私の中で何かが抉られるような感じがした。

水鳥川倫理

第1話、抉られた感情。

私は滑稽だ。何もできない。ただひたすら時間を潰して日々を過ごしている。

何もしないまま死ぬのが私の運命。

そう思っていた。

しかし、ある出会いがきっかけで

その運命は大きく崩れることになる。


そう、私は生まれて初めて恋をしたのである。

誰にも邪魔されたくない。

誰にも彼を渡したくない。

誰にも、私のこの気持ちを踏みにじらせたくない。


彼を思うたびに胸が締め付けられる。これは喜びなのか、それとも痛みなのか。境界線はとうに曖昧になっていた。


けれど、彼は何も知らない。ただ静かに微笑み、何気なく私の名を呼ぶ。その声が甘く、優しく、私の世界を満たしていく。


私はただ願う。この想いが、誰にも汚されることなく、純粋なままであり続けるように——。


そう願ったある日。

君はとある女子に告白されて受け入れてしまったところを目撃してしまった。


目の前で繰り広げられる光景は、あまりにも現実的で、あまりにも悪夢じみていた。


君は、彼女の告白を受け入れた静かな場所で、

春風に揺れる木々の影の中で。

彼は微笑みながら、彼女の言葉をそっと受け止め、互いに抱きしめ合っていた。


その瞬間、私の世界は音を立てて崩れ去った。


息が詰まる。胸が軋むように痛む。

それでも、目をそらせない。


足元の落ち葉を踏みしめる音さえ遠のいていく。

すべてが静寂に包まれる中、私の心だけが叫び続けている。


「嘘でしょう?」

「そんなはず、ない。」

「だって、私は——」


けれど、彼はただ微笑んでいた。

私に向けてではなく、彼女に向けて。


何も知らず、何も気づかずに——。


それでも、このまま終わるなんて、認めたくなかった。


私は、一歩踏み出した。

この想いが終わりを迎えるとしても、私の言葉が彼に届く前に終わるなんて——そんなこと、許されるはずがないから。


足は震えていた。

それでも、歩みを止めることはできない。


喉が焼けるように熱く、呼吸がうまくできない。

それなのに、視線はただ彼に向かう。

彼と、彼女に——。


「ねえ……」

かすれた声が漏れる。

二人は振り向く。


彼の瞳に映るのは、驚き?戸惑い?それとも——何も気づいていない、いつもと同じ優しさ?


「なんで?」


自分でも気づかないうちに、その言葉がこぼれていた。

震える唇から。

震える心から。


彼は目を伏せ、何かを言おうとした。

彼女は彼の腕にそっと手を添え、私を見つめる。


「……ごめん。」

それだけだった。


たった二文字で、私の全てを壊すには十分すぎた。


この場から逃げ出すこともできた。

涙をこぼして、何もかも諦めることもできた。


だけど——

私はどうしても、その運命に屈したくなかった。


「私の気持ちを知ってる?」

振り絞るように言った。


彼は何も言わない。


沈黙が重くのしかかる。

時間が止まったようだった。


それでも、この気持ちが届かないまま終わるなんて、そんなのは——そんなのは絶対にイヤだった。


私は息を吸い込んだ。

震える声を押し殺して、彼の目をまっすぐに見つめた。


「私の気持ちを知ってる?」


彼は何も言わないまま、視線を落とした。

彼女が不安そうに彼を見上げ、彼の腕をぎゅっと握りしめる。


その仕草に、私は決定的な答えを悟った。


「……そう。」


それだけ呟くと、足元の落ち葉が風に舞い、世界が揺らいで見えた。


——私の恋は、終わった。


かつては、それが運命だと思っていた。

私は何もしないまま、ただ時間を潰し、無意味に生きていくのだと。


だけど、恋をした。

愛した。

願った。


たとえ叶わなくとも、それが意味のある時間だったのなら、私は無価値ではなかったはず。


そう思いたかった。

そう思わなければ、今この瞬間の苦しみを乗り越えられない。


最後に彼をもう一度見た。

彼は何かを言いたげだった。


けれど、それを待つつもりはなかった。


私は微笑んだ。

ほんの少しだけ、ほんのわずかでもいいから、幸せだったと認めるために。


そして、一歩を踏み出した。


涙がこぼれたのは、その次の瞬間だった。



私は歩き続けた。

振り向かないと決めたはずなのに、背中に残る彼の視線を感じるたび、心が揺れた。


それでも、一歩、一歩と進んでいく。


涙は止まらない。

けれど、それは私が確かに生きている証だ。


この痛みも、悔しさも、すべて抱えて進んでいく。

そして私は、決意する。


——このまま終わらせない。


私は変わる。

もう「何もできない私」ではいたくない。

ただ時間を潰して生きるのではなく、意味のある日々を紡いでいく。


失った恋は戻らない。

でも、それが私のすべてではない。


だから、歩いていこう。


新しい出会いがあるかもしれない。

新しい夢が生まれるかもしれない。

そして、いつか、この痛みを懐かしく思える日がくるかもしれない。


風が私の頬をなでる。


そうだ、私はまだ、生きている——。

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私の中で何かが抉られるような感じがした。 水鳥川倫理 @mitorikawarinri

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