異世界プルルン

黒羽カラス

第1話 プルルン

 高校は夏休みに入った。解放されたオオカミ野郎は街へ繰り出し、愛らしいウサギ狩りに精を出す。色恋沙汰とは真逆の位置にいる私は野球部のマネージャーとして、汗臭い部員共の飲み物を用意した。微かな甘い香りのするタオルを何枚も持参してグラウンドを二往復していた。

 上下のジャージのせいなのか。身体が汗ばんできた。校舎裏に隠れてハンカチで適当に汗を拭う。

 ひんやりとした陰は居心地がいい。立ったまま眠れそう。そんなことを考えていると意識がぼんやりした。軽く頭を振って私は急いで離れた。

 南校舎とグラウンドの間にある道をせかせかと歩く。向かう先に黒い円を見つけて、え? と思わず声が出た。同じ道を往復している状況で初めて気付いた。

 道の中程に黒いマンホールがあった。近くで見下ろすと複雑な文様が描かれていた。光っていれば小ぶりな魔法陣に見えなくもない。

「あり得ないって」

 軽口を叩きながら右足でマンホールを踏み付けた。当然のように何も起きない。自嘲気味に笑って左足を乗せた。


 私は街中にいた。どこかの大通りの端に立ち、通り過ぎる人々を呆然と眺めていた。それもそのはず。女性はバニーガール姿だった。男性は逆バニーの露出狂。

 普通の街並みなので人々の異常性が際立つ。向こうも私の格好が気になるようでチラチラと視線を寄越す。その回数に比例して苛立ちが募る。

「そこのキミ。珍しい格好だね」

 横手に目をやると同い年くらいの少女が目を輝かせていた。

「そっちのバニーガールほどじゃない」

「えー、これって、プルルン、正式な服で、プルルン、なんだよ」

「なんか、ヘンな音が挟まってよく聞こえないんだけど」

 私は耳を傾けて近づく。向こうも気にして大きな声で言った。

「だからー、プルルン、だって! もしかして、プルルン、から来たばかりの、プルルン、なの?」

「あー、わかった。そういうことね」

 謎の音は語尾の類いではなかった。大きなリアクションを取ると豊かな胸が揺れた。その揺れに合わせて、プルルン、という擬音が発生するようだった。

 私は自分の胸を見た。卑下してまな板とは言わないが、それに近いことは認めている。試しに上体を左右に振ってみたが擬音は鳴らなかった。

「あのさ。ここでは胸が大きいと、プルルンって鳴るのが普通なわけ?」

「そうだね。こんな風に揺らすと、プルルン、だね。走ると大変。足踏みでもいけるかな。プルルン、プルルン、プルルン、プルルン」

「もう、いい! 会話が成立しないし」

 制止するようにてのひらを少女に見せた。足踏みをやめたところで少年が近付いてきた。逆バニーの格好にかなり引いた。爽やかな二枚目が台無しだ。

「上原じゃん。今日もイベントに、プルルン、なのか? 俺も今から、プルルン、だから一緒に行こうぜ」

 私は目を丸くした。少年からも擬音が聞こえる。平たい胸に揺れる要素は皆無。音の出所を探ると、もっこりした股間に行き着いた。

「あたしはもう少し話をするから。あ、キミもイベントに行こうよ」

「私が? いや、でも内容がわからないし、お金だっているよね?」

「無料だよ。あ、でも、音が鳴らないのは問題かな。観客が揃ってジャンプするところがあるから」

 少女の目が上下に動く。私の揺れる箇所を見つけようと必死の様子だった。

「じゃあ、無理だね」

 別れの合図として軽く手を挙げた。悲しそうな顔をする少女に少し後ろ髪を引かれるものの腕を振って歩いた。

「プルルン、プルルン、プルルン」

 私から音が鳴り出した。出所は胸ではない。腹部でもない。どこからなのか。

「大きなお尻で、プルルン、だね」

「全然、よくない!」

 少女はお構いなしに私の手を握り、一方に向けて大股で歩き出す。

「プルルン、プルルン、プルルン、プルルン」

 二人分の音で本当にうるさい。おまけにコンプレックスを猛烈に刺激して顔が燃えるように熱くなった。

 なんなのよ、この世界は。

 その時、目の端を黒い円が掠めた。転移の切っ掛けとなったマンホールにそっくりだった。

「……イベントだっけ。ま、付き合うよ」

「もうお友達だね。わたしは、プルルン、の、プルルン、だよ。よろしくね」

「なんの紹介にもなって、プルルン、だよ。だからさっきから、プルルン、なんだよ!」

 帰り道のマンホールがあるからいいけど、なんなのよ、このふざけた世界は。

 プルルンの音に囲まれて私は少女と共にゆく。

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