第2話 中だし、外だし、躊躇なし

 真弓の返答から自分自身も分からないか、隠したいのか?は掴めずにいたが、ぐっと飲み込んで草薙は、代理人として男性に内容証明を送った。彼女はもう18週目に入っており、3週間以内に手術をしなければ、人工妊娠中絶が不可能になってしまうからだ。

 ほどなく、相手の男性から連絡があった。最初は美人局などを疑っていたが、丁寧に説明したところ真弓が妊娠していることについては理解をしてくれた。中絶費用の援助をする気がないわけではありませんが、DNA鑑定で、自分が父親だと証明してもらうのが先です、と言ってきた。男性側にすれば当たり前の回答だった。

 そのメッセージを彼女に伝えると、彼女は両目から涙をあふれさせ、声を震わせて泣き出した。草薙は既に出ている鑑定結果だはない結果に一部の期待を込め、一足先にDNA鑑定の業者と話し、事前に手続きをしておけば、中絶手術の際に胎児からのDNA採取をして、鑑定が可能だと確認していた。


草薙「きっちり段階を踏めば間に合います。DNA鑑定して父親だと確定すれば、彼

   は中絶の費用を負担する意向を示していますから」


 そう声を掛けると、しゃくり上げながら彼女は「全額?」と言った。


草薙「それは難しい部分がある。今回の妊娠は、2人が合意した本番行為の結果だ。

   彼だけに非があるわけではないだろうし、彼はすでに30万円を支払っている

   のだから。交渉次第ではありますが、その他の請求もした上で、結果として実

   際にかかった中絶費用の分は回収できる可能性はあります」


 そう答えるしかなかった。身体を痛めている依頼者のためにもできるだけ大きな金額を回収したい気持ちはあった。中絶の費用は40万円ほど。そこに、赤ちゃんの永代供養代として30万、精神的苦痛の慰謝料として50万を加えて、計120万円。これぐらいの金額は残してあげたいと考えていた。


草薙「DNA鑑定の費用も、申し込み時に半分。鑑定結果が出て、自分の子供である

   と決定したら全額を負担すると仰っていました。ですから、まずはDNA鑑定

   の手続きを行いませんか?」


 彼女は同意し、DNA鑑定の申し込みを行った。私は相手の男性に連絡を取り、解決するための金額や支払方法、DNA鑑定への協力など、諸点にわたる合意内容のすり合わせを開始した。


 風俗店の女性従業員との合意・同意なく本番を行うことは、民事上の不法行為に当たる。態様によっては強制性交等罪(刑法177条)等の刑事罰が科されることになる。風俗店における強制性交等罪の性交とは、男性器を女性器に挿入する行為を指す。挿入した時点で性交に当たるため、射精したかどうかは関係ない。


 女性従業員と本番を行い、突「妊娠した」と言われたら、当然、自分が父親になることなど考えてもいないでしょうから不安になるだろう。さらに、風俗店側から、「責任を取れ」とか「中絶費用を支払え」等と言われると、パニックになってしまう。だからこそ、落ち着いて、冷静に対処することだ。本当に女性が妊娠しているかどうかの医師が発行する「妊娠証明書」の提示を求めるべきだ。妊娠証明書は母子手帳の発行に必要なもので特別なものではない。他の客とも本番をしているかもしれませんし、父親が誰であるかははっきりとわからない状況である可能性もある。悪質な風俗店の場合だと、妊娠すらしていないのに中絶費用や慰謝料等のお金をだまし取ろうとしていることもある。

 女性従業員や風俗店の店長などから言われた内容は記録すること。やりとりの様子を録音・録画するのがベストですが、もしできなかった場合は、言われた内容等をメモに残して置く。メールやLINE等の電磁記録なども証拠になる。風俗店側が中絶費用や慰謝料の支払いを求める中で、「痛い目に遭うぞ」とか、「早く支払え」などの威圧的な言動を取っていた場合には、風俗店側を脅迫罪(刑法222条)や恐喝罪(刑法249条)で告訴できる可能性もある。犯罪の立証のためにも、風俗店側の言動を記録しておくのは効果的だ。

 妊娠したことの確証が得られるまでは支払わないように。もし妊娠していないにもかかわらず金銭を要求された場合、風俗店は詐欺罪(刑法246条)または、お金を払う前なら未遂罪(刑法第250条)で処罰されることになる。

 いったんお金を支払ってしまうと、実際には妊娠していなかったことが後日分かったとしても取り返すのは大変だ。女性従業員に対しては、妊娠証明書の提示と懐胎時期を尋ねるなどして、自分が女性従業員と本番を行った時期と重なるかどうかも確認することも忘れずに。

 本番の際に膣外に射精し、膣内には射精してないから妊娠するはずがないと考える人もいるかも知れませんが、膣外射精の場合でも、性行為の最中に出た微量の精子によって妊娠することもある。そのため、膣外に射精したから父親は自分ではないと安易に判断するのは危険だ。避妊具を付けた場合も破れる漏れるで100%大丈夫とは言い切れないリスクは付き纏うのも現実だ。

 トラブルに巻き込まれたら弁護士に相談するのが最も安心できるだろう。苦痛と金額を天秤に掛けるより、言い弁護士を探すのに労力を払うべきだ。


 無事、中絶手術は終えた。金額は客と真弓の店への借金で話を付けさせた。葬った命が客のDNAとは異なっていたので、真弓への精神的苦痛料などは、真弓の借金とさせ返金の約束を取り付け、客にも問題の一因があったことを説明し、全てを水に流させることで同意させ、示談書を取り付けた。草薙は「また、費用対効果の悪い案件を受けてしまった」と鏡に向かって笑って見せた。

 困っている人がいるから手段を選ばず、取り敢えず助ける。このままいけば、長くないな、と草薙は苦笑いしていた。

 この街は、闇を気にすることなく、煌びやかに欲望を掻き立てていた。



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風俗嬢を妊娠させた? 龍玄 @amuro117ryugen

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