第10話 クラスメイトたちの協力



「みんな、ちょっと聞いて!」


放課後の教室で、美咲が声を上げた。帰り支度をしていたクラスメイトたちが振り返る。いつもは物静かな美咲が、今日は違った。その瞳には、強い決意が宿っている。


「何? 美咲」

「学園祭の準備?」


ざわめく教室で、美咲は僕を見た。僕は深呼吸をして、頷いた。もう隠す必要はない。みんなの力が必要なんだ。


「去年の転校生のこと、覚えてる人いない?」


一瞬、教室が静まり返った。みんなの表情が、少しずつ変わっていく。何かを思い出そうとしているような、でも霧の中を手探りで進んでいるような——


「転校生?」

「そんな子いたっけ?」


みんな首を傾げる。でも——


「あ、待って」


窓際の席の由美が手を上げた。


「なんか……いたような気がする。美術部の……」


「そうそう!」美咲が身を乗り出す。「思い出して。黒髪で、優しい感じの——」


「詩織だ」


突然、修平が呟いた。みんなの視線が彼に集まる。修平は額を押さえて、苦しそうな表情をしている。


「月城詩織。そうだ、いたよ。陽太といつも一緒にいた」


修平が顔を上げる。その目には、はっきりとした認識の光があった。


「なんで忘れてたんだ? 確かにいたのに」


まるでダムが決壊したように、みんなの記憶が蘇り始めた。


「銀色の髪飾りしてた子?」

「美術室でいつも絵を描いてた」

「優しくて、笑顔が素敵で」

「そうだ、学園祭で一緒に準備した!」


教室中がざわめき始める。忘れていた大切な記憶が、次々と蘇っていく。


僕は震える声で言った。


「そう、詩織だ。月城詩織。でも彼女は——」


言葉に詰まる。どう説明すればいいんだろう。信じてもらえるだろうか。


でも、美咲が代わりに説明してくれた。


「実は、詩織さんは告白権の失敗で、私たちの記憶から消えてしまったの」


みんなが息を呑む。告白権の恐ろしさは、誰もが知っている。でも、実際に失敗した人の話を聞くのは初めてだ。


「でも、完全に消えたわけじゃない」美咲が続ける。「藤宮くんが強く想い続けたおかげで、満月の夜だけ姿を現せる状態なの」


「まさか、そんな……」

「でも、確かに急にいなくなったよな」

「誰も不思議に思わなかったのが、逆に不自然だ」


クラスメイトたちが顔を見合わせる。


「それで、藤宮くんは詩織さんを取り戻したいの」美咲が締めくくった。「私たちに協力できることがあれば——」


「やろう」


最初に立ち上がったのは修平だった。


「陽太の大切な人なら、俺たちの仲間も同然だ」


「私も手伝う!」

「詩織さんの絵、まだ美術室にあるかも」

「写真も探してみる」


次々と声が上がる。胸が熱くなった。みんなが詩織のために立ち上がってくれる。


「でも、具体的に何をすればいいの?」


学級委員長の言葉に、僕は冬華先輩から聞いた話を説明した。真実の相互告白のこと、想いの結晶のこと、そして24時間という制限時間のこと。


「つまり、詩織さんが実体化したら、24時間以内に告白を成功させなきゃいけないのね」


「そうなんだ。でも、ただ告白するだけじゃダメなんだ」


僕は考えをまとめながら話した。


「詩織の想いを確実に引き出すには、彼女が本当に大切にしていたものを思い出させる必要がある」


「それなら」


美術部の香織が手を上げた。


「詩織さんの絵、まだ美術室に残ってるよ。完成してない絵」


「本当!?」


「うん。青い空と桜の木の絵。すごくきれいなの」


それから数日間、クラス全体が動き出した。


まるで宝探しのように、みんなが詩織の痕跡を探し始めた。そして、驚くほどたくさんの思い出の品が見つかった。


美術室では、詩織の描きかけの絵が見つかった。青い空と、満開の桜の木。そして小さく描かれた二人の人影。


「これ、陽太と詩織さんじゃない?」


香織の言葉に、胸が締め付けられる。詩織は、僕との思い出を絵に残していたんだ。


写真部の翔太が、去年の学園祭の写真を持ってきた。


「これ見て。集合写真の端に、詩織さんが写ってる」


少しぼやけているけど、確かに詩織だ。銀色の髪飾りがきらりと光っている。


「本当にいたんだ……」


みんなが詩織の存在を実感し始めた。記憶だけじゃない、確かな証拠がここにある。


そして学園祭の準備が本格的に始まった。


「去年と同じ出し物にしよう」学級委員長が提案した。「詩織さんの記憶を呼び戻すために」


去年は「星空カフェ」だった。詩織がデザインした星座の装飾、手作りのメニュー表、BGMまで完璧に再現することになった。


「詩織さん、このデザイン描いてくれたんだよね」

「そうそう、夜遅くまで残って」

「『みんなが幸せになれるカフェにしたい』って言ってた」


思い出話に花が咲く。みんなの中で、詩織の存在がどんどん鮮明になっていく。


「でも、肝心の詩織さんは——」


誰かが呟いた疑問に、僕は答えた。


「満月の夜、屋上に現れる。でも姿は半透明で、みんなには見えないかもしれない」


「見えなくても、いるって信じる」


美咲がきっぱりと言った。


「想いは伝わる。きっと」


そうだ、と僕は思った。一人の想いじゃ足りなくても、みんなの想いが集まれば——


「ねえ、思ったんだけど」


由美が提案した。


「学園祭の日、みんなで屋上に集まるのはどう? 詩織さんが現れたら、みんなの想いを届ける」


「それいい!」

「全員で『おかえり』って言おう」

「詩織さん、きっと喜ぶよ」


話し合いは夜遅くまで続いた。どうすれば詩織に想いを届けられるか、どうすれば彼女の心を開けるか。


準備を進めながら、僕は思った。詩織のことを思い出してくれる人が増えるたびに、彼女の存在が少しずつ濃くなっているような気がする。


実際、不思議なことが起き始めていた。


美術室で作業をしていると、誰もいないはずなのに、絵の具の匂いがする。

音楽室では、詩織が好きだった曲が、かすかに聞こえる。

図書室では、彼女がよく読んでいた本が、ひとりでにページをめくる。


「詩織さん、近くにいるんだね」


香織が呟いた。


「私たちのこと、見守ってくれてる」


クラスの雰囲気も変わってきた。誰かが欠けているような、でもその誰かがもうすぐ戻ってくるような、不思議な期待感に包まれている。


「陽太」


修平が肩を叩いた。


「詩織は必ず戻ってくる。俺たちが保証する」


「修平……」


「だから、お前は告白の準備をしろ。今度こそ、ちゃんと想いを伝えるんだ」


頷く。今度こそ、絶対に。


でも、ただ「好きです」と言うだけじゃダメだ。詩織の心に届く言葉を、見つけなければ。


その夜、僕は詩織の写真を見つめながら考えた。


真実の相互告白。それを成立させるために、何が必要か。


場所は屋上。満月の夜。みんなが見守る中で。でも、それだけじゃ足りない。もっと強い何かが——


「そうだ」


閃いた。学園祭の夜。みんなの想いが集まる時。詩織との思い出が蘇る瞬間。


その時なら、きっと——


窓の外を見る。月が少しずつ満ちていく。


学園祭まで、あと一週間。

満月まで、あと一週間。

告白権の期限まで、あと一週間。


全てのタイミングが重なる、運命の夜。


でも不安もある。もし失敗したら、詩織は本当に消えてしまう。僕も、彼女の記憶から消えるかもしれない。


「大丈夫だよ」


美咲がいつの間にか隣にいた。


「みんながついてる。詩織さんも、きっと待ってる」


「でも、もし——」


「藤宮くん」


美咲が真っ直ぐに僕を見た。


「詩織さんのこと、どれくらい好き?」


「世界中の誰よりも」


即答した。


「なら、大丈夫。その想いがあれば、奇跡は起きる」


美咲の言葉に、勇気が湧いてきた。


そうだ。僕には詩織への想いがある。みんなの応援がある。そして、消えない青いインクの約束がある。


詩織、待ってて。


みんなの力を借りて、必ず君を取り戻してみせる。


左手の薬指が、今日も温かい。青いインクが、かすかに脈打っているような気がした。


学園祭の準備は着々と進んでいく。星空カフェの装飾、詩織がデザインしたメニュー、BGMのプレイリスト。全てが、あの日のままに再現されていく。


「完璧だね」


修平が満足そうに教室を見回す。


「詩織が見たら、きっと驚くぞ」


「泣いちゃうかも」


「嬉し泣きならいいけどね」


みんなが笑う。まるで詩織がもうここにいるみたいに、自然に彼女の話をしている。


そして僕は気づいた。これが、真実の相互告白に必要なものなんだと。


一人の想いじゃない。みんなの想いが重なって、初めて奇跡は起きる。


詩織を愛する僕の想い。

詩織を大切に思うみんなの想い。

そして、僕を愛してくれている詩織の想い。


全てが一つになった時、運命は動き出す。


あと一週間。


長いようで、きっとあっという間だ。


でも準備は整った。後は、運命の夜を待つだけ。


詩織、もうすぐだよ。


君を迎えに行く。今度こそ、離さない。


約束する。青いインクに誓って。

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