5 ただいま

彗兄の言葉に驚いて目をパチパチさせる。


「え、越してくるって……ここに私が引っ越すってこと?」


「うん」


なんてことだ。

私は大スターにしかもこの高級マンションに引っ越してこないかと誘われている。

なんて悍ましい。

でも、


「ありがたいけど」


「けど?」


「私には翠さんとの約束があるから……ごめんなさい」


彗兄の提案はとても嬉しかった。

でも毎週、私は返信もしないのにメッセージを送ってくれる翠さん。

拒絶したくせに身勝手なのは分かってるけど…

私は翠さんとの繋がりを断ちたくはないんだ。


結局私は大切な人を作りたくないと言いつつ、彗兄だって翠さんだって突き放せないんだ。

申し訳なくて下を向いてしまった私の頭を彗兄はポンポンしてきた。

顔を上げると柔らかく微笑んでいた。


「そっか……分かった。じゃあ翠さんにお世話になりな」


「…っうん。ごめんね彗兄。ありがと」


またグスグスと言い始めた私を呆れたように笑いながら彗兄はスマホを取り出した。


「みこの連絡先、教えて?あ、あと翠さんのも。お礼したいしね」


「分かった」


彗兄に連絡先を渡すとよし、と彗兄は立ち上がった。


「家まで送ってくよ」


「え、ありがとう」


「あ、俺だけど。………ああ。みこを送ってくから…………分かった」


マネージャーさんとだろうか、電話を終えた彗兄は行くぞ、と言い玄関で靴を履いている。


「そーいや、お前。学校はどーしてんの?」


「……」


その言葉にピシッと凍りつき、目線をスッと彗兄から逸らした。

それで全てを悟った彗兄は呆れた視線を送ってきた。


「退学?停学?」


「……退学です」


「理由は?」


「………殴りました」


「…誰を?」


「………校長です」


まじか、と彗兄の顔が語っている。


「俺の知ってるみこだったらなんの理由もなく殴らないよね?」


笑顔の圧に押されながらもブンブンと首を縦に振る。


「もちろん。あの校長、目の前でいじめられてた子がいたのに助けるどころかなんて言ったと思う?目立つとこでするんじゃない。学校の評判が落ちるだろう、って。思わず殴った」


「……殴ったじゃないだろ…」


いつからこんな暴力的な子に、と彗兄は嘆いている。

なんかごめん。


「次の学校、決まってんの?」


「ううん」


首を横に振るとしばし考え込んだ彗兄はスマホを取り出し再び電話をかけた。


「あ、俺だけど。………あ?うるさいな。一人来月から入学させろ。……できるだろ。やれ……分かった」


け、彗兄の口がすこぶる悪い。

すごい顔をしている私を彗兄はチラリとみて気まずそうに咳払いをすると行くぞ、と駐車場の方へ歩き出した。


「ちょっとまってよ」


慌ててついていくともうすでにマネージャーさんの車があった。

有能だな。

さすがトップレベルのアイドルのマネージャーだ。


「……みこ、翠さんの住所を教えてくれ」


「なんで?」


「挨拶に行くから」


「……分かった」


家を出てから一度も翠さんとは会っていない。

不安と緊張でギュッと手を強く握る。

そんな私をみて彗兄は何も言わずに頭を撫でてくれた。

翠さんは怒っているだろうか?

だった一度も連絡すらしてこなかったのだ。


「大丈夫だよ」


「……っ」


その一言でだいぶ心が軽くなった気がした。



「おい、ついたぞ」


「んー」


どうやら眠ってしまったらしい。

あんだけ緊張してたのによく寝れたなと自分に呆れる。


「よっぽど疲れてたんだろ。…夜も遅いし早く行くよ」


「……うん」


マネージャーさんにお礼を言って車から降りる。


ピンポン


彗兄がインターホンを押すとしばらくして『はーい』と翠さんの声が聞こえた。

優しくて温かい、安心できる翠さんの声を久々に聞いて思わずな涙ぐむ。


「夜遅くにすみません。『shine』というグループで活動しております、彗心と言います」


『……はぁ』


翠さんの声は疑心暗鬼だ。

それもそうだろう、知らない人はいないだろう『shine』のメンバーを名乗る男が夜中に訪ねてくるのだから。


「実は私、皇尊人の実兄でして」


『……っみこですか?!……信用できません。彼女からは兄弟は生きていないと聞いております。…もしかしてあの子に何かしたんですか?』


「いえ、そういうわけでは……」


声だけでわかる、私を心配してくれている様子。

そんな翠さんに涙がこぼれそうになる。


「翠さん、いい人だな。……お前のことほんとに大事にしてくれてる」


「……うんっ」


ぼそっと言った彗兄の言葉にポロッと涙がこぼれた。


『……お引き取りください』


「まずい、おいみこからも言ってくれ」


完全なる不審者扱いに彗兄が困ったかおをしている。


「………翠さん」


『……っえ、みこ?』


困惑した声色が聞こえた途端ブツッとインターホンが切れた。

切られたと呆然と立っているとドアの開く音と共に翠さんが出てきた。


「……みことっ」


「………翠さん」


「っ!みこと!」


ギュッ


力一杯翠さんに抱きしめられて涙で震える声で翠さんは私に言った。


「おかえり、みこと」


「……っ!」


もう、おかえりってみことって言ってくれないかもとずっと不安だった。

でも翠さんは1番に言ってくれた。

ポロポロと涙がごぼれる。

抱きしめてくる少し痩せた翠さんの体を力一杯抱きしめて言った。


「ただいまっ!翠さんっ」







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尊い夜 四季 @yuzu0304

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