伝書鳩
「まったく……随分と時間がかかったな」
10数もの戦車とその護衛部隊がゲートを通過し、関所が静かになる頃には、すっかり日が暮れていた。
しかしそのおかげで、いやというほど作戦を考えることができた。
敵は、出入り口になっている各ゲートにふたりずつ。
拠点内を巡回するように警備しているのが5人。
そして指揮官クラスだろう。
簡易的な司令部であろう最も大きなテントに3人。
「合計で12……。真正面からぶつかればだいぶキツイけど、まぁなんとかなるか」
ピジョンはナイフを抜くと、勢いよく木陰から飛び出した。
ゲートの近くにいたふたりの兵士は、落ち葉を踏みつけたような音に反応して、こちらに目をやる。
「遅い」
声を上げる間もなく、ふたりの兵士は地面に倒れた。
「さん、し……」
物音に気づきこちらを向いた兵士にライフルを向けながら、ピジョンは低地の方へ走る。
低地の畑の上を走りながら、巡回している敵兵士に狙いを定める。
「──ろく、なな……」
司令部のテントを通り過ぎ、段差を飛び越えて反対側のゲートの近くにいた兵士を狙う。
銃声がふたつ鳴り、ピジョンは勢いに乗ったまま司令部テントへ向かう。
ピジョンの思惑通り、テントにいた兵士は何事かと外に出てきてキョロキョロと見渡していた。
11人目を数えて、ピジョンは目を細めた。
「あとひとり足りない……」
ピジョンが観察した限りでは、敵は全部で12人いたはずだ。
たったこれだけの数だ。
数え間違いなどありえない。
「隠れる場所……テントしかないか」
耳を澄ましながら、寝泊まりに使っていたであろうテントに目をやる。
順番に注視してみるが、こちらをうかがっている様子はない。
「とすれば、ここしかないか」
ピジョンは足音を消しながら、司令部テントへと足を踏み入れる。
呼吸を止め、テント内をよく見渡す。
作業机と棚がいくつか、それと生活用品。
ぱっと見た限りでは、人が隠れている様子はない。
しかしここは敵のテリトリーだ。
どこに身を潜めているか分からない。
一歩ずつ。
ピジョンはゆっくりと、テントの中心部へと歩いていく。
「来るなら来い、返り討ちにしてやる……」
何かを踏んづけて、バリッと音がした。
ピンと張った緊張の糸が大きく跳ね、寒気が背筋を撫でる。
「──ッ!」
背後から突き刺さってくる嫌な感じから逃れるように体を反らし、振り向きざまにライフルを向ける。
いた、最後のひとりだ。
どうして気づかれた。
最後の敵はそんな表情のまま、背中から倒れた。
「……はぁ、はぁ。クソッ、危なかった」
ピジョンは死体へと近づいていき、握られているハンドガンへと手を伸ばした。
しかしそれは、力強く握りしめられていて奪うことができない。
「死体が銃を持ってたってしょうがないだろ。いいから、そいつを私によこせ!」
乱暴に抜き取ると、死体は力なく腕を落とした。
何も成し遂げられず、死後は持ち物を略奪される。
そんな哀れな男の姿を見て、急に体が震えだした。
心臓が激しく鼓動し、呼吸は荒く、体が芯から凍えている。
魔法のように周囲の気温が急激に下がったのではない。
誰にも知られず、ただ無意味に命を散らされる。
男の末路はまるで、自分の未来を見せられているようで恐怖したのだ。
「ハァハァハァ──」
酷く痛む胸を押さえながら、その場で膝をつく。
吐き気に身を任せ嘔吐するが、出てくるのは苦い味のする空気だけ。
世界が暗黒に染まり、心臓の鼓動だけが耳元で激しく波打っている。
暗黒の世界で、仲間たちがピジョンを取り囲んでいる。
死ぬことを命じられたのに、なぜいつまでもお前だけが生き残っているのか。
仲間たちの表情からは、そんな憎しみの感情が伝わってくるようだった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私だってこんなことになるとは思ってなかった。ただ私は死ぬのが怖くて、その一心で!」
「お前はそれでいい」
懺悔するように言葉を並べ立てていると、男の声が聞こえた。
「え……?」
プツンと糸が切れたように心が落ち着く。
紐を引っ張られ、立ち上がらされる操り人形のように力なく立ち上がる。
「……帰るんだ、必ず」
目元からこぼれ落ちそうになっていた涙をぬぐい、ピジョンはテントの外に出た。
「あれは……」
空を見上げると、1羽の鳩が飛んでくる。
鳩はピジョンの周りをゆっくりと飛びながら降りてきて、テントの近くのポールに止まった。
鳩はピジョンを見ながら、しきりに鳴いている。
「一体どういう……」
睨みつけても鳩は逃げようとしない。
不思議に思い観察してみると、鳩の足に小さい筒がくくりつけられていることに気付いた。
「そうか、お前は伝書鳩だったのか」
筒を取ってやると、伝書鳩は満足げな鳴き声を残し飛び立った。
「これはしめたぞ。帝国軍の機密を手に入れたかもしれない」
たまには良いこともあるものだと思いながら、ピジョンは筒を開けた。
中からは丸められた紙が1枚出てくる。
ピジョンは内容を読んで、つばを飲んだ。
「町への大規模な砲撃作戦! そうか、あの戦車隊はそういうことだったのか」
戦車を盾にして後方から安全に迫撃を行う。
これは帝国軍がよく行う作戦だ。
単純な作戦だが、王国軍は戦車を破壊する術をろくに持っていないので、砲弾の雨を受け入れるしかない。
だからこそピジョンのような少年兵が、肉薄して制圧するという作戦が多く使われたのだ。
「けど私たちの部隊は、騎士団を逃がすため全滅したはず……。補充だってそう簡単にはこない。だとすれば……」
作戦の決行日は翌々日。
もしもあの町が落ちれば、王都は目前。
王都が落ちるのにそう時間はかからないだろう。
そんなことは正直、どうでもよかった。
ピジョンにとって一番の問題。
それは──。
「あの人が……私の帰る場所がなくなってしまう……!」
口に出した瞬間、激しいめまいが襲ってくる。
力が入らなくなって膝をつく。
集落が制圧されていることは、容易に想像できた。
しかしこんなにも進軍が早いとは。
捨て石のように兵士を使い捨てる王国軍であっても、あの町はそう簡単には捨てられないだろう。
しかし町に残された戦力は少ない。
全滅は必至だ。
「あの人を捨て石に? させるか、そんなこと」
乱暴に命令書を破り捨て、ピジョンはテントを出る。
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