第10話 テニスボール

 結局それ以上一ノ瀬から情報を引き出すことはできず、解散となってしまった。

 というか、折角だからと言って山下と一ノ瀬の2人はカラオケに残って普通に歌うってから帰るらしい。別に山下と一ノ瀬は元々大して交流はなかったはずだけど、山下からすればもう既に友達認定なのだろうか。


 ……青木が週末に犯人にとって無干渉ではいられないような、なにかを行っていたとして、だ。その内容を確かめる術は僕たちにはもうない。青木は殺され、付き合っていた水野も殺され、更にその後交際していた一ノ瀬は何も知らない。青木のスマホには何らかの証拠が残っているかもしれないが、僕たちはそれを入手できない。


 青木がこの事件の、ある意味キーパーソンとなっていることはほぼ疑いようがないのに、青木がどう事件に関わっていたのか突き止めることは不可能……八方塞がりだ。


 犯人が青木を殺害したということは、裏を返せば犯人にとって青木は殺す必要があるがそれ以外の人物は致命的な情報を持っておらず、殺すまでもないということを意味する。


 火曜日に青木を問い糺したときは、特段嘘をついたり重大な隠し事をしている様子はなかった。また、青木にとってあまり重大な出来事・記憶でないのなら、既に青木がその致命的な情報を忘れていてもおかしくなく、青木を殺すリスクには釣り合わない。つまり、犯人を突き止める上で致命的な情報というのは、『青木にとって重要な出来事だが、青木はそれを佐藤と水野の事件には無関係だと判断している出来事』ということだ。


——それって例えばなんだ……? 一ノ瀬が言う様に浮気の可能性もある。だがそれなら青木は佐藤か水野と浮気していたことになる。……仮に、考えたくはないが青木が僕と交際している佐藤と浮気していたとして、それを知った僕が激昂して佐藤を殺したら、青木は浮気の報復であると気づかないはずがないし、水野は完全にとばっちりだ。青木が浮気していたのが水野で、激昂したのが高橋でも同じことが言える。

 そして、青木がこの二人以外の人物と浮気していたなら益々佐藤と水野は無関係。

 ……浮気ではない。確かに青木は軟派な奴で貞操観念は緩そうだが、浮気相手が復讐で殺されてのうのうとしているほど肝が据わったサイコパスでもない。


——何でも良い。何でも良いから、とにかく青木に関する情報を集める。そして、青木が何をして、何を知っていたのか……それを突き止める。







 高橋に無理を言って、土曜日の硬式テニス部の活動の後、僕が青木のことを部の皆に聞いて回らせてもらえることになった。


 テニス部の練習が終わるまで、テニスコートを眺められる位置に置かれたベンチに腰掛ける。

 もうすっかり木の葉は枯れきっていて、テニスコートにも時々風に吹き上げられた枯葉がヒラヒラと突入してくる。運動もせずただ座っているだけの僕に吹き付ける秋の風は冷たい——やっぱり室内で待ってた方がよかったかな。


 高橋はテニス部のコーチに球出ししてもらってボレーの練習をしている。そういえば男子テニス部はこの前の新人戦で県大会を勝ち進み、もうすぐ地方大会を控えてるんだったか。高橋は1年でもレギュラー入りしてるらしいし、本気でテニスに打ち込んでるんだろうなぁ。

 大事な大会を控えた高橋に、自身が愛した女の子の殺人事件を解決する為協力してもらうのはやっぱり悪いだろうか。


 止め処もないようなことを考えてボーっとしていると、足元に黄緑色のテニスボールが転がってきた。そして、そのテニスボールを追いかけてきた女の子が僕に話しかけてくる。


「あっ! 林君、そのボール取ってもらってもいい?」


 明るい声で声を掛けてきたのは松本。僕と同じ1年A組で、硬式テニス部。サラサラの長髪で、愛想がよく顔も悪くないからA組の内外の男子から結構モテる。同じ学級って言っても、僕から松本に話しかけたことはほとんどないけど……


 僕は左足にコツンとぶつかって静止したテニスボールを拾い上げ、松本に軽く投げ渡した。テニスボールは松本の方向とは少しズレたが、おっとっと、と声を出しながら上手いことキャッチしてくれた。


 松本は微笑みながら僕の座っているベンチの左の空きに座ると、囁くとまではいかないもののだいぶヴォリュームを落とした声で僕に話しかけてくる。


「ねえ、佐藤さんたちが自殺した理由を突き止めるために、林君のお家で高橋君たちと話し合いしてるってほんとぉ?」


「あぁ、まあ、そうだね。まだ僕の家で集まったのは一回だけだけど」


 なんでわざわざそんなこと確かめる必要があるんだ? まさか松本、この事件に関して何か知っているのか?


 松本は小さくニヤリと笑うと、今度はあからさまに僕の左耳に小さく囁いた。


「今日私を林君の家に連れていってくれたら、私の知ってる青木君の情報、教えてあげるよ? もちろん二人きりでね」


——は?

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