第9話 取り戻す方法



生徒会室の扉を叩く音が、妙に大きく響いた。


「失礼します」


深呼吸をしてから、扉を開ける。中には生徒会長の氷室冬華先輩と、副会長の春日晴斗先輩がいた。


「あら、藤宮くん。どうしたの?」


冬華先輩が涼しげな瞳で僕を見つめる。その視線には、どこか見透かされているような鋭さがある。


「実は、告白権について詳しく知りたくて」


僕の言葉に、冬華先輩の表情が少し変わった。何か察したような、意味深な笑みを浮かべる。


「そう。期限まであと2週間ちょっとよね。焦ってる?」


「いえ、そうじゃなくて……」


言葉に詰まる。詩織のことは言えない。でも、何か手がかりが欲しい。


「先輩は、告白権についてどれくらい知っていますか?」


冬華先輩と晴斗先輩が顔を見合わせた。何か通じ合うものがあったようで、冬華先輩が小さく頷く。


「藤宮くん、あなた、もしかして……」


先輩の言葉が途中で止まる。僕の表情から、何かを読み取ったらしい。


「過去の告白権について、記録とか残ってませんか?」


僕は単刀直入に聞いた。もう、遠回しな方法を取っている時間はない。


晴斗先輩が立ち上がった。


「記録なら資料室にあるよ。見てみる?」


願ってもない申し出だった。でも同時に、なぜそんなに簡単に見せてくれるのか、少し不思議だった。


「ついてきて」


晴斗先輩の後について、生徒会の資料室へ向かう。廊下を歩きながら、冬華先輩が静かに話し始めた。


「私も、告白権を持っていたことがあるの」


驚いて振り返る。冬華先輩は遠くを見つめるような目をしていた。


「2年前。私が1年生の時。好きな人がいて、告白権を使った」


「それで……?」


「失敗したわ」


あっさりとした口調だったけど、その奥に深い痛みが隠れているのが分かった。


「でも、私は運が良かった。相手の記憶から消えただけで、存在は保てた。今では普通の友達として接してる」


冬華先輩が僕を見る。


「藤宮くん、あなたが探している答えは、きっとここにある」


資料室は薄暗くて、古い紙の匂いがした。晴斗先輩が奥の棚から分厚いファイルを取り出す。


「これが過去10年分の記録。でも、個人情報だから——」


「失敗した人の記録もありますか?」


僕の質問に、二人の先輩が顔を見合わせた。


「どうして失敗の記録を?」冬華先輩が鋭い視線を向ける。


「その……失敗したらどうなるのか、知っておきたくて」


嘘じゃない。でも本当のことも言えない。


長い沈黙の後、冬華先輩がため息をついた。


「いいわ。特別に見せてあげる。でも、これは他言無用よ」


彼女が取り出したのは、黒い表紙のファイルだった。


『告白失敗者記録』


ページをめくる。そこには、信じられない内容が書かれていた。


——告白に失敗した者は、相手の記憶から消える。しかし、完全に消滅するわけではない。強い相互の想いがあれば、復活の可能性がある。


心臓が跳ねた。復活の可能性!


「本当に……取り戻せるんですか?」


「理論上はね」冬華先輩が静かに答える。「でも、成功例は過去に3件だけ」


3件。少ない。でも、ゼロじゃない。


「どうやって成功したんですか?」


晴斗先輩がページを指さす。そこには、成功例の詳細が記されていた。


「1件目は、5年前。お互いが告白権を持っていたケース。同時に告白して、両方とも成功した」


「2件目は?」


「3年前。片方が失敗して記憶から消えたけど、もう片方が強く想い続けて、1年後に復活した」


1年。そんなに時間がかかるのか。でも詩織は——


「3件目は?」


冬華先輩が別のページを開く。


「去年のケース。これが一番特殊で——」


そこで言葉が止まった。冬華先輩の表情が変わる。


「まさか……」


「どうしたんですか?」


冬華先輩は僕をじっと見つめた。


「3件目の失敗者。月城詩織さん。知ってる?」


全身に電流が走ったような衝撃を受けた。詩織の名前が、公式記録に残っている。


「知ってます! 詩織は——」


「やっぱり」


冬華先輩が小さく呟いた。


「あなたが藤宮陽太くんね。彼女の想い人」


「え?」


「ここに書いてあるの。『月城詩織、告白相手:藤宮陽太。結果:不成立。ただし、特殊な状況により、完全消滅には至らず』」


晴斗先輩が続きを読む。


「『満月の夜にのみ一時的な実体化が確認される。原因は相手方の強い想いによるものと推測』」


全てが繋がった。詩織のこと、満月の夜のこと、全部記録に残っていた。


「それで、復活の方法は?」


冬華先輩がページをめくる。


「『真実の相互告白』。お互いが心から想い合い、同時に告白を成立させること。でも——」


「でも?」


「条件があるの。まず、失敗した側の存在が安定していること。そして、両者の想いが完全に一致すること」


詩織の半透明な姿を思い出す。安定しているとは言い難い。


「時間がないんです」僕は訴えた。「詩織の姿がどんどん薄くなっている。このままじゃ——」


「分かってる」冬華先輩が優しく言った。「だから、これを」


彼女が取り出したのは、小さな青い石のついたペンダントだった。


「これは?」


「『想いの結晶』。過去の成功者が残していったもの。これがあれば、失敗した人の存在を一時的に安定させることができる」


「本当ですか!?」


「ただし、効果は一度きり。そして24時間しか持たない」


24時間。短い。でも、十分だ。


「使い方は?」


「満月の夜、これを相手に渡す。そして24時間以内に、真実の相互告白を成立させる」


晴斗先輩が付け加える。


「でも気をつけて。もし失敗したら、今度こそ本当に——」


「分かってます」


僕はペンダントを受け取った。小さいけど、ずっしりと重い。詩織の運命がかかっている重さだ。


「藤宮くん」


冬華先輩が真剣な表情で僕を見た。


「彼女のこと、本当に愛してる?」


「はい」


迷いなく答えた。


「命をかけても?」


「はい」


冬華先輩が微笑んだ。初めて見る、温かい笑顔だった。


「なら、大丈夫。愛は奇跡を起こすから」


資料室を出て、一人で屋上に向かう。夕暮れの空を見上げる。月はまだ半分しか見えない。


次の満月まで、あと2週間。


でも今度は、ただ待つだけじゃない。準備することがある。


真実の相互告白。それを成功させるために、何が必要か。


場所は屋上でいい。時間は満月の夜。でも、それだけじゃ足りない。


詩織の想いを確実に引き出すために、もっと強い何かが必要だ。


「そうだ」


閃いた。詩織との思い出。それを形にすれば——


携帯を取り出して、修平に電話する。


「修平、頼みがある」


『どうした? 急に』


「みんなを集めてくれ。大事な話がある」


『みんなって?』


「クラス全員。詩織のことで」


電話の向こうで、修平が息を呑む音が聞こえた。


『詩織……月城詩織か?』


「覚えてるのか!?」


『さっき急に思い出した。なんでだろう。頭の中にもやがかかってたのが、急に晴れたみたいに』


きっと、僕が詩織の名前を口にしたからだ。想いが伝播したんだ。


「明日の放課後、みんなを集めてくれ。詩織を取り戻す作戦を立てる」


『分かった。任せとけ』


電話を切って、空を見上げる。


星が一つ、二つと輝き始めていた。


詩織、もう少しだけ待ってて。


今度こそ、君を取り戻してみせる。


みんなの力を借りて、必ず。


左手の薬指が、温かく脈打っている。青いインクが、希望の光を放っているような気がした。


真実の相互告白。


それは、ただ「好き」と言うだけじゃない。心の奥底にある本当の想いを、魂を込めて伝えること。


僕にはできる。詩織となら、できる。


だって僕たちは、最初から想い合っていたんだから。

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