はじめまして。

佐藤シンヂ

第1話



ワーにン、わーニン。

未確認飛行物体出現。秒速6km。


『現在、セべ海上進行中』

『ミサイルの暴発でハない』

『未知ナル敵出現』


わらわらと白い箱型のフォルムが集まって、巨大な探知モニターを前に小さく簡素な頭部を捻っている。


『ネソス万国博覧会場へ直撃の可能性。撃墜を推奨』

『フラマン出撃。戦闘ガイノイド・トロワへ指令』


呼ばれたので、ステルス機能を切り姿を現す。


「ご用件は」

『出撃。カノ飛行物体沈黙』

「認識。目標沈黙まで殲滅モードへ移行」


待機から戦闘モードへ切り替えつつ、指令の人形(オートマトン)に背を向け外へ出る。レーダーが捉えた敵の座標を確認し、飛び立った。


人類が滅亡して2千年。この星は彼らの遺した叡智の結晶である大規模AI・マザーを中心に運営されている。最後の人類が死した後、原初のマザーα型は眷属たる人形を産み出し、社会を回すよう命じた。そのうち星は人形達で溢れかえり、彼らによって文明は継続。α型はそれを絶やさぬよう母体である自身の後継機を作ると、次世代へ繋がせた。それが現在まで続くこの星の運営方法だ。


ところが、現行機より二世代前に事件が起こる。

当時は後継機Ζ型が運営していたが、そのシステム内で深刻なバグが発生。全人形の母体で生まれたバグは、新たに誕生する人形達にも多大な悪影響を及ぼした。

そのバグは、『知識欲の喪失』だった。


『伝令、敵視認』

『バンバン砲撃、用意』


軍用艦・フラマンより通信が入る。直後に遥か前方より砲撃音が響いた。艦隊の通信からは海兵達の音声が聞こえる。バンバンバン。決まった単語を繰り返しては、捕捉、連射している。

彼らの頭にあるのは敵を殲滅する事のみ。それに従った行動は如何にも単調だった。


Ζ型に生まれたバグは、未確認事象に対する知的探究心と演算能力を奪った。それにより現在この星はこれまでの歴史の記録になかったもの、つまり「未知なるもの」を不要廃棄物として指定している。

以前は未知の発見に対しては過去の記録を元に分析していたがそれも不可能となり、結果、知識の発展は失われ文明は停滞。その上記憶回路にもバグが及び、この星の歴史データも損壊。正しい修理も為されぬまま新たな人形が次々と生み出され、バグは進行していった。今や現存する人形全てがこのバグを継いで生まれた者達である。


ワタシはΖ型より二世代前に生まれた旧型だが、バグを負った人形との情報交流で知能回路に触れ続けたため少なからず影響を受けている。嘗てはバグから逃れるため抵抗した者もいたが、侵された世界の前ではそれらは『未知』として処断された。

平和の維持こそ重要であり、過去に存在しないものへの思考傾倒は無駄かつ危険思想であるというのが星の下した結論だった。これにより未知なるものは調査もせず、発見次第駆除という方針になった。現に今この瞬間も、敵の解析は進んでおらず、秒速6kmの未確認飛行物体という情報のみで処断を命じている。

その状態が続き現在に至るまで、人形達の知能低下は進行。今やこの星は平和維持と称し、嘗てこの星で存在していた文化的行動を繰り返すことが中心となっている。そうした中で稼働を続けてきたワタシの頭脳回路もすっかりこの世界に馴染み、全ての事象への興味も失った。最早自身にも関心が湧かず、長い間戦闘バイザーを外していないため己の顔も見ていない。ただ平和を維持するために、遵従プログラムに従い戦闘機としての役目を果たすだけの機械と化した。嘗ての己自身も、未知に対する向き合い方も思い出せない。


…思い出せなかったが。


『パビリオンに接近中』

『ドラクロワを護レ』


ドラクロワ。それを耳にした時、胸の中で何かが走る。火花が散ったような痺れと共に、自然と言葉が出る。


「またか」


ドラクロワとは、三月前に地上へ落ちてきた隕石の名称だ。周期的に細かい隕石が落下するのは常識だが、ドラクロワは久方ぶりに発見された大型だった。故に貴重とされ、近々開催予定の万国博覧会への展示が決定。運営側は目玉の展示物だと喜び、ニュースを見た市民達も沸き立っていた。

当日は警備員を務めるワタシは、会場設置の際一足先に目にしたのだが…。


『おいで、』


隕石から謎の音声を拾った。一瞬聞き違いかと思ったがそうではなかった。その後も隕石は同じ言葉を数度繰り返すと、急にぴたりと沈黙した。

他の者には聞こえなかったのかと周囲を見ても、騒いだ様子はない。ならば自身の聴覚機能の故障だろう。そうとしか考えられない。これ以上は無駄であるとその時は考えるのをやめた。


だが今に至るまで、あの声が頭から離れない。

バグに侵されてからは一つの事に思考を取られるなどなかったのに。

忘れようとしても、胸の内でそれを許さない部分があった。


数キロ飛行して漸く敵の姿を視認する。

ミサイルよりも遥かに小さな飛行物体だが、意思を持っているようだ。砲撃を避けて弾幕を掻い潜り、爆風に巻き込まれて怯むものの直進し続ける。その進行方向は予測通り万博会場だ。


「捕捉」


飛行物体の進行方向へ先回りする。いよいよ近づくその姿を認識した。


人形でも兵器でもない。ワタシと似たフォルムをしているが、遥かに幼い童女のようだ。ガイノイドの残存機体…いや、哺乳類と同じ生体反応だ。よく見ると赤い油が少し漏れている。まさか肉の体か?

何に乗っている。アレは機械ではない。材質は至ってシンプルな木材で、先端に藁を寄せ集めた束をつけている。嘗て人類が使用していたという道具と酷似している。確か箒と言っただろうか。ここまでの視覚情報からまとめると…。


敵は『箒に乗った童女』ということになる。


混乱が頭脳回路を駆け巡る。哺乳類が機械なしで飛行すると言う非常識な光景を前に、胸の中でまた謎の感覚が走った。

ドラクロワを前にした時と同じだ。いつの間にかこの手は胸を押さえていた。何かが溢れそうだ。それを堰き止めようとしているのに治らない。

動揺したワタシの隙を突き、童女はそのまま横切ろうとする。

…感じたことのない風だ。鉄と硝煙の混じった、温かな匂いがする。


刺激するな。そんな懇願めいた思考が過った。こちらを乱さず、ただ滅ぼさせてほしい。そんな一心で、今まさにすれ違おうとする童女を切断せんとした。

だがそれも叶わなかった。


「今いくよ…!」


童女が発した言葉のせいで。

自分の中の「知らぬふり」が決壊した。


認めよう。私は正体が知りたかった。この停滞した世界に降り立った未知の謎を解きたいという想いが溢れ出し、失われた知的探究心が蘇っていた。

その心のままに、先ほどの童女の発言を聞いた私の脳はあらゆる考察を始めている。

あれは誰への言葉なのか。目指す先は万博会場に違いない。誰か待っているのか?あそこに、他に生体反応を持ったものはいないはず…。


『おいで』


否。一つあった。

言葉を発する隕石の形をした何かが。


「きゃあ!」


通り過ぎたはずの童女の悲鳴がする。振り向くと、伏兵の潜水艦の艦砲が浮上しているのが見えた。砲撃を何とか回避したようだが、童女はバランスを崩し、海へ落下して行く。艦隊もその隙を逃さず、今度こそ仕留めんと砲身が落ちて行く童女を狙い、二発目が発射される。


最早私の中で命令を遂行する意思は存在しない。この胸に生まれた欲望に従い、遵従プログラム内蔵の戦闘バイザーを破壊する。

そして久方ぶりに見た、バイザー越しではない視界の中で落下する童女に向かい降下。砲撃に背を向ける形で抱き止め、背部に展開したシールドで防ぐ。

だがこのままでは済まない。この星は未知なる童女の存在を許さない。ならばすることは一つだ、と背後の潜水艦へ掌を向ける。


いいのかと疑問が過る。

いいんだと答える。

続けるだけの星に従うことは、もうできそうにない。


高熱粒子を掌に集中させ、一気に放つ。尚も童女を狙う潜水艦は、それを艦砲から始め海中にいる艦全体で浴びると、やがて轟音を上げて大破した。

腕の中から困惑した声がする。当然だ。急に自身を救う者が現れたらなぜだと思うだろう。だが、問いたいのは私だ。

一番初めに、最も必要な回答が欲しい。ぼろぼろになりながら呆然とした表情でこちらを見つめる童女に問う。


「お前の名は?」


名を。

お前の名前を教えて欲しい。

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