第14話 番外編 君に贈るバースデーカラー

奏くんと私が、本当の意味で両想いになってから、季節は少しだけ進んだ。

じりじりとした日差しが少しずつ和らいで、空が高くなっていく。秋の匂いが、風に混じり始めた今日この頃。

私の世界は、あの日以来、ずっとキラキラした色で溢れている。

嘘だらけだったモノクロの世界は、もう思い出せないくらい遠い過去。

今は、大好きな彼の隣で、カラフルな毎日を送っている。

そんな、幸せな日々の、とある一日のお話。


「――でね、奏くんの誕生日、もうすぐなのよ」

「えっ、そうなの!?」


放課後の旧音楽室。

いつものように、私たちのお城になったこの場所で、凛先輩が教えてくれた衝撃の事実に、私は素っ頓狂な声を上げた。

隣で聞いていた姫宮さんも、「初耳ですわ!」なんて目を丸くしている。


「もう、心ったら。自分の彼氏の誕生日も知らないなんて、薄情な子ね」

「う、薄情じゃありません! だって、奏くん、自分のこと全然話してくれないし……」


むくれる私を見て、凛先輩は「冗談よ」と美しく微笑んだ。

それにしても、誕生日!

恋人になってから、初めて迎える、彼の大切な一日。


(どうしよう、どうしよう……!)


私の頭の中は、一瞬で、奏くんのことでいっぱいになる。

何をプレゼントしよう? ケーキは? サプライズとか、喜んでくれるかな?

ぐるぐると考えを巡らせていると、姫宮さんが、私の肩をぽんっと叩いた。


「ま、そういうことなら、この姫宮様が、あんたの相談に乗ってあげなくもないわよ!」

「姫宮さん……!」

「わ、私も、もちろん協力するわ。奏の喜ぶ顔は、私も見たいもの」

「凛先輩まで……!」


二人とも、口では色々言いながら、その言葉は、温かくてキラキラした「白」に満ちていた。

私はもう、一人じゃないんだ。

こんなに素敵な友達が、そばにいてくれる。

じーん、と胸が熱くなった。


「二人とも、ありがとう!」

「ふんっ、だから、あんたのためじゃないんだからね!」

「うふふ、お安い御用よ」


こうして、私と姫宮さんと凛先輩による、「奏くん世界一幸せバースデー計画」の、秘密の作戦会議が始まったのだった。

まずは、プレゼント選びから。

奏くんが喜ぶもの……やっぱり、音楽に関係するものがいいかな。

でも、そのためには、お小遣いだけじゃ、ちょっと心許ない。


「よし、決めた!」


私は、拳をぎゅっと握りしめる。


「私、アルバイトします!」


奏くんを、私が世界で一番幸せにするんだ。

その一心で、私の初めての挑戦が、彼に内緒で、こっそりと始まった。


***


私が選んだアルバイト先は、学校の近くにある、オシャレなカフェだった。

理由は単純。シフトの融通が利くことと、何より、制服がすごく可愛かったから。

ふわっとしたブラウンのエプロンに、白いブラウス。

これを着て頑張れば、少しは奏くんの隣に似合う女の子になれるかな、なんて。


「はい、彩瀬さん、これお願いね」

「は、はい!」


でも、現実はそんなに甘くなかった。

覚えることは山ほどあるし、注文は間違えちゃうし、お皿を運びながら、お客さんの足に躓きそうになることもあった。


(うぅ、私って、本当に不器用……)


落ち込む日もあったけど、カフェの先輩たちはみんな優しくて、丁寧に仕事を教えてくれた。

そして何より、私の頭の中には、いつも奏くんの笑顔があった。

彼が喜んでくれる顔を想像するだけで、どんなに疲れていても、不思議と力が湧いてくる。


だけど、問題が一つ。

それは、奏くんに、このアルバイトのことを、絶対にバレてはいけないということ。


「心、最近、なんか疲れてないか?」


ある日の昼休み。

屋上で一緒にお弁当を食べていると、奏くんが、心配そうに私の顔を覗き込んできた。

彼の言葉は、一点の曇りもない、綺麗な「白」。

ドキッ、と心臓が跳ねる。


「だ、大丈夫だよ! ちょっと、夜更かしして本を読んでるだけ!」

「ふーん……」


私の言葉は、もちろん、濁った「灰色」。

奏くんに、初めて、嘘をついてしまった。

胸が、ちくり、と痛む。ごめんね、奏くん。でも、これは、君を喜ばせるための、幸せな嘘だから。


「……俺に、隠してること、ないか?」


彼は、じっと私の目を見つめてくる。

その言葉は、ほんの少しだけ、ノイズが混じった「白」だった。

私の嘘を、彼は敏感に感じ取っているんだ。


(やばい、鋭い……!)


「な、ないよ! なんにも! それより、ほら、卵焼きあげる!」


私は、慌てて話題を逸らすように、お弁当の卵焼きを彼のお皿に乗せた。

奏くんは、何か言いたげな顔をしていたけど、それ以上は、何も聞いてこなかった。

彼の優しさに、胸がまた、きゅーっとなる。

早く、全部打ち明けたい。誕生日が終わったら、すぐに。


そんなドキドキの日々を送りながら、私はなんとかお給料日まで頑張り抜いた。

初めて自分のお金で稼いだお給料。

封筒が、ずっしりと重く感じる。


そして、その足で、姫宮さんと凛先輩と一緒に、プレゼントを買いに出かけた。

悩みに悩んで、私が選んだのは、二つ。

一つは、奏くんのイニシャルを刻印してもらった、革製のピックケース。彼がいつも使っているギターのピックを、大切にしまっておけるように。

そして、もう一つは、星と月のモチーフが描かれた、お揃いのマグカップ。

これで、旧音楽室で、一緒にお茶を飲みたいなって。


「……どうかな?」

「いいんじゃない? あんたにしては、上出来のセンスね」

「奏、きっと喜ぶわ」


二人にそう言ってもらえて、私は心の底からほっとした。

そして、誕生日の前日。

私たちは、姫宮さんの家の、広くて綺麗なキッチンを借りて、誕生日ケーキを手作りした。

スポンジを焼いて、生クリームを泡立てて。

三人で、きゃあきゃあ言いながら、顔中をクリームだらけにして。

その時間は、本当に、本当に楽しくて、一生の思い出になった。


(よし、準備は完璧!)


あとは、明日を迎えるだけ。

奏くん、喜んでくれるかな。

ドキドキと、期待で、胸がいっぱいだった。


***


そして、運命の誕生日、当日。

私は、朝から、そわそわして、全然落ち着かなかった。


「心、どうした? 今日、変だぞ」

「へ、変じゃないよ!」


奏くんにそう言われて、図星すぎて、思わず声が裏返っちゃった。

教室に入ると、クラスのみんなが、奏くんの机に集まっていた。


「音無ー! 誕生日おめでとー!」

「よっ、今日の主役!」


みんなからの「おめでとう」の言葉は、全部、キラキラした温かい「白」だった。

奏くんは、少し照れくさそうに、でも、本当に嬉しそうに、「……サンキュ」と呟いていた。

その光景を見ているだけで、私まで、幸せな気持ちでいっぱいになる。

彼が、このクラスに、この学校に、ちゃんと居場所を見つけられたことが、自分のことのように嬉しかった。


昼休み。

屋上へ行くと、奏くんはもう待っていた。


「奏くん!」


私は、いつもよりずっと重たいお弁当の包みを、彼の前に差し出した。

今日のために、昨日の夜から、一生懸命作った、特別豪華バージョンだ。


「お誕生日、おめでとう!」


私の、精一杯の「おめでとう」。

その言葉は、きっと、今までで一番キラキラした、「白」だったと思う。

奏くんは、一瞬だけ、きょとんと目を見開いて。

そして、次の瞬間、見たこともないくらい、優しい顔で、ふわりと微笑んだ。


「……ありがとう、心。すごく、嬉しい」


彼の、完璧な「白」。

その一言だけで、私は、もう、天にも昇る気持ちだった。

二人で食べた、特別なお弁当は、今までで一番美味しい味がした。


そして、放課後。

私は、そっと奏くんの耳元で囁いた。


「……今日、旧音楽室で待っててほしいな」

「……?」

「いいから! 絶対に来てね!」


不思議そうな顔をする彼にそう言い残して、私は一度、大急ぎで家に帰った。

手作りケーキと、プレゼントを持って、急いで学校へと戻る。

旧音楽室の扉を開けると、そこにはもう、姫宮さんと凛先輩が待ってくれていた。


「遅いわよ、心!」

「さあ、最後の仕上げをするわよ」


私たちは、三人で、薄暗い音楽室を、キラキラのパーティ会場へと変身させていった。

色とりどりの風船を膨らませて、壁には『HAPPY BIRTHDAY KANADE』のガーランドを飾る。

机には、可愛いテーブルクロスをかけて。

準備がすべて終わる頃には、そこはもう、ただの古い音楽室じゃなくて、世界でたった一つの、奏くんのための、夢の空間になっていた。


***


約束の時間。

コンコン、とドアがノックされた。

ゴクリ、と喉が鳴る。


「……どうぞ」


私が言うと、ゆっくりとドアが開かれて、奏くんが入ってきた。

彼は、綺麗に飾り付けられた部屋と、テーブルの上のケーキとプレゼントを見て、完全に固まっていた。

その大きな瞳が、これでもかってくらい、丸くなっている。


「……お前、これ……いつの間に……」

「えへへ、サプライズ、大成功かな?」


私がてへ、と笑うと、彼は、まだ信じられないといった顔で、私と部屋を交互に見ている。

私は、彼の前に立つと、ぺこり、と頭を下げた。


「奏くん、ごめんね。ずっと、アルバイトのこと、黙ってて。君に、嘘ついちゃって……」

「……心」


彼が、私の名前を呼ぶ。

そして、次の瞬間。

私は、彼の強い腕の中に、優しく、でも力強く、抱きしめられていた。


「馬鹿だな」


彼の声が、頭の上で、優しく響く。


「俺のために、だったんだろ。……ありがとう。本当に、ありがとう。今、俺、世界で一番幸せだよ」


その言葉は、もちろん、虹色に輝く、最高の「白」。

彼の腕の中で、私は、幸せすぎて、涙が出そうになった。


それからは、もう、夢みたいな時間だった。

二人で、ろうそくの火を吹き消して。

手作りのケーキを、「あーん」って言いながら、お互いに食べさせあって。

私が選んだプレゼントを渡すと、奏くんは、子供みたいに目を輝かせて、本当に喜んでくれた。

「このピックケース、大事にする。お揃いのマグカップも、明日から早速使おうな」って。


そして、奏くんは、お礼に、と言って、ピアノの前に座った。


「心。お礼に、一曲弾かせてほしい」


彼が弾き始めたのは、あの日、私が名付けた『シークレットメロディ』。

でも、今日のアレンジは、いつもと少し違った。

もっと、優しくて、温かくて、キラキラしていて。

彼の「ありがとう」と「大好き」の気持ちが、全部、音になって、私の心に降り注いでくるようだった。


演奏が終わった後、奏くんは、私の手を取って、優雅にエスコートしてくれた。

そして、二人で、ワルツを踊るように、ゆっくりとステップを踏む。

音楽室に流れる、甘くて、幸せな空気。


「心」

「うん?」

「俺の感情が、君には色で見えるって言っただろ?」

「うん、言ってたね」

「今の俺の心は、何色に見える?」


それは、彼からの、少し意地悪で、でも、最高の質問。

私の能力では、彼の感情の色なんて、本当は見えない。

でも、わかる。痛いほど、わかるんだ。


私は、最高の笑顔で、彼を見上げて答えた。


「――私の『好き』と、おんなじ色だよ。キラキラの、虹色!」


私の答えに、奏くんは、心の底から満足そうに微笑んだ。


「……正解」


そう言うと、彼は、ゆっくりと、私の顔に自分の顔を近づけてくる。

そして、触れるだけの、優しいキス。

それから、もう一度、今度は、もっと、甘くて、深いやつ。


「来年も、その先も、ずっと。俺の誕生日を祝ってほしい。俺の隣で」

「……当たり前だよ、奏くん!」


私たちは、お互いの未来を、そこで、固く、固く、約束したんだ。

世界は、本当に、たくさんの色で溢れてる。

そして、その中で一番綺麗で、一番輝いているのは、間違いなく、君という名の、虹色の光。


これからも、ずっと、君の隣で。

二人で、たくさんの色を、奏でていこうね。


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嘘が見える少女と、心がノイズな少年の放課後探偵活動 ☆ほしい @patvessel

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