。そして帰るんだ、絶対に」


 少し怯えている自分を奮い立たせるように、ピジョンは野営地の方を睨みつけた。

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