第9話 カラオケ・再

 僅か10分ほどで高橋はその病室にやってきた。スライドドアを開けた高橋は肩で息をして、その額は若干汗ばんでいる様に見える。


「おい、俺はさっきも見舞いにきただろ。なんの用だ」


 高橋はツカツカを足音を鳴らして歩いてくる。眉間には皺を作っていた。


「そんなの作戦会議に決まってるでしょ!」


 山下がさも当然というように言い切る。急に倒れて入院したばかりなんだから、退院するまでは休んでいればいいのに。


 山下がさっき僕と交換した情報を高橋にもベラベラと共有する。その話し口には淀みがなく、しかも妙に抑揚付けて少しばかり熱気を感じる。病み上がりの身体の一体どこからそんなやる気が湧き上がってくるのだろうか。


「なるほど……犯人は1年A組に最低1人、青木は一酸化炭素で昏睡させた」


 高橋が今さっき伝えられたことをぶつくさ復唱するように呟く。


「僕は、青木が実は犯人に迫る情報を持っていて、その口封じの為に殺害されたと睨んでる。高橋は青木周りの人物に、なにか心当たりはないか?」


 高橋は顎の下に右手の甲を当て、しばし目を伏せながら沈黙する。

 やがて一つの手掛かりに辿り着いたかの様にパッと顔を上げる。


「……一ノ瀬。確か、あいつが……青木が、水野と別れた後、暫くして一ノ瀬と付き合い始めた。結局また一月も持たなかったみたいだが、なにか青木に関する情報を知ってるかもしれない」



 日が傾き始める前に、僕たちは家に帰った。山下も、今日中に退院するらしい。







 翌日、学校は再開した。立て続けに級友が3人も亡くなって、A組の教室内は異様な空気が漂う。


 以前は授業中も業間休み中も笑い声が聞こえてきたが、今日は尋常でなく静かで、その静寂の意味する事こそが、更にクラス内の静寂を加速させた。


 結局その雰囲気が崩れることはないまま昼休憩に突入した。

 山下が昼食を準備するでもなく立ち上がると、スタスタと一人で教室を出た。1年B組の一ノ瀬を尋ねに向かったのだろう。僕や高橋がファーストコンタクトでは警戒される。山下でも急に尋ねれば警戒されるだろうが、男が行くよりましだ。


 僕の見立てでは一ノ瀬が犯行に関わっている可能性は低い。佐藤の口からも水野の口からも、一ノ瀬の名前を聞いたことがなかった。第一、昨日高橋からその名前が挙げられても、僕の脳内には一ノ瀬という名前とリンクする人物像は浮かんでこなかった。高橋とは多少繋がりがあるのかもしれないが、僕は高校に入学してから一度もその人物と話をしたことがない。


 暫くして山下が教室後方のドアをガラガラと音を立てて戻ってきた。山下に視線を投げかける僕に山下が気がつくと、小さく親指を立ててきた。

 つまり、今日の放課後一ノ瀬に話を聞けるよう都合を付けることができた、という意味だ。


 今日は職員会議で部活は全面的に無し。職員会議というのは、立て続けに起きた自殺——もとい殺人事件についてのものかもしれないが、どのみち期待はできない。学校側は事件を穏便に済ませるために、わざわざ事件の真相に迫る様な真似はしない。この卑劣な連続殺人を裁けるのは、被害者と、加害者と同じ生徒という立場である僕たちだけだ。







 山下が一ノ瀬との話し合いの場に選んだのは、今週の月曜日にも僕と行ったカラオケボックスだ。初対面の女子を僕の家に上がらせるのはお互い抵抗があるし、公園じゃ味気ない。カラオケの方が、遊びっぽい雰囲気が出て幾分連れ込むハードルが下がる。


 僕と高橋が先に座っていたカラオケの個室の中に、山下と一ノ瀬がおずおずと入ってくる。

 事前に僕たちもいることを山下が伝えていたのか、一ノ瀬は僕たちを視認した後少しだけ目を丸くするものの大して驚いたりはしない。


大きい長方形のテーブルを囲むようなコの字型のイスに、僕と高橋、山下と一ノ瀬がそれぞれ横並びになるよう対面して座る。


 気まずそうに目を漂わせる一ノ瀬に僕が口を開く。


「今日は来てくれてありがとう。さっそくだけど、青木について何か知っていることがあれば教えてほしい」


 一ノ瀬はテーブルの下で手をモジモジして、多少の迷いの後に話し始めた。


「……え……っと、その、私と青木君は付き合っていたと言っても、大して遊びに行ったりもしなくって……あんまり私のこと好きじゃないのかな、みたいな……。結局3週間と少しで別れちゃったし……」


 一ノ瀬は歯切れの悪い言葉を繋げ、すぐに口を噤んでしまった。やはり、彼女は一時的に青木と付き合っていただけで、大して事件に関連する情報は持っていない、か……


 山下が一ノ瀬の左肩を両手で優しく包んで話す。


「なんでも良いのよ? 青木が誰と交友関係があったとか、誰と仲が悪かったとか、週末なにをしていたか、とか……」


 山下の『週末』という言葉にピクリと一ノ瀬の身体が反応する。


「……そう、週末……。私も何回か、週末に遊びに行かないかって青木君を誘っていたんだけど、毎回悉く断られちゃって……しかも、部活もないのに一人でどこかには出掛けてるみたいで……もしかしたら浮気……されてたのかな」


 一ノ瀬は言葉を進めるごとに生気を吸い取られたかの様に萎れていった。


 浮気……浮気か。青木が浮気をしていて、それに腹を立てた人間が青木を殺害した……でもそれだと青木を真っ先に殺害しない理由がない。青木が浮気をしていたこと自体は青木が殺された理由ではなく、あくまで青木が浮気をする中で知り得た情報の口封じをする為に殺した。

 いや、そもそも浮気とは限らない。青木が毎週末に一ノ瀬抜きでなにかをしていて、しかもそれがこの一連の騒動に関係がある、ということか。

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