兵士という機械

 集めた装備の確認をしていると、低い音が聞こえてくる。

 足元から伝わってくるこの振動には覚えがあった。

 ピジョンは軽い身のこなしで、瓦礫の影に身を隠した。

 徐々に音と振動が大きくなってきて、ゆっくりとそれが近づいてくる。

 車輪が車体を囲うように取り付けられた走る台形の箱。

 ピジョンの目は自然と鋭くなる。


「来た。騎士団では確か……戦車とか言ってたか」


 あの忌々しい鋼鉄の車は、苦労して掘った塹壕をやすやすと突破し、その上こちらの銃弾を跳ね返す。

 戦車の進撃を止めるため、手榴弾を抱いて突撃して行った仲間たちの数は数え切れない。


「あいつらまだ……」


 憎しみの象徴が車列をなして進んでいく。

 しかしピジョンは動かない。

 あれに特攻しろという命令ならばいざしらず、今の目的は生きて帰ること。

 どれほど目の前の敵が憎かろうと、ピジョンは無謀な攻撃を行わない。

 ピジョンは息を潜め、ジッと敵部隊を観察する。


「戦車も、馬も、兵士も……みんな装備が綺麗だ。それに初任務の新兵なんだろう。顔に生気がある」


 一度でも戦場を経験すると、人間は簡単には笑えなくなる。

 それがたとえ、待ち望んでいた故郷へ帰還する道中だったとしてもだ。

 戦争は人間性を奪う。

 生きるため、敵を殺すだけの機械になる。

 ピジョンは光を失った目で、部隊を眺める。

 しばらくして部隊が通り過ぎ、音と振動が小さくなると、ピジョンはゆっくりと立ち上がる。


「奴らはこれから前線に向かうんだ。なら私の帰る場所はそこにある」


 綺麗な装備と、士官の盾となるべく使い捨てにされるであろう新兵。

 あれらを追いかければ、王国軍が駐屯している場所へ自ずと到着するはず。

 ピジョンは数多ある足跡の上を歩き始めた。



 かすかな振動を足元から感じながら、ピジョンは足を進める。

 集落と集落とを繋ぐこの道は、邪魔な木を切り払っただけの歩きにくい道であったが、今は帝国の戦車が通った影響で随分と歩きやすくなっていた。

 憎むべき存在により舗装された道を歩いていると、次第に音と振動が大きくなってきた。

 脇に逸れ木々に隠れながら音の聞こえてくる方へ近寄ってみると、帝国軍が集まっていた。


「あれは……追いかけていた帝国の戦車部隊か」


 簡易的なゲートの前に、さっきピジョンの前を通り過ぎていった戦車が順番に並んでいた。

 旗を持った軍人が一通り確認を終えると、1台ずつゲートを越えていく。

 簡単な検問のようだが、それでも10台以上の戦車がずらりと並んでおり、それを護衛する歩兵も大勢待機している。


「しばらくここで足止めだな。強引に突破するにしても、状況が悪すぎる」


 ピジョンは木陰に隠れながら、関所を観察する。


「簡易的だけど、帝国軍の中継基地兼、関所といったところか。味方に対しては大げさな気もするが、ここを越えればすぐに前線だからな。用心深いのにも納得がいく」


 この先を越えしばらく歩けば、ピジョンたち王国軍が駐屯していた集落があるはず。

 もっとも、ピジョンたちに与えられた任務は殿であったので、すでに集落は帝国軍の手に落ちている可能性が高いだろうが。

 それでも問題はない。

 ピジョンが目指しているのは集落を越えた先にある町。

 そこにピジョンが所属している特殊兵団。

 そしてそこには、あの人がいるはずだから。


「さて、問題はここから。どうしてこの関所を突破するか……」


 この関所は大きく分けて三つのエリアに分けられる。

 ひとつめは中央。

 よく開けた平地であり、中央部分を戦車が走っている。

 そしていくつかの簡易的な建物が置かれている。

 ふたつめは左方の山。

 強引にここから突破できないこともないが、関所に近い方は落ち葉が多く音が鳴るだろう。

 それに切り取ったような崖になっており、滑り落ちる危険性が高い。

 かといって木々が生い茂る森側から抜けようにも、傾斜が大きく時間がかかる。

 そして3つめ、こちらは低地になっており背の低い枯れ草が生えている。

 おそらく畑だったのだろうが、侵攻により放置されているのだろう。

 走り抜けようにも、身を隠すことができないためすぐに発見されてしまうだろう。


「そう簡単に通してはくれないか……。まぁいい。足止めされている間……考える時間はいくらでもあるだろう」


 ピジョンは鋭い目で、関所を観察した。

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