恋彼岸

Rie

― 彼岸の花に恋ひし時 ―  

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土手を染める、紅の群れ。

それは、忘れられた恋の記憶。

名前も呼ばれぬまま、

風にほどけていったひとつの愛。


彼岸花――曼珠沙華。

葉と花は、決して同じ時を生きない。

すれ違い、寄り添うこともなく、

ただ巡る季節に命をゆだねる。


 


――待ってる


彼は言った。

けれど、わたしの時間は

もう彼の掌からこぼれ落ちていた。


ふたり並んで歩いたあの堤防も、

もう今は、

紅の炎が燃えるように揺れている。


思い出にしてはあまりに鮮やかで、

でも、振り返るには、あまりに遠い。


 


わたしはただ、

花が散ったあとに残る

その毒のような名残を、

そっと心に抱えているだけ。


 


愛してた――

すれ違うことでしか、証せなかった。


だからこそ、忘れられない。

紅くほどけた、あの日のあなたを。




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恋彼岸 Rie @riyeandtea

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