第20話
曇り空。昼間だが、太陽が暗い。
ダンは気晴らしに街を散歩していた。
すると通りの向かいから歩いてきた一団に声をかけられた。
3人の集団。
黒革のスリット入りタイトスカートに、胸元を大きくさらけ出した長身の女。彼女がリーダー格のようだ。腰まである赤い長髪が風にふわりとなびいた。
「お姉さんたちと、イイコトしない?」
枯れた誘い文句だ。風に吹かれて、額からわずかにツノのようなものが見えた。魔族の証だ。
「美人からお誘いとは、嬉しいこともあるもんだな」
「あらぁ、話のわかる男って好きよぉ」
裏路地に連れ込まれる。薄暗い、ジメジメした細い通りだ。
「失礼するわね」
3人いたうちの2人で両腕をとる魔族たち。
「やけにサービス旺盛だな。楽しいね、いやはや」
「お兄さんカッコいいんだもの、昂っちゃうわぁ」
ダンの正面に近づく赤髪の女。手を伸ばせば届くだろう。そんな距離で、妖艶な笑みを浮かべている。
「そいつは嬉しいね、魔族にも魅力が伝わったみたいで」
「……始めなさい!」
両側から絡みついた女の腕に、突然力が入る。ダンはそのまま羽交締めの形となる。
だというのに、予想通り、と言った風で口を吊り上げた。
「んなこったろうと思ったよ! っらぁ!!」
一声吠えると、赤髪の女に頭突きを喰らわせる。
「ぶっ!?」
のけぞり、よろけつ後退する女。最後には足を引っ掛け尻餅をついた。
鼻に固い額をぶつけられたからか、ツツ、と一筋鼻血が滴っている。
リーダーの醜態を見て、呆気に取られるのは残された2人の魔族だ。
そしてその隙を見逃すダンではなかった。
「お勤めご苦労! もう帰っていいぞ!」
注意が逸れた一瞬の間に、掴まれていた両腕を力任せに閉じる。
ごん、と鈍い音。反射的に動き出した腕へ掴まってしまった2人が、頭をぶつけた。
「〜〜っ!!」
それぞれの鼻っ柱を強打し、あまりの痛みでその場にうずくまる。
「お前ら、何のつもりだ? また戦争でも始める気か?」
剣の柄に手をかけ、魔族たちを睨むダン。
臆した様子もなく、リーダー格の女が立ち上がった。やはりまだ痛むのか、鼻を押さえている。
「違うわよぉ、魔族と人間の共存、あなたにも手伝ってほしくて。魔王殺しのダン・カガミにもね」
目を細め、意味ありげな笑みを浮かべる。
それに合わせ、ダンの声色が一段低くなる。
「……随分お詳しいようで。お前らにとっては仇首なわけだが、何を協力しろと?」
赤髪の女が当たり前のように答える。
「だから共存よぉ、あなたには魔族と人間の調停をお願いしたいの」
「バカ言うな。お前らの仲間、何人殺したと思ってる? その恨みを忘れると?」
転生してこの方、帝国から追放されるまでは命令のままに魔族を狩り尽くしていた。
ダンとアンナが現れてから、魔王軍の攻勢はすっかり鳴りを潜めた。それほどまでに、強大な力。
「忘れるわぁ、生き延びる為ならね」
「何が言いたい」
「帝国が大規模な魔族掃討戦を計画しているらしいの。率直に言うと、少しでも時間稼ぎがしたいのよねぇ」
ハア、とため息をこぼしながらいう。
「だとして、なぜ俺にお鉢が回ってきた? 帝国にいた頃だって、使い捨ての駒だった。政治なんてからきしだぞ」
ダンは苦い顔だ。対照的に、赤髪の女は笑みを深めた。
「本当にそうかしらぁ? 帝国軍には今でもあなたの信者が多いと聞くけれど」
舌打ちして答えるダン。明らかに不服と言いたげな目線だ。
「知るかよ。この話、俺にとってのメリットが土台見えないんだが」
「アンナ・セツナの目撃情報」
その名前が聞こえた途端、目の色を変えた。
思わず鞘から剣が抜かれる。
「!? ふざけんな! もう一度でもその口を開いてみろ。叩き斬るぞ」
剣を突きつけられても、女は動じない。
その瞳からは並々ならぬ覚悟がうかがえた。
「帝国に潜入中のスパイから得た情報よぉ、何でも昔と同じように氷魔法を操っていたとか」
気圧された、訳ではないがあまりの落ち着きに少々毒気を抜かれる。
「……アイツは死んだ。亡骸をこの手で抱いた。見間違いだ」
そう吐き捨てる。魔王亡き後、それでも抵抗を続けた魔族ゲリラに殺された。
「帝国の魔法研究は諸国の100年先を進んでいる。そう言われるようになったのは、あなたが帝国を追われてからよぉ」
「何が言いたい?」
「帝国は命を操る魔法の開発に成功している可能性があるわぁ。かの大魔法使い、不老不死のフランチェスカを超えてね」
フランチェスカマクドウェル。不老不死の体現者にして無尽蔵の魔力を持つとも噂される、生ける伝説。
それすら、帝国は超えたと言う。
ならば、あるいは。
「目撃場所は?」
咄嗟に尋ねるダン。赤髪の女は鼻血にまみれながらも、余裕の笑みを崩さない。
「依頼を受けてくれると言うことかしらぁ?」
押し黙る。魔族に与する。それは過去の自分を全く否定するに等しい。
「……」
「まあ、流石に今日決めろとは言わないわぁ」
一呼吸おいて、女が背を向ける。
「3日後、また来るわねぇ。それまでには決めて欲しいわぁ。あと、受けないにしてもあなたを襲うような真似はしないから安心してねぇ」
「わかった。考える時間をくれ」
苦々しげに返事をするダンへ後ろ手で手を振り、部下を連れて通りを立ち去る。
すると路地を曲がりきらないうちに、魔族たちの話し声がダンの元まで聞こえてきた。
「姉御、頭大丈夫っすか?」
「その心配の仕方は失礼に当たるわよぉ? あなたたちこそ、鈍い音がしていたけれど大丈夫なのかしらぁ」
「あ! たんこぶになってるじゃないですか! 冷やすもの持ってきます!」
「気持ちは嬉しいのだけど、もう少し音量を落として欲しいわぁ。ダン・カガミに聞こえるじゃないのぉ……カッコつかないわぁ」
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月・水・金・日曜日の20時45分頃に投稿予定です。
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これから、これから ~過去の英雄が、傷を乗り越えて幸せを掴むまでの話~ レモン塩 @lemonsalt417
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