愛とは白雪に似ていて非なり
神木ねがい
第1話
何故、私は魔王の娘なの。
何故、勇者に恋してしまったの。
私は昔、魔王とその敵対していた人間たちの王国から拐われた王女との子供だった。
つまり人間とのハーフよ。
勇者、貴方は私の憧れた、魂の焼けるような“憧れ“そのもの。
世界の終末をもたらそうとする魔王の娘の私なんて手が届かない存在。
実の父を殺めようとする、決してこころから望んではいけない、敵対者。
そして、決して穢れを知らない、決して穢れたりしない、強い存在。
だから私の憧れの全て。
しかし、父は打たれた。
貴方は父を倒し、カタストロフ、世界の終末に歯止めをかけると、元の世界へと帰還した。
勇者のパーティーは解散し父である魔王、その娘である私は人間たちの捕虜となり、処刑を待つことになった。
「待っていて。」
確かに、彼は小さく耳元で囁いた。
どういうこと?
はるか勇者たる英雄、はては私を直に殺しに来るつもりなの。好きな人に殺される。それが私の初恋の顛末なのね。
「やあ。」
ほどなくして貴方は私の牢の前に突然現れた。父に隠れて魔法の鏡から眺めていたときと少しも変わらない、少年の微笑み。
貴方は私を助けに来たと言った。
勇者が人々の敵の魔王の娘を助けるなんてありえないこと。
私を殺すためでもない。
これから処刑されるのを待っていたこの私を、嘲笑うためではないなんて。
「一緒に逃げよう。」
信じられない台詞だった。答えは一つしかなかった。私は頷いた。
私たちの逃亡劇は始まった。
そうして鏡越しにでは知ることができなかった、そうして知っていく貴方の一面だけではい、あらゆる多面的な、ほんとうの姿だった。
勇者とはいえど、貴方も特別なんかじゃない。他のどの人間たちとも同じ、人間そのものだった。
迷い、苦しみ、ひとりよがりで、穢れていて。それでも、あたたかい人。
愛らしい、という感覚を教えられる人。
こんなに相反する、ただ美しいだけではない。
こんなに矛盾した感情なのに、誰かを愛したことがないほど、貴方に惹かれている私がいた。
「何故、私を助けたの?」
「君は僕を救ってくれたから。」
胸がどきり、とした。
「…知っていたのね。」
「魔王を倒せたのは、僕一人の力なんかじゃない。みんなに助けられたけど、一番は君がいてくれたから。…違う?」
あの日。父と勇者のパーティーとの闘いの日。
実は父は人間である勇者には倒せるはずのない相手だった。
父は同じ魔物にしか傷つけることができない、特質な身体を持っていた。
人間に攻撃されたところで、たちまち肉体は回復してしまう。
父は負けるはずはない、と固く信じていた。
勇者を殺し、この世界の人間界を破滅に追い込んだ後、父は神になり世界を創造し直すつもりだった。
人間たちに穢された森や湖、傷つけられた動物たち。
そう、彼らの楽園を創るつもりだった。
もとは父は人間に遺伝子改良で造られたアンドロイドだった。
科学の行き過ぎた世界。科学の忌み子。それが父だった。
力が巨大すぎて科学者たちの手に余った父は、人間たちに自らの生命を造り出した責任を問いただそうとした。
カタストロフ。
世界の終末。
父は人間の造り出した魔族だった。
そこを私が助けた。
私は人間の王国の王女と魔族の父とのハーフだから、父にも力が通じる。
人工生命体である父を造り出し、世界を操ろうとした王国の科学者たち。機械で作り上げられた、人々の働かない、機械の国。人間の作り出した機械の産業廃棄物で自然界は絶滅の危機に瀕していた。森は狩られ、動物たちは飢え、水は枯れている。
もう限界だった。
人間の過ちは否定できない。
しかし、だが、しかし、父のやり方にも私は失望していた。
父は自然界というよりも、誰よりも、何よりも復讐に歪んでいた。誰の話も聞かない。
拐われた王女である母は父に命じられ私を産み落とすと、自害していた。
人間たちへの暴虐ぶりは、人間たちの自然界に対するそれと同じか、それ以上だった。
止められるのは同じ人工魔族の血の流れた、造られた存在の娘の、私だけだった。そして私は人間を選んだのだった。
そして、決戦の日。私は、父に毒を盛った。それは、同じ人工魔族の私の血液だった。そうして、遺伝子的に崩壊すると、父は滅した。勇者の一太刀に、自己再生することなく。
「…君のおかげで、世界が滅ばずにすんだ。ラグナロクは回避された。さながら僕は英雄のようだが、本当は君が…」
「私、貴方が好きなの。貴方のことをどうして好きなのかはわからない。でも、何よりも、貴方を助けたかった。」
勇者は照れくさそうにし、私の手を強く握り締めると、こう言った。
「僕も同じ気持ちだよ。敵同士として存在だけだったけど。陰で支えてくれていた、不思議な存在がいつも気がかりだった。君だったんだよね?いつも、僕が窮地のときには助けてくれていた、不思議な存在は。僕は両親に愛されなかったんだ。」
「行こう、僕の住む世界へ。君はやり直せる。今度は僕が君を助ける番だ。」
貴方は気づいていた。陰なる私の助力に。
気づけば涙を流している私がいた。まさか。泣いたことなんて、ないのに。
「世界は修復させた。僕の世界の、科学の力で、森も、動物たちも、みんな無事だよ。君のお父さんにも悪いことをしてしまったと、この国の国民たちが王国を非難しだしている。みんな、気づいたんだ。」
私は泣き崩れていた。声を張り上げて泣いていた。そんな私を貴方はそっと抱きしめると、言った。
「—さあ、最後は君も救われなきゃ。行こう、僕の世界、自然と森の住人たちの共存を果たした世界へ。」
私たちは手を取り合い、元の世界への異次元ワープの扉の先へと飛び出した。
愛とは白雪に似ていて非なり 神木ねがい @KamikiNegai_0130
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