第30話「エピローグ:紅茶と秘宝と、自由な人生」



 春風が優しく吹く朝、遺跡カフェは特別な日を迎えていた。


「二周年記念日かぁ……早いものね」


 アサギは感慨深げに、磨き上げたティーカップを見つめた。

 二年前の今日、王城から逃げ出した自分には想像もできなかった景色が、今ここにある。


「アサギ〜! ケーキ飾り付け終わったよ〜!」


 フィーが誇らしげに、三段重ねの記念ケーキを運んでくる。

 以前より二回りは大きくなった光の精霊は、今や立派な店員だ。


「すごい! フィー、上手になったわね」


「えへへ〜、ミラに教えてもらったんだ!」


 キッチンからミラが顔を出す。


「今日は特別メニューてんこ盛りっすよ! 二周年記念『幸せのフルコース』!」


「張り切りすぎじゃないか?」


 レオンが苦笑しながらも、せっせとテーブルを並べ直している。

 今日は多くの人が集まる予定だ。


 開店時間になると、続々と懐かしい顔が集まってきた。


「お久しぶりです!」


 なんと、マルコが帰ってきていた。

 日焼けした顔には、充実した旅の跡が刻まれている。


「約束通り、戻ってきました。これ、東の国の珍しい茶葉です」


「まあ! ありがとう!」


 続いて、魔導士の正装を身にまとったクラーラも。


「アサギさん! 見てください! 一人前の証の杖をもらったんです!」


「すごいじゃない! 頑張ったのね」


 王都からは、エドワード王子とリーゼロッテ王女が。


「二周年おめでとう。王都でも、ここの評判は上々だよ」


「今日のために、特別に抜け出してきたの!」


 バルトロメウスは相変わらず古い本を抱えて現れ、グレゴール騎士団長は部下を引き連れてやってきた。


「うむ、今日は非番だ。存分にスコーンを味わわせてもらう」


 気がつけば、カフェは満員御礼。

 庭にもテーブルを出して、青空パーティーの準備が整った。


「みなさん、本当にありがとうございます」


 アサギが立ち上がって、集まった人々を見渡した。


「二年前、私は一人でここに来ました。何もできない、ただ紅茶を淹れることしか知らない小娘でした」


 懐かしそうに遺跡を見上げる。


「でも、この場所が私を受け入れてくれて、皆さんと出会えて……」


 言葉が詰まる。

 感極まって涙が溢れそうになるのを、必死でこらえた。


「今日気づいたんです。この遺跡で一番の秘宝は、金銀財宝じゃない」


 アサギは微笑んだ。


「ここに集う人々こそが、かけがえのない宝物だって」


 温かい拍手が湧き起こった。


「さあ、乾杯しましょう!」


「自由な人生に!」


「素敵な出会いに!」


「美味しい紅茶に〜!」


 グラスが触れ合う音が、春の空に響いた。


 パーティーは和やかに進んでいく。

 ミラの料理に舌鼓を打ち、アサギ特製の記念ブレンド紅茶を味わい、思い出話に花を咲かせる。


「そういえば、最初に来た時のレオンさん、本当に怖かったよね」


「客が逃げてたもんね〜」


「うるせぇ」


 照れくさそうなレオンに、みんなが笑う。


「でも今は、レオンさんがいないとカフェが成り立たない」


 アサギの言葉に、レオンは驚いたような顔をした。


「……そうか?」


「そうよ。みんな、なくてはならない存在」


 エルフィーナが優雅に紅茶を飲みながら言った。


「千年前も、きっとこんな風景があったのでしょうね」


「千年前?」


「ええ。人と精霊が共に暮らし、紅茶を囲んで語らった時代」


 彼女は遺跡を見渡した。


「その精神が、今ここに蘇っている。素晴らしいことですわ」


 リーゼロッテが立ち上がった。


「みなさん! 私、絵を描いてきたんです」


 彼女が広げたのは、カフェの日常を描いた大きなキャンバスだった。

 アサギが紅茶を淹れ、フィーが飛び回り、レオンが薪を運び、ミラが料理をしている。

 そして、たくさんの笑顔に囲まれた温かい空間。


「これ、ギャラリーに飾らせてもらえませんか?」


「もちろん! 素敵!」


 午後になると、さらに多くの人が訪れた。

 近隣の村人、旅の途中の商人、精霊たち。

 身分も種族も関係なく、みんなが同じテーブルを囲む。


「ねえ、アサギさん」


 ミラが隣に座った。


「後悔とか、ないんですか? 王族の生活を捨てて」


 アサギは即座に首を振った。


「一度もないわ。だって……」


 カフェを見渡す。


「私が本当に欲しかったものは、全部ここにあるもの」


 自由。

 仲間。

 誰かの笑顔。

 そして、自分で選んだ人生。


 夕暮れ時、セオドアの亡霊騎士も姿を現した。


「二周年、おめでとう」


「セオドアさん! 今日は実体化時間が長いのね」


「皆の幸せな感情が、力をくれているようだ」


 彼も仲間の輪に加わり、千年前の話を聞かせてくれた。


 日が暮れても、パーティーは続いた。

 魔法の明かりが灯され、歌が響き、笑い声が絶えない。


「あの……」


 見知らぬ若者が、おずおずと近づいてきた。


「今日、たまたま通りかかって……まだ、入れますか?」


「もちろん! どうぞどうぞ!」


 アサギは笑顔で迎え入れた。


「今日は特別な日なの。一緒にお祝いしましょう」


 若者は戸惑いながらも、温かく迎えられて次第に笑顔になった。


 こうして、また新しい出会いが生まれる。

 それが、このカフェの日常。


 深夜、ようやく静かになったカフェで、アサギは一人紅茶を淹れていた。


「長い一日だったね」


 レオンが片付けを終えて戻ってきた。


「でも、幸せな一日だった」


「ああ」


 二人は静かに紅茶を飲む。

 フィーは遊び疲れて、カウンターで寝息を立てている。

 ミラは明日の仕込みをしながら、鼻歌を歌っている。


「なあ、アサギ」


「何?」


「これからも、ずっとこうしていきたいな」


 レオンらしくない、素直な言葉。

 アサギは優しく微笑んだ。


「ええ、ずっとね」


 新しい朝が来れば、また日常が始まる。

 扉が開き、「いらっしゃいませ」と声をかける。

 紅茶を淹れ、誰かの心を温める。


 それは、二年前に選んだ自由な人生。

 大変なこともあるけれど、後悔は一つもない。


 なぜなら——


 カラン、と入口の鐘が鳴った。


「あ、あの、まだやってますか?」


 また新しい客だ。

 こんな遅い時間にも関わらず。


「はい、どうぞ」


 アサギは立ち上がり、いつもの笑顔で迎える。


「いらっしゃいませ、遺跡カフェへ」


 紅茶の香りが、優しく広がる。

 新しい物語が、また始まろうとしている。


 これが、私の選んだ道。

 紅茶と秘宝と、自由な人生。


 王冠より価値のある、かけがえのない日々。


 遺跡カフェの灯りは、今夜も温かく、誰かを待っている。



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紅茶と秘宝と、自由な人生。~遺跡カフェを開いた元令嬢アサギの開拓録~ ソコニ @mi33x

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