第11話 強襲

 こいつ、何言ってるんだ?


 家に連れて行けば青木の情報を教えると言い出した同級生の女子の顔をまじまじと見つめる。微笑みを浮かべてはいるが、冗談を言っているようには見えない。


——青木の情報!? ってか、何で僕の家!?


 青木に関する情報は欲しい……が、わざわざ向こうから来て私を家に連れて行けば、という条件を提示してくるのは、裏を勘繰らざるを得ない……というかその条件に何の意味があるのかわからない。誰かに聞かれたくないならここでこそっと耳打ちすれば良いだろう。


「え? それってどういう——」


「あ、先輩から呼ばれちゃった。じゃあ林君、この後ね」


 僕の疑問には答えずそう言い残して松本は練習に戻ってしまった。







 テニス部の活動が終わった後、残ってくれた人には青木に関して気になる事がないか尋ねて回ったけど収穫はなし。

 しかも結局僕が聞いて回るのを最後まで待っていた松本が、強引に家に連れていくよう要求してきて僕も渋々了承した。


 まぁ、松本になら急に襲われても(素手なら)大丈夫だし、僕の家なら屈強な男が僕を待ち伏せしているということもない。今日は昼の内は親も出掛けてるし、これも青木の情報を得る為だ、僕も一肌脱がないと。



 ……という風に甘く考えていたら、僕の部屋に松本を上がらせた途端、ベッドに押し倒された。僕の両手首を掴んでベッドに押し付けられている。こいつ、妙に力強いんだけど。それとも僕が弱いのか?


「ごめんねぇ林君、青木君の情報ってのは嘘。ほんとは君の部屋に入れて欲しかっただけなの」


「い……いや、尚更意味わかんないしッ」


 僕が現状できる一番威圧的な目付きで松本を睨みつけるが、松本は僕を見ているようでその実、夢現とした状態である。抵抗しようとする僕をまともに認識できていない。

 クソッ! どうすりゃいいんだよこれ!


 僕の両腕を押さえ込んだまま、松本の脚を僕の脚にくねくね絡ませてくる。その後ゆっくりと松本は右足の膝の先で僕の太ももの内側をなぞり、徐々に上の方に添わしてくる。

——ちょ、ちょっとガチでこいつ何してッ


 堪忍ならなくなった僕が両足で無理矢理松本を押し退けると、松本はよろめきながらベッドから転倒し、ようやくまともに話が通じる意識状態に戻ったのか、冗談めかして笑う。


「あははっ、ごめんごめん。まぁでも、情報があるってのはほんとだよ? 青木君のことじゃないけど」


「……な、なに……」


 ベッドの上で後退りし、松本を警戒しつつ布団を抱き寄せて壁に背をもたれる。


「……高橋君。知ってるかわかんないけど、私、高橋君と中学一緒なの」


 高橋と出身中学が同じ……?

 松本の言葉の意味するところにあまりピンとこない。この高校の1年生には僕と同じ中学の出身者はいない。それに他人の出身中学の情報もそこまで興味がなくてほとんど知らない。


「それで……高橋がなんだって?」


「実は私、中学のころ高橋君と付き合ってたの」


 予想もしていなかった言葉に思わず咳込む。

 ……高橋と、こいつが……?

 いや、まああり得ない話ではないのだが、そんな話高橋からも水野からも聞いたことないぞ。

 てかなんでそれを、わざわざ僕の部屋に連れて来させてまで教える必要が……


「ゴホッゴホッ……んッん……そ、そうか。そんなこと教える為に、家に連れて来させたのか?」


「それは単純に林君の家に行きたかっただけよ……なんてね。冗談よ冗談、半分ね」


 松本の獲物を見定めたような目は半分、とは言っていない。僕は一瞬身震いする。


「……実は高橋君、束縛が酷くってね。私が他の男性と一対一で話してるだけで怒るのよ? だから私、イヤんなっちゃって別れたの」


「束……縛……」


 高橋が束縛? 水野と一緒にいるときのあいつは、特段そういう風には見えなかったけど……

 こいつが適当吹かしてるだけか? いや、高校生になって高橋も反省したのかもしれん。

 が、いずれにせよ僕には関係ない。そんな話聞かされても困る。


「あっそ……話はそれでお終い? ならもう、帰ってくれないか。親もそろそろ帰ってくる」


 嘘だ。親は早くとも後2時間は帰ってこない。


「まだちょっとしか話してないのに、そんなすぐ親が帰ってくるなら初めから家上げないでしょ? ね、私林君に興味あるんだけどな〜」


 そう言って僕が包まっていた布団を剥がし取ろうとする。

 なんでこいつ、妙に勘が鋭いんだよッ!


「なあちょっと、いい加減にしないか、僕には愛する彼女が——」


「え〜でも、佐藤さんから別れようって言われたって聞いたよ? もう彼女じゃなくない?」


「イヤちがッそれは」


 一応まだ、事件の真相を突き止めるまでは僕の中ではその別れ話はノーカンなんだよ!


 抵抗虚しくまたベッドの上に取り押さえられる。

 ……ヤバイッ、このままじゃ襲われるッ


「ちょ、誰かたすッ」


 松本は僕の声には耳を傾けておらず、僕の助けを求める声は宙に消える。


 松本が僕のシャツの一番上のボタンに顔を近づけ、器用にも口でそのボタンを外そうとしたとき、突如として松本のスマホが着信音を鳴らす。

 松本は僕の拘束を解き不貞腐れた顔でスマホを手に取る。


「……高橋君からか」


 はぁ、と大きくため息を吐いて高橋からの電話に出る。電話越しの高橋の声が僕にも聞こえる。


『おい、松本。お前まさか、林の家に着いてったりしてないよな?』


「……え、えぇ? そんなことする訳ないでしょ?」


『……とぼけるな。ともかく、俺も今から林の家に向かう。お前はそれまでに帰れ』


 高橋との電話を切ると、不満を全開にした顔で荷物をまとめて立ち上がった。

——よかった、これで帰ってくれるよな?


 一応念のため松本を玄関まで送る。


「はぁ。じゃ、来るね、林君」


 松本は僕に振り返って最後にそう言い残すと、そのまま僕の家を出て行った。これまた一応、ちゃんと松本が帰路に着いたことを玄関前から見届けて、僕は自分の部屋に戻って一息ついた。


 ……もう来ないでくれ。

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【2000PV突破!】別れた直後に元カノが自殺した。 ユウキ @ppp65536

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