LONGINUS

伊阪 証

第1話:遥かなる夢の兆し

先ず、計画の概要である。主導は西池啓悟で、詳細は彼のチームが取り決める。

スペースデブリ問題を大前提として、宇宙開発は途絶え気味である。最終的には人工衛星が維持出来ず、地球のインフラは1980年代まで後退するだろう。

しかし現実を見れば少し上がったロケットが墜落、北朝鮮の軍事ミサイルですら打ち上げ成功の一方でこのザマだ。

「・・・まぁ、そんな事言ったら失敗するやろなぁ。

大学の就活センターで商社に入れなかった大学生が一人。

「学歴フィルターですよ、何やっても。」

「まぁ、そうね。私も一回全く同じ内容で学歴だけ変えて履歴書送ったら通った事あるわ。でもそれ抜きで社会的体裁が取れてないのはアウト!」

ただ・・・この人間は少し違う。諦めるタイプではない。同時に・・・。

「じゃあ全部滅ぼします。」

「分かった抑えろ。」

「それじゃないとアイデアが取られるんで。」

「落ち着け、採用されない理由がある筈だ。既にあるか。」

「それは無い。経営ばかりやって改良もせず失敗し続ける輩だぞ?金も無駄にして・・・。」

「・・・根本的にバカにし過ぎじゃ?」

「いいや、こっちは危機感抱えて全力で挑んでるんだ。真面目で一途で一直線な人間の方が理想と言ったではないか!!」

「社会経験ない教師の感覚なんて一番鵜呑みにすべきじゃねぇだろ。」

言葉を否定してまで、彼は己の中にある焦燥と正義感を握っていた。

それは衝動とは違う。もっと冷たく、もっと整然とした確信だった。

社会は壊れている──その前提を認めたうえで、何を壊して何を残すか、彼は既に決めていた。

もはや議論ではなく、計算だった。

残された時間、投下できる資金、確保できる人材。

どれも不足していたが、最低限の勝算だけは確かに浮かび上がっていた。

そして導き出された、最も非現実で、最も現実的な結論。

「スパゲッティ型ロケットと女子高生宇宙飛行士計画。」

二人の間に一瞬だけ静寂が落ちた。

そのあとに放たれた言葉は、冗談のようでいて、芯のあるものだった。

「・・・聞こうじゃないか、君は毎回良い案を出すからね。」

スパゲッティ型ロケットとは、特殊相対性理論に基づいた最もスペースデブリを回避し易い方法である。

結果だけ言うなら高さよりも底面積の方が命中率に影響する。同時に、女子高生は体積・質量共に軽く学習習慣があるので優秀だ・・・という仕組みでこうなった。

聞き返した側も、真顔だった。彼には、過去何度も“本当に通す”プランを目の前で見せつけられている。その上で、今回ばかりは一世一代。

「・・・なるほど、今回の志望理由は・・・素材か。」

「そうです、重要なので。」

「企業としてはリスキーだろうな、面白くもあるが。」

「堅実な事やっても沈むだけですよ、いや、失敗したリスキーな行為は大体浅慮で、一発逆転ばかりを目指していて、打開策として使おうとするからダメなんですよ。」

「人手不足なんて教育サボって子作りサボって金払いサボった体質のツケみたいなもんだからな、堅実な経営なんて実態見たら身を削ってるだけだろう。」

「・・・だから、コイツで逆転出来なければ国家は丸ごと沈没する。」

「まぁ、憂うのも仕方ないな。」

「だろ?」

「どうせ国の倒壊もそう遠くない。少なくとも先進国を名乗れる先進国なんて世界にないだろ。」

「計算式の方は?」

「工学部に味方がいる。」

そこからは、ただの理屈の塊だった。

特殊相対性理論、投影面積、軌道重心、質量の分布、心理的順応速度。

どれもロマンではなく、“現実に成立する最適解”として語られた。

「その計画はどれほど費やすつもりだ?」

「どうせ失敗したら死ぬので、命を懸けます。」

「なるほど?・・・それは・・・。」

しかし具体的だ、これで通らないとなれば人事という人事にセンスが無かったか、経営者の脅威か。

「・・・まぁ、正直単体だと壮大過ぎて使えないな。」

・・・一つ言えるのは、学歴フィルターが大損する結果になると見えた。この計画には数千億の金が動いて然るべきだ。

「・・・私の親、実は学長でね。」

ならばこれは端金である。

「面白いから三億用意してやる。返済義務は緩い。AT1債みたいなもんだ。先に事業で成功せずとも返しきって問題無い。」

コイツにはどの道価値がある、利用するだけ利用する。

「・・・うちの学園を使って最適な人物を探すのもアリだ、どうだ?」

「・・・ああ、やってやるさ。」

そうして計画は、現実の枠内に落ちてきた。

机上の空論にすぎなかった案が、十桁程度の数字を聞くという、急に重力を持ち始める。

金がついた。ならば次は人材だ。

ロケットの設計はチームがあるから良い、誰を乗せるかを決める必要がある。

学園を使う。これは彼にとっても予想外の提案だった。だが合理的だ。日本という国の縮図として、最も平均的なサンプル群が揃っている。

必要なのは、特別な才能ではない。

“軽くて"

“従順で”

“一定以上に賢く”

“統計的に制御可能”

それを証明するデータを、最も手軽に揃えられる場所だった。


先にチームの一人を紹介する。

複数の大学から募った人間だが、大抵進学か研究所行き、国がアレなのでアメリカか中国に行った方が金銭的に儲かると判断して見捨てる前提らしい。

その中でも言語的に秀でた文学部、識字障害がある為多数の言語を使いこなすことで抑制する、そんな人間だ。

「・・・待ってホントに座ってる?」

「彼女は身長220cmだからな、そこまで気にしなくてもいい。」

「どうも〜。」

「本来は彼女が宇宙飛行士の予定だったが・・・三年でここまで伸びてしまってな。」

「・・・細胞でテトリスやったのかって位伸びてるな。」

成長の理由は未だにはっきりしない。

体質、ストレス、栄養管理、遺伝的な交差、それとも・・・。

いずれにせよ、人類が宇宙に適応していく一歩手前で逸れてしまった存在。

使いどころは難しいが、切り札ではある。

彼女は静かに、そして確実に場を制していた。

座っていても誰よりも高く、話さずとも誰よりも印象を残す。

言葉は要らない。言葉を解す彼女が、言葉以上の存在になっているのだから。

「・・・話し掛けるのは良いが、YESかNOで答えれるようにしてやってくれ。障害で苦しんだ人間は理解力というか、察する力が上がってしまうものだ。」

「・・・大丈夫だ、私も変な文章書くやつが多いせいでそっちの方がありがたい。頭良い奴程その対応に需要があるのさ。」

「・・・うん。」

「結構可愛い声してんな。」

「声帯が小さいからな、チーターみたいな感じに声が可愛くなるのさ。名前は古宮咲。」

「うん!」

「私は・・・紹介すべきか?」

「名前は記号だから気にするな。」

「美禅叶だ、なうなうとでも読んでくれ。」

「30にもなって学生時代に縋るのか?」

「親父は50になって学生時代に縋ってるぞ?」

「そうだった。」

「んで他のは?」

「開発者が数人・・・まぁ、今はトイレだ。」

「・・・あれ、待てよ?」

叶が確認したのは、とてもとても、大事な部分である。

「計画の要である宇宙飛行士は?」

「いない。」

即答に対し嫌な目をした。

「計画する割にサボり癖あるよなお前。」

「仕方ないだろ、忙しいんだから。」

「・・・仕方ない、近い内に内部進学と推薦の高校生が来る、そこからだな。オープンキャンパスはまだ三ヶ月後だし。」

叶は一度だけため息をついた。即答には呆れたが、すぐに悟る。焦っていないのではない、計画はすでに進行中なのだ。啓悟の顔には曇りがなかった。準備をしていない顔ではない。むしろ、全てを任せろという顔だった。叶は椅子の背に身を預ける。任せるとは決めていない。ただ、見届ける価値だけはある。それだけで十分だった。

「・・・無駄な自信が折れてくれなかったのは、残念でもあるけど喜ばしい事でもあったかな。」

開発者に顔を合わせる事はしなかった、計算式を無駄に聞いた所で理解出来る話題ではないだろう。

啓悟は結局何をするか、休日中にリストから成績上位者を手当り次第に探す。媚びを売って得た奴はナシだ。


翌日の事だ。

叶は普通に出勤していたし、啓悟に結果を聞くべく待機を・・・待機を・・・。その結果、馬に蹴られ血塗れで倒れていた。

「待て待て待てぇー!!」

「分からない。」

「そうか咲ちゃん、あれがバカか。」

「元から。」

「・・・それもそうだな、こんな大学来る位だ。咲はこの大学のじゃないだろ?」

「どの道寿命短いから、稼ぐ必要が無い。」

「・・・そりゃ悲しいな。」

「彼と一緒。」

「いやー、アイツの一族とか死因事故死で埋まってそうだが。」

「・・・ん。」

「事実だったか・・・そりゃ仕方ないな。らしいっちゃらしいが。」

「うん。」

「そんな事はどうでも良いから助けてはくれないのか?」

「生き延びてそうだし後回しでいいかなって。」

「生き延びるというのは生存確認から来るものではなく治療行為を重ねて言うべきものだ。」

「重ねてなくても生き延びたら問題ない。」

「でも社会的には見殺しにしたって言うんだぜ?」

「見殺しって責任押し付けんなよな?」

「被虐者の気持ちも知らずによく言えたものだな。」

既に固定はされていた、馬の方は落ち着いているが・・・多分、虫がいて暴れて偶然被弾した。

「・・・はぁ、何本かは折れたが些細な犠牲だ。」

「・・・と言うと?」

「さっきの数分間で確保したのさ、宇宙飛行士の候補筆頭を。」

「・・・マジか。誰だ?知ってるヤツか?」

「多分知ってる。今は水を買ってきて貰っている。」

ゆっくりと口を開き、名を出す。

「・・・岸間蕾、小さくて、賢くて、何より・・・冷静な女だ。」

その名前に、咲は眉を動かした。

短い沈黙の中、叶が時計を確認する。おそらく啓悟が倒れた時間と、今現在の行動から逆算して、すべてを整理しているのだろう。

だが、それでもなお、蕾という存在には慎重な色が残る。

岸間蕾──その名を聞いた者の反応が、啓悟の中では既に織り込み済みだった。

評価の分かれる存在であり、目立たぬが確かに異質。

だが、啓悟にとっては最初から候補の筆頭だった。


彼女との出会いは、数時間前のことだった。

啓悟は、特に期待する事こそ無かったが、咲の様な逸材が一人いれば、良いと思いながら見ていた。

肩までの髪をまとめて片側に編み込んでいるのが目に入った。見た目より実用性の処理だ。顔は小さく、瞳が無駄に動かない。まばたきの回数も平均より少ない。動作のテンポと照らせば、無意識に余計な視覚情報を遮断してる。

小柄。だが重心が低すぎない。筋肉の付き方が均整取れてるせいで、リュック背負って走った時の接地音もブレなかった。全体的に、整ってるが主張がない。標準服すら目立たない。

最初に気づいたのは、距離を詰めないことだった。視線も、歩幅も、声のトーンも、相手に対して“踏み込む動き”が存在しない。あれは無意識じゃない。そういう風に、生きてるだけだ。

必要なら飛び込むが、言われなければ立ち止まる。そういう個体だった。

髪は灰に近い銀で、編み込みでまとめている。染めていないとすれば、色素量が異常に少ない。肌は血色に波がない分、外光の反射で硬質に見える。かなり手の込んだ素肌につい笑ってしまう。

顔立ちは整っている。端正というより、破綻がない。皺を寄せないまま話せる構造の顔は珍しい。目は丸くも細くもないが、奥行きがある。光彩が薄く、瞳孔が迷わない。そのせいで、静止していると人形みたいだ。

見た目の良さはある。だが、いわゆる「顔が良い」とされる評価軸とは異なる。自己主張がないのに、視界から逃げない。存在感ではなく、処理すべき対象として目に残る構造をしている。

ここで切る理由がない。見た目で整いすぎていれば任務に不安が出るが、それもない。運動能力・神経応答・心理耐性に関する疑念を差し引いても、使える。

咲とは違う。咲は実力者だが、“使われる側”としての適応が抜けていた、正直それですら強みではある。彼女一人を扱える人間がいれば食い扶持には困らないだろう。蕾には、最初からその気配がない。割り切るべき所を、既に割り切っている・・・だが、手は抜かないタイプだ。説得の指針は決めた、彼女は逆に完璧過ぎて手を挟みやすい。だから決めるまでにそう時間はかからなかった。

説明会は終わったばかりだった。掲示板の前には学生が数人、どれも集団行動に慣れた動きで帰路につこうとしている。啓悟はその中の一人を見ていた。

「岸間蕾、だな。」

声をかけると、彼女は振り返った。訓練服のまま、整った姿勢でこちらを見てくる。疲れも焦りも、何も表に出していない。

「・・・何か?」

「さっきの説明、聞いてたか?」

「ええ。論理としては整ってたと思います。」

「ただの夢には、見えなかったか?」

「むしろ逆です。夢を見てる人間ばかりの中で、あなたは・・・夢を“使ってる”ように見えました。」

啓悟は僅かに眉を動かした。それは意外というより、見込み通りという確認の動きだった。

「宇宙飛行士になる気はあるか?」

「・・・あると答えればどうします?」

「即採用だ。条件は既に揃ってる。あとは君が乗るかどうかだけだ。」

「・・・どうして私を?」

「理由は三つ。軽い、聡明、従順。」

「従順?」

「違ったか?」

「いえ。・・・でも、“従順”って言葉を真面目に使う人、初めて見ました。」

「俺はいつも真面目だ。」

「それも、分かります。」

彼女はそこで初めて微かに笑った。啓悟がその微表情を拾ったかは分からない。ただ、会話はすでに成立していた。

「・・・どこまでが現実で、どこからが夢ですか?」

「それを区別しないと動けない。君はどっちを選ぶ?」

「私は・・・区別しません。ただ、見たものを組み立てます。あなたの言う“夢”に私が必要ならば。」

実の所、彼女は惚れ込んでいた。夢を気に入ったし、実力を気に入った。それはそれとして詐欺に引っかからないかは心配すべきだろう。

・・・そう、油断していたのは彼だけではない。

・・・そして、彼は馬に蹴られた。

「・・・ああ!ごめん!つい気を抜いてる内に・・・!」

「アブが居たらしい、クソ、普通に立つのが辛い、二日酔いの前に伏見稲荷行ってもこうはならねぇ・・・。」

「怪我・・・怪我・・・よし、固定しますから動かないで!」

「背中かくなって言われてかかない奴がどこにいる!」

「規模が違うんですよ規模が!!」

「骨折は体積的には大きいが面積的には肌より少ないぞ!?」

「臓器売買の値段で考えなさい!」

「・・・分からんけど心臓より肝臓の方が高いのは聞いたことがある。」

彼女のマッチポンプを一身で受け止めた彼は、少しダメージを残しながら彼女に改めて問う。

「星が見えるか?今は青く見える空の奥、夜なら簡単に見えるが・・・。」

「ぶたれた事ですか?」

「違う!・・・自分は明確な目標と使命を抱えて星を目指している。これが目指すべき場所であると信じている。」

「・・・それは探っても問題無い?」

「まぁ、次会う時に説明した方が良い。というのと君の夢次第というのもある。」

「・・・夢次第・・・ですか。」

「君にとってはスタートラインなんだろう?」

「・・・そうですね。」

「だから、自分も手を貸すよ。騎手の為のコネ作り。」

「・・・いいですよ。」

その外見は、銀河の様に美しい。星雲の様に輝き、奥深く、その上で確かな形をしている。

・・・今、蹴られてぼやけて見えているのが、そう背中を押しているだけだ。



(あとがき)

就活でアイデアだけ取られて計画進められたのでもう信用せずに色々一話だけ最低でも作っておきます。

落ちまくった訳ではなくキープされて連絡が来ないので西池は滅茶苦茶当たり強い。現在進行形の私。

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LONGINUS 伊阪 証 @isakaakasimk14

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