グロテスクな今を愛せますか

 夜、誰もいない家に帰ってスポーツ番組をつけると、注目の若手サッカー選手を紹介していた。大城裕、所属チームである指宿ゾステロプスについてをはじめ、今の活躍がアナウンサーによって語られる。しかし案の定、特に注目されている理由は次の事柄によってだ。大城直紀の孫。東亰FKの第二次黄金期を築き、得点王や日本代表として活躍し、50歳まで現役で戦い続けたサッカー界の伝説。常磐大輔にとっても一番の親友だ。


だが、大輔にとっては親友と大城裕は思い切り別人。同じチームに所属する仲間としては、サッカーのできる遺伝子でも持っているのか才能に溢れ、19歳という年齢を考えてみても、これからが楽しみな選手だと思っている。けれど、どこにいても大城直紀の名が亡霊のようにつきまとうことを、大輔は心底気の毒だとも感じていた。70年以上生きてなお若い肉体を持ち続ける、永遠人という性質に縛られている自分のようで。


翌日、練習場に到着した大輔は、他の選手たちに挨拶すると、練習の時間まで自主練習の後、全体での練習に入った。基本的に体力作りやパス練習、他にもデザインされたプレーを作り出すための様々な練習が行われる。その間も、大輔は同じフォワードとして戦う裕のことを無意識に気にしていた。昨日の番組をはじめ、自分に関係ないところで要らない期待をされるのは苦しいだろう。


練習が終わり、昼食の時間。いつもは外に食べに行くところだけれど、クラブハウスの食堂に行くことを選ぶ。基本的に若い選手しか行かないこともあり、大輔のような選手が現れると、一瞬時が止まったような静けさが訪れるが、やがて日常の一部へと組み込まれていく。大輔はカウンターで食事を受け取ると、裕の隣に座る。


「お疲れ様です」


裕の方から声をかけてくれる。元々裕は外向的な性格で、大輔が食事に連れて行ったこともある。


「お疲れ様、たまにはここの飯も美味しいね。栄養バランスも良いしさ」


昔の選手の食事なんて、量があればいいと思われがちだった。それと比べれば時代が変わったな、なんて思えてしまう。


「分かります。こうして美味しいご飯食べさせてもらえるだけで嬉しい限りなんですよね」


 確かに、なんて大輔は答える。食事を終えたら何をしようか? せっかくだし裕を連れてどこか遊びに行くのも良いかもしれない。先日初めてスタメンになったこともあり、ここ数日はメディアが殺到している。そろそろ疲れてしまっただろう。色々と大輔の頭の中にアイデアが浮かんでくる。しかし気をつけなければならない。あまり裕ばかり気にかけていると、スポーツに過剰な物語を求める人々が色々な話を作って仕立ててくるだろう。


「そういえば、この後予定ある?」


裕は特にはありませんよ、と答えるので、大輔は食事を終えたらどこかに行こうと提案し、食事後に大輔の車の助手席に裕が座った。


「今日はどこに連れてってくれるんですか?」


裕は携帯でメッセージを送りながら、そう尋ねる。大輔も、そういえば考えていなかったなと思ってしまう。商業施設ではサポーターの方と接触することもあるだろう。


もちろんプロとして、サポーターに声をかけてもらい、応援の言葉を貰うのは嬉しい。だが裕はメディアをはじめ、色々な人に「見られる」機会が多かっただろうし、サポーターの目が忘れられそうなところを選んであげたい。遠出してカフェにでもと思ったが、食事を済ませた後にお茶に行くにもまだ早い。とりあえずで車を運転し、市街地を走り回る。


「そういえば、裕の出身って沖縄だっけ」


「そうですよ、よく知ってますね」


まあ、何となく、と大輔は返す。直紀の出身地と同じだ。そもそも、彼が沖縄に里帰りをし、息子夫婦と共に生活していると聞いていたから分かったのだが。そうなると、鹿児島県は意外と近所なのだろうか? 関東生まれの大輔には上手く想像できなかった。


「大城って沖縄の人に多い苗字なんだってね」


「それは初めて知ったかもです」


 裕はそんな風に答える。大輔も、若いころに直紀から聞いた話だ。結局どこへ行こうか迷ったものの、行き先はカラオケ店にした。あまり歌の才能には恵まれていないが。カラオケっていつも何歌おうか迷っちゃいますよね! 何て言いながら裕はタブレットで曲を検索している。その隣で大輔は飲み物を注文しつつ、昨日のテレビ番組や直紀のこと、そして時間の流れと血縁関係故の見られ方について考えを巡らせていた。


大輔がプロデビューした時から、半世紀という月日が流れ、サッカーの立ち位置や選手を取り巻く環境も目まぐるしく変わってきている。大輔も様々なチームに所属し、様々な人に出会ったが、いつしか同期や先輩の子の世代になり、今では親友の孫がチームメイトだ。


家の人間がサッカーでプロになることを反対してきた理由は何となく理解できるようになってきた。確かに、こんな生き方は嫌だ、なんて思う人が大半に違いないだろう。とはいえ。大輔の中に後悔の2文字はない。


プロになり得た経験の全て。これからどうなるか分からない長い時間の中でも、絶対に忘れられない日々になっている。裕が何曲か歌い終わり、歌の優劣はよく分からないままに大輔が拍手をしていると、裕からタブレット端末を渡される。


「俺のどが疲れたんで、次は大輔さんが歌ってください」


えー、俺最近の曲分からないよ、と答えつつ、大輔は曲を探す。今の歌ももちろん聞いている。しかし、何かと複雑なものが多くて、音楽を苦手とする大輔にとっては歌えるまでにすることが難しかった。結局、自分が若い時に流行っていた曲を選び、イントロが流れ出す。最近のカラオケは音も良いんだな、なんてしみじみと感じていると、裕は


「この曲! 祖父も好きって言ってたんですよ」


と言ってくる。え、直紀も! なんて言葉が飛び出す前に、大輔はなんとか曲のメロディーに乗る。何となく、裕とは直紀の話をできそうになかった。そうしたら、自分までもが、裕を大城裕というプロサッカー選手ではなく、「サッカー界のレジェンド」大城直紀の孫として見てしまいそうだったから。


大輔がラスサビ前で黙り込んだにも関わらず、裕は歌い終わった大輔に拍手を送ると、話したいことがあるので、いいですか? と向き直る。


「いいよ、何の話?」


 やっぱりメディアにああやってみられるのは嫌? と大輔が尋ねようとする前に、裕は話し出す。


「俺、けっこうじいちゃんと関連付けられて紹介されたりされがちですけど、大輔さんは俺の祖父が誰か知ってますよね……」


「えー、直紀でしょ」


つい普通に友人の名として回答してしまう。しかし、大輔はもちろん、今のサッカー界で裕の祖父を知らない人はいないだろう。直紀の息子はサッカー以外の道に進んでいるので、知らない人が大半で当然だが。そもそも直紀は自分の身内がプロになったら、大城直紀の息子とか孫とか言われんだろうなあ……と心配していたことも、大輔はよく覚えている。


「それでも、なんで俺にじいちゃんのこととか話さないのかなって。それに、俺とじいちゃんを比べるんじゃないかなって思ってて……」


「だって、直紀と裕は違う人間だし、裕がプロになったのは直紀の孫だからじゃなくて、裕だったからだと思うし……それに、直紀も素晴らしい選手だったのはそうだけど、比較するなら、今活躍している同じポジションの選手の動きの方が、比較になるから」


この時、大輔はある結論に辿り着いた。どうして裕を直紀の孫として認識しないようにしてきたか。自分が永遠人だからサッカーができると思われたくないように、裕もそうだろうと考えていたからだ。そういうことを言う世間に対して、大輔は自分だけでも、裕を大城裕として見ていたかったのだ。


「じいちゃんに、大輔さんのこと聞いてみたら、気に入らない奴だけど、絶対に俺のことは俺として見てくれると思うって言ってて、本当にその通りだったし、ありがとうございますってのはずっと言いたくて」


「あいつ……今度会ったら文句言ってやろうかな」


大輔はそう言って笑う。大城裕、直紀の血を持つ彼と会って、同じチームで戦う存在になれて、良かったと思えてくる。サッカー選手としては異次元な長さの現役生活を送っているが、いずれは今の若い選手の子供や孫とも共に戦う日が来るのかもしれない。今まで少しそういう日が来るのが怖かったが、悪くないかもしれない、そう感じられた。

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終わらない星 燈栄二 @EIji_Tou

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