第22話 幸せ、願って

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 穂火が攫われた翌日、家に帰ってきた穂火を私――――朱宮風花はなにも言えずに見つめていた。

 あのあと、穂火より先に帰ってきた蛍さんは、穂火が無事であると私に告げただけで、他になにか言うこともなかった。

 それはつまり、穂火が私のことを蛍さんに言わなかったということで。

 私が少しどぎまぎしていると、穂火がにこっと笑った。


「お姉様。ただいまもどりました!」

「おかえり、なさい」

「はい!」


 穂火は元気よく返事をすると、何事もなかったかのように私の横を通り過ぎる。


「穂火お嬢様!」

「根岸!」

「穂火お嬢様、お怪我はございませんか?怖い思いはされませんでしたか??」

「もう、心配しすぎ。私は大丈夫だから」


 駆け寄ってきた根岸さんを安心させるように微笑む穂火を見て、複雑な気持ちが広がる。

 怖い思いもしてない、なんて、そんなことあるはずないのに・・・・・・。

 私が少し暗い顔をしていると、しばらく根岸さんと抱き合っていた穂火がパッとこちらを見る。

 そして、トテトテと近寄ってきたと思ったら、グイと私の耳に口を近付けた。


「昨日は、ありがとうございました」


 ドキッとして穂火を見れば、ムスッとした顔をしていた。

 今の私には、この顔が恥ずかしさを隠しているときの顔だということが分かる。

 私が“雪華”の使い手だと言うことは隠してくれるつもりのようだ。

 私たちは見つめ合い、こくりとうなずき合う。もうそれ以上の言葉は必要なかった。

 それから穂火はなにかを思い出したように、口を開く。


「ああ、そうだ、お姉様。言っていませんでしたが、今日の午後には本家に戻りますね」

「え?」


 唐突に告げられた報告に、私は目を丸くした。


 〇〇〇


 その日の夕方、我が家には本当に穂火の迎えに自動車が来ていた。


「それでは、また」

「はい」


 よくよく考えれば、今生の別れになるわけではないのだ。と思い直した私は、すんなりと別れの言葉を口にする。

 対して穂火は、なにか言いたげにもじもじとして、一向に自動車に乗り込む気配がない。


「あ、あの、お姉様」

「?」


 意を決したように口を開いた穂火は、頬を上気させ必死なまなざして私を見上げる。


「また、遊びにきてもよろしいですか?」

「もちろん」


 私が即答すると、穂火はぱあっと顔を輝かせ、ついでごまかすように咳払いする。

 だが、喜びは隠しきれずに口元がゆるんでいた。


「そ、それではお姉様、また参りますね」

「はい。お待ちしています」


 穂火は嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、自動車に乗り込もうと足をかけ――――ふと思い出したようにこちらを振り向いた。


「お姉様、私、私、理想を見つけました」

「え」

「私の、理想は、お姉様です!」


 穂火は勢いよくそう言うと、顔を真っ赤にして急いで自動車に乗った。

 私はポカンと口を開け、言葉をなくす。

 今、穂火はなんと言ったのか。私を理想と、そう言ったのか?


「お姉様。それでは、また!」

「う、うん。また」


 去って行く自動車を見送りながら、徐々にこみ上げる喜びに私の口元も緩んでいく。

 な、なんだろう、これ。自分を理想だと言ってくれるのが、こんなに嬉しいだなんて。

 私はこそばゆい気持ちを抱えながら、次にまた穂火が来る日を心待ちにするのだった。


 〇〇〇


「お帰りなさいませ、蛍さん」

「ただいまもどりました、風花さん」


 帰ってきた蛍さんを迎え、私は上着を受け取る。

 そこに、最近の当たり前となっていた穂火の視線はない。


「そうだ、蛍さん。今日、穂火が帰られました」

「ああ、そうでしたね。聞いています」


 蛍さんと2人居間に向かいながら、言葉を交わす。

 ちゃぶ台に並べられている料理も、当然ながら2人分。

 それに少し寂しさを感じないと言えば嘘になる。

 私はいそいそと自分の定位置につこうと腰を下ろしかけ――――止まる。

 ちゃぶ台に落とされた影と自分を囲い込むように置かれた手が見えたからだ。

 ふと上を見上げれば、すぐそばに蛍さんの顔が見え、ドキリと胸がはずむ。

 なにを思ったのか、真面目な顔をした蛍さんがぽつりとつぶやいた。


「それじゃあ、また、ふたりきりになれますね」

「からかわないでください」


 咄嗟にそう答え、そっぽを向けば、ゆっくりと蛍さんが離れていった。

 私は赤くなっていそうな頬を押さえ、がんばってその熱さを下げようとむにむに押す。

 だから


「結構、本気なんだけどな」


 という蛍さんのぼそっとした呟きが耳に入ることはなかった。


 〇〇〇


「「いただきます」」


 2人で手を合わせて夕食を開始する。

 本日の献立は、ご飯とわかめと豆腐のみそ汁、カレイの煮付けに大根の煮物。

 今日も今日とて根岸さんのさすがとしか言えないおいしさだ。ちなみに、根岸さんの指示通りに鍋を見守ったりしていた。


 みそ汁を飲みながら、私はチラと蛍さんを見る。


 私はこれからも、こうやってこの人と夕食を食べて、寝て、起きて、見送って、そんな日々を送るのだろうか?

 それは・・・・・・悪くない日々だ。


 思わず口元に笑みが浮かび、みそ汁の水面に波を作る。


「風花さん、どうかされましたか?」


 蛍さんが首をかしげてこちらを見やる。

 私の表情の変化に気づいたのだろうか。まさか、ね。

 蛍さんからの問いになんて答えようか逡巡し、うしろにいるだろう、こゆきに視線を送る。

 私は、蛍さんに言っていないことがある。

 これからも、言うことはないかもしれない。

 それでも、いつか、言える日が来るといいなと思う自分もいる。

 私の師匠や家族のことを話したいと、思ってしまう。


「いえ。ただ、蛍さんとの日々も悪くないと思って」

「・・・・・・そう言っていただけるなら、光栄です」


 静かに、穏やかに時間が過ぎていく。

 いつか、こんな日々が続かなくなってしまったとしても、私はこの人のことは絶対に大切にしたいと、そう思う。


「蛍さん」

「はい」

「これからも、よろしくお願いします」


 改まってそういえば、蛍さんはきょとんとして、すぐにクスッと笑みを浮かべる。

 たぶん、この笑みは仮面じゃない。



「どうしたんですか、急に」

「言いたくなったので」


 こんな日々が長く続いていくことを、願って。

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風花、舞う 茉莉花菫 @matsu_rika

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