最終話 無骨な愛
春の兆しが辺境の空気を緩め始めた頃。
砦の中庭に、咲き始めの花がちらほらと色を添えていた。
ふと見れば、エルヴィンが庭の片隅にしゃがみ込んでいる。
あの無骨な騎士団長が無言で土をいじっている姿は、少しだけおかしくて、とても愛おしかった。
「何をなさっているんですか?」
声をかけた瞬間、彼はびくりと肩を揺らした。
「ッ……な、何でもない」
土のついた手を背中に隠しながら、珍しく動揺した様子で立ち上がる。
その背後には、いつも私の部屋に置かれている鉢植え。
そこに植えられたばかりの、まだ蕾のままの花々が揺れていた。
「……それ、私に?」
そう問うと、彼は顔を真っ赤にして視線を泳がせ、苦しげに眉をひそめる。
返事はないけれど、その反応こそが答えだった。
(お花を……私のために?)
その不器用な優しさが、胸の奥をそっと締めつける。
荒削りなのに、どこまでも真っ直ぐで、ひどく愛おしい。
「エルヴィン様」
私は彼の手をとった。
土にまみれた、ごつごつとした手。
けれどその温もりは、どんな宝石よりも尊く思えた。
「……汚いぞ」
「いいえ」
私はかぶりを振り、その手をぎゅっと包み込むように握り直す。
そして、彼の瞳をまっすぐ見つめた。
「いつも私のために、たくさんのことをしてくださって……本当にありがとうございます」
そう言うと、彼は大きく目を見開いた。
困惑したように、照れ隠しのように、ふいと視線を逸らす。
「……別に、お前のためではない」
つれない言葉。
けれど私はもう、その言葉の裏側に隠された優しさを知っている。
そして今日は、その先があった。
「――お前のためじゃない。……オレのためだ」
え? と、私は思わず小首を傾げる。
彼はしばらく逡巡するように口を閉ざし、やがて静かに、しかし確かに言葉を紡いだ。
「お前が……笑ってくれると、嬉しい。お前が幸せだと、オレも幸せになる。
だから全部、オレがオレ自身のためにやっているだけだ。……礼なんて、いらない」
その瞬間、胸の奥に灯る熱が全身を包み込んだ。
じんわりと広がって、涙が一粒、頬を伝う。
(こんなにも……愛おしい気持ちがあるなんて)
言葉にならない感情がこみあげて、私はただ彼を見つめた。
するとエルヴィンはそっと手を伸ばし、固い指先で私の涙をなぞる。
そして少しだけ顔を近づけて囁いた。
「……あまりこういうのは得意じゃない。一度しか言わないから、よく聞け」
どくん、と心臓が高鳴る。
彼の瞳が私を真っ直ぐ射抜いていた。
「――お前を初めて見たとき、目を奪われた。
今ではもう、お前が愛しくてたまらない」
そして上着の内ポケットから、小さな木箱を取り出した。
蓋を開けると、中には銀の指輪が一つ。
飾り気はないけれど形は滑らかで、彼の性格をそのまま写したようなものだった。
「一生、オレの傍に居てくれ」
まっすぐで、不器用で、誠実な願いだった。
私は、そっと指輪を手に取る。
その重みは、どんな宝石よりも確かなものだった。
「ええ……喜んで」
風が吹き抜ける。
中庭に、春の匂いが漂った。
その後まもなく、王子と妹の正式な処分が下った。
王子は爵位を剥奪され、王城の地下牢に幽閉されたという。
妹は王宮からも実家からも追い出され、遠方の修道院で慎ましやかな生活を送っているとか。
噂話のように、砦の兵士たちが笑っていた。
「ざまぁみろ」と。
私はその言葉に、ただ静かに微笑む。
復讐も怒りも、今はもう何も湧かなかった。
私はもう、“必要とされる自分”ではなく、“思い描くままの自分”として生きていける。
今日も、愛する人が淹れてくれたお茶の香りに包まれて、幸せな一日が始まる。
私を捨てた元王子?
婚約者を奪った妹?
――ああ、そういえば。
そんな人たちも、いましたね。
妹に婚約者を奪われた私、”血に飢えた狂犬” に嫁ぐことになりまして 厳座励主(ごんざれす) @Gonzaless_1007
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます