第8話 病室
休校中の高校に侵入して家に帰ってきて暫く休憩していたら、高橋からラインが届いた。なんと村田とコンタクトをとっているときに山下が急に倒れて、救急車に運ばれたというのだ。
自転車を漕いで、急いで山下が搬送されたという病院に向かった。
病院の受付で山下の部屋を教えてもらい病室を訪ねた。病院特有の妙に滑らかに動くスライドドアを軽くノックして部屋に入ると、山下は点滴を受けながら上半身を起こし、窓の外を見ていた。
「山下! 無事か?」
山下は僕に気づいて顔を向けると、少し驚いたような表情をした。
「林……見舞いに来てくれたのね。ありがとう。今はだいぶ落ち着いてきてるし、お医者さんもただの貧血じゃないかって言ってたわ」
「山下に何事もなくてよかった……。高橋たちが救急車を呼んだんだな」
山下は無言で頷く。
高橋からのラインを見たとき、どうしてもここ数日のうちに殺された同級生のことをフラッシュバックした。万が一にでも、山下にも同様の脅威が及んでいたら……そう考えるだけで居ても立っても居られなくなって、急いで病院に駆けつけてしまった。
「ここ最近はショッキングな出来事が立て続けに起きている。おそらく精神が摩耗していたのもあるだろう」
この件は特段事件性はない。その事実が、僕の憔悴を幾ばくか緩和させる。
山下が公園で村田から聞いた話を教えてくれた。
「通話……女の声……協力者……」
僕の見立てでは犯人は1年A組の男子一人の可能性が高いと考えていたが、そもそも今までに協力者の存在を否定する証拠は一切見つかってない。冷静に考えてみれば、一介の高校生がたった一人で同級生三人の殺害に踏み出せるとは思えない。殺害を肯定してくれる協力者がいたことが、計画面でも精神面でも殺人を実行に移すことを可能にしたのだろう。
「協力者が女性なら、主な役割は佐藤や水野へのコンタクト。暴行や青木を直接手に掛けたのは男だ」
正直、そうなると女性の方の犯人を特定するのは難しい。佐藤や水野と関わりのある女子生徒は学級や学年を跨いで沢山いるし、ターゲットとの接触が役割なら物理的な手掛かりはほとんど見つからないだろう。
「とはいえ、通話の声に関しては村田の聞き間違いの可能性もあるわ。高橋が言うには、通話相手は水野かもしれないって」
「水野……あの写真を投稿したのが水野である理由は、いまだに何一つわかっていない。元々水野は犯人と協力関係にあったが、口封じのため殺された……?」
「私はそうは思えないけどね。だって、水野が佐藤を殺したいほど憎んでるなんて、とても普段の様子からは思えなかった。仮にその通話の相手が水野であったとしても、水野は犯人に上手く利用されているだけか、あるいはその通話の後に改めて佐藤が犯人に連絡をとったか」
佐藤が暴行され、あの写真が撮影されたのは、おそらくその木曜日の放課後で間違いない。佐藤は翌日の金曜日学校を休み、その夕方に僕に別れ話をして、さらに土曜日の部活も休んだ。タイミング的には辻褄が合うな。
——佐藤から最後に届いた、あのライン。
僕を振ったばかりの佐藤から愛してる、とメッセージが届くのはやはり矛盾している。金曜日学校を休んだのは間違いなく前日に暴行を受けたから。僕に別れ話の電話をしたのも、その事件が影響しているのは間違いない……もしかして、佐藤は犯人から僕に危害が及ばないようにあえて僕にはなにも話さず別れようと言ったのだろうか。となると、僕が知らないだけで佐藤への犯人の干渉はその前から存在したのかもしれない。
「僕も今日校舎に忍び込んでわかったことがある。青木を無力化するのに使ったのはおそらく一酸化炭素。一酸化炭素が含まれる気体をビニール袋に充填し、寝ている青木に吸引させた」
「一酸化炭素って、物が不完全燃焼したときに発生する気体? でもどうやってそんなの収集するのよ」
「シュウ酸だ。シュウ酸を濃硫酸で分解すると一酸化炭素と二酸化炭素と水ができる。一昨日の化学基礎の実験でシュウ酸二水和物を使っただろ。犯人はそれを盗んだ」
「あ、そういえば私の班のテーブルには、最初その粉末が置かれてなかったわ。化学の先生が置き忘れただけかと思ってたけど、私が化学室に来る前に犯人が盗んだのね」
「ああ。だから、犯人、もしくはさっき話した協力者のどちらかは1年A組にいる可能性が高い」
協力者の線が濃くなったせいで、犯人候補の範囲が広がってしまったな。だがおそらく、佐藤が校舎裏で目撃したことをベラベラ話した村田は犯人ではないだろう。
「青木は殺され、村田もキモかったけど多分白。どうする? 私はこれ以上疑わしい人物は思い浮かばないわ」
「……青木が殺された理由は犯人から恨みを買っていたからじゃなくて、なにか犯人にとって致命的な情報をもってたからだろう。でなきゃ、わざわざ高いリスクをとって青木を殺さない」
「青木が情報を……? でも火曜日に林が呼び出したときは、有力な情報は持ってなかったのよね?」
「ああ。だから、可能性として考えてられるのは青木が僕に重大な隠し事をしていたか、あるいは青木自身がそれが重要な情報だと気づいていないか」
「なるほど。だとしたら、青木周りの人物を洗い出す必要があるわね」
山下は充電していたスマホを手に取って高橋を病室に呼び出した。てか、いつ充電器なんか持ち込んだんだよ。
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