台風

おる

台風

「台風14号は依然勢力を増しており、現在九州地方の多くの市区町村で避難勧告が発令されています。この台風の……」

スマートフォンから1000円くらいで手に入れた安すぎるワイヤレスイヤホンを通じて女性アナウンサーのハキハキとした声が聞こえる。飯盒炊飯のときの鍋の蓋くらいピッチリと、黒とも灰色ともいえない絶妙な色の雲が空を覆っている。そんな雲から、ラジオの声に呼応するかのようにポツリ……ピチャッ。ポツリ……ピチョン。と雨雫がこぼれ、私達を打ち始めた。ここから私の家まではまだ普通に歩いて15分くらいかかるから、今くらいの雨がこのまま続いたとしても帰る時には結構濡れてしまうであろう。雨というのは存外侮れないものだ。それに、雨脚がこれから強まらないともいえないし、第一台風が近づいているのだ。ここから降水量が増えていく可能性の方が高いだろう。現在、私のカバンには折りたたみ傘が入っている。この折りたたみ傘をさすと自分とカバンが雨に濡れないよう守ることができる。私はこんな時のためにどこに行くにも折りたたみ傘を連れてきているのだ。しかし彼女は折りたたみ傘のくせに濡れるのを好まない。したがって彼女を説得しなくては私は折りたたみ傘を常に連れているのにいざ雨が降ったら為す術なく雨に濡れてしまうという滑稽で奇妙なことが起こる。君たちはそれもまた一興と思うかもしれないが、なにぶん私は雨に濡れたくないタチなのだ。したがって今日も私は彼女を説得しようと試みる。

「貴女は折りたたみ傘なのだから雨に打たれることくらいどうってことはないだろう。もちろん雨に打たれたあとは晴れた日にお天道様のもとに連れて行ってやるさ。」

「じゃあ貴方は骨を折られて皮を剥がれてもその後で元通り治るのならばなんの文句もないって言うの?」

言っているそばから雨脚が強まる。ほらやっぱり。

「確かにそういう訳ではないし、君の言いたいこともわかるけれども、やはり折りたたみ傘なのだから濡れるのは受け入れるべきではないかい?」

「嫌よ、他でもない貴方なのだからこの気持ちがわかるでしょ?」

やはり今回も説得に失敗してしまった。これで何回目だろうか。雨が嫌いな傘は存外多いらしい。そしてやはり傘が雨を回避しようとするのはおかしいらしい。


※この話を読んだ読者諸君らは自分の傘の気質を知らないであろう。しかし安心してほしい。現在流通している傘は長傘、折りたたみ傘共に品種改良によって99.99%以上が雨を好む種類であるといわれている。

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台風 おる @orukaikou

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