第20話 おっさん俺、家の畑からレアアイテムを採掘する

 集落でのスローライフを始めて3日目。

 朝食後、俺たちは普通の畑で作業をしてから採掘区画に向かった。既にワードストーンや貴重な素材アイテムが集まっていて、1日で掘れる量もなかなかに良かった。

 俺たちは引き続きレアアイテムを掘り続けていく。

 特にぱせりは採掘作業に夢中になっていた。

 レアアイテムが出現した時に放たれるキラキラとした光を見る度に期待に目を輝かせている。

 その様子を見ていると、ゲームのガチャやパチスロみたいだなと思う。


「残念。またSRルナティックブレードのレシピアイテム」


「一応それ、Bランクくらいの探索者なら喉から手が出るほど欲しがる剣だぞ……」


「もういくつも出たから」


 上等なアイテムもハズレ扱いになるのだから慣れとは恐ろしい。

 サービス開始から時間が経ったゲームのプレイ中に、最高レアを当てたとしても初期のキャラだと物足りなくてがっかりするようなものか。


「また『クズー鉱石』ですよ! 箱いっぱいにできそうです」


 一方でアオイは何が出現しても楽しそうに土を掘っている。出てくるアイテムは珍しくもないものが大半だが、掘る作業自体が楽しいのだろう。

 JK勇者は、画面をタップするだけで数字が増えるゲームに熱中するタイプなのかもしれない。


「さて、今日もワードストーンが期待できるな」


 俺も隣で土を掘り返し始めた。

 そして皆で何時間も穴を掘り続け、地上に上がるためにはしごを使い始めた頃、ジャコーハに呼ばれて振り返った。


「セージ、こんなのが出たんジャけど」


「『転送ゲート:大蛇の塔』……? もしかして、塔に入るためのゲートのレシピか」


「ええ、本当ですか?」


「そんなものまで作れるんだ……」


 もしも、これで本当に転送ゲートが作れるなら、広大な草原エリアを何百キロも探し回す手間が省ける。

 俺はレシピを詳しく調べてみた。1種類だけ、素材が足りない。


「『大王モグラの鉤爪』が必要か……」


「そんなアイテム、どこで手に入るんでしょう?」


 ゲートを探さなくても良い代わりに素材を探さなくてはならないのは、本末転倒だ。

 喜びも束の間かと、皆が肩を落とした時だった。


「モゲ、モゲ、モゲッ……!」


 近くから不気味な唸り声が聞こえてきた。


「どこからだ? ……うおっ!」


 次の瞬間、採掘の穴の側面が崩れ、モンスターの爪が飛び出してきた。

 俺たちは慌てて穴から飛び退く。


「なんか出てきたんジャ!」


 穴から現れたのは、全身が茶色い毛で覆われた大きなモグラのようなモンスターだ。俺たちは慌ててはしごで穴から脱出する。

 パーティメンバーを先に行かせて、俺は後ろから……なのだが、巨大モグラの方を見ながらはしごを登ったら、上にいたぱせりに頭が当たってしまう。


「セージ、お尻を押さないで……」


「すまん……」


 小柄な割に意外にも柔らかいことに驚くが、今はそこを意識し続けている場合ではない。俺たちが穴の外に出ると、モンスターも這い出てきた。

 体長は3メートルほどもあり、その名前が頭上に浮かび上がる。


「『グレートモール』か……」


「どうして畑からこんなモンスターが出てくるんですか!?」


「採掘できる場所だったし、穴を深く掘ったせいで地下のダンジョンという判定になったんだろうな」


 俺たちはこれまで存在しなかったモンスター出現地点を作ってしまったようだ。

 グレートモールが鋭い爪を振り回しながら、俺たちに襲いかかってくる。


「とりあえず倒すしかない!」


「はい!」


 アオイが剣を構えて応戦し、ぱせりが詠唱を開始する。そして俺は回復とサポートで、ジャコーハは罠の設置。変わったところのない基本的な連携で戦った。

 ボスモンスター級の強敵だが、俺たちは採掘で掘り当てたレアアイテムとレシピで強化されているので、順当に戦うことができたのだ。


 ◇ ◇ ◇


 ジャコーハが、上向きの槍が剣山のように生えているトラップを採掘用の穴に設置した。そして俺はグレートモールの『重量』を軽くするスキルを使い、アオイは突き飛ばしスキルの『ノックブレイク』を使う。

 この連携で、グレートモールの巨体が軽々と吹き飛び、トラップだらけの穴に落ちていく。


「モゲーッ!」


 断末魔の悲鳴と共に穴から光が漏れ、モンスターを倒したということが分かる。


「はあ、はあ……。強敵でしたね」


「いきなり出てきてびっくりしたんジャ」


 グレートモールが落ちた場所を確認すると、いくつかのアイテムが残されていると分かった。


「これは……『大王モグラの鉤爪』か」


「転送ゲートの素材だ……」


「えっ、こんなすぐに手に入っていいんジャろか?」


 今まさに必要としている素材アイテムを入手したので、皆が信じられないという顔をしている。

 上手くいきすぎているが、ひとまず転送ゲート作成に必要な素材が全て揃った。


「集落の近くだし、モンスターが出現する危険な穴をそのままには出来ないな。」


 俺は穴を見下ろす。まだ何の気配もしないが、放っておけば次のモンスターが出現するだろう。


「埋めておきましょうか。また採掘が必要になったら掘ればいいですし。」


 アオイの提案で、俺たちは土をかき集めて採掘用の穴を埋め戻した。

 元のような畑が広がっているようにしか見えなくなった。


 ◇ ◇ ◇


 俺たちはさっそく転送ゲートの作成に取りかかった。

 畑の脇にレシピ通りの素材を設置する。必要な素材のうち1種類には『石×250』などと書いてあるものだから、山積みにするだけで一苦労だ。

 そして、俺はレシピアイテムを掲げる。


「『転送ゲート:大蛇の塔』を作成だ」


 レシピアイテムが光ると共に、素材が光に包まれて融合し始めた。やがてその中から石でできた門のような建築物が現れる。ただし、門の扉部分は水面のようにうねり、渦巻いている。


「すごい……本当にできましたね」


「これで、『大蛇の塔』に行ける?」


「どうだろうな……」


 俺は試しにゲートに手を近づけてみる。

 すると門から、


「前に進むと、『大蛇の塔』へ転送されます。お気を付けください」


 というアナウンサーのような女性の音声が流れてきた。音声案内の機能までついているようだ。


「成功だな」


「スキルで調べたけど罠の気配も無いようジャし、本物のゲートだね」


 これで、ゲートを探すのにかかるはずだった数週間、下手をすると数ヶ月もの時間が短縮された。

 俺たちが喜んでいると、空の向こうから白い天使が猛スピードで飛んでくるのが見えた。


「あれは……ノイエルだな」


 ノイエルは体を横に倒して、頭を前に向けて飛んでいるようだ。羽ばたきすらせずに閉じられた翼は腰にかけてやや広がっている。今の彼女を背中側から見ると三角形になるはずだ。速く飛ぶための姿勢をしているらしく、『デルタ翼』と呼ばれる翼をもつジェット戦闘機のようだった。


「いいお知らせがあります! 3日間ずっと探し続けて転送ゲートを見つけましたよ!」


 ノイエルの叫び声と、ギーンという高速で空を飛ぶ風切り音が聞こえてくる。


「ここから500キロ離れた場所にあって、急いで教えにっ……って!?」


 ノイエルは庭に作られた転送ゲートに気づいたようだ。


「ハアァ!? なんで転送ゲートあるのマジでェエエーー!?」


 動揺したノイエルが斜め下に進路を変え、制御を失って俺たちの目の前に墜落した。

 ボゴオォ! とノイエルが地面に突入して隕石でも落ちたかのように土が舞い上がる。

 えぐり出された土の塊がパラパラと落ちる中、クレーターからノイエルが這い出てくる。

 前も似たような状況を見たが、やはり天使の身体はとても丈夫なようだ。


「なっ、なぜここにゲートが……!? 寝ずに探し回った私の労力は、いったい……」


 土くれだらけのノイエルがよろよろと立ち上がる。服も顔も泥だらけだが、驚きのあまり気にならないようだ。


「えっと、その、なんかスマン。畑を掘ったらゲートが完成した」


「ふ、ふぐっ……。セージさんたちがゲートの探索に行き詰まったら、この私が颯爽と現れて位置を教えて、しかもついになんと、お助け天使が仲間に! ……という、美味しい展開になるはずだったのに、すべてパァになりました」


 よろけるノイエルから、服に引っかかっていたアイテムがぽろりと落ちる。どうやらノイエルが地面に衝突して掘り返したときに発掘されたようだ。

 ぱせりがアイテムを見て目を輝かせる。


「あ、SSR武器のループデストロイヤーのレシピだ」


「おお、すごいなノイエル。お手柄だぞ」


「あんまり、ぜんぜん、嬉しくないです……」


 ノイエルはがっくりと膝を着いて、地面に突っ伏してしまった。

 天使に睡眠が必要かどうかは分からないが、飛び続けてゲートを探してくれていたのだろう。

 期待に膨らんだ心から空気が抜けてしおれてしまっているようだ。


「そう落ち込まないでくれ。次の塔では、きっとノイエルの助けが必要になる」


「だ、大蛇の塔はノイエルがいないと攻略できないかもしれないんジャよ」


 俺たちがフォローするとノイエルが顔を上げた。その表情は少し明るさを取り戻している。


「そうですね、大蛇の塔も危険な場所なので、全力でお手伝いします……!」


 このまま堕天使にでもなってしまうのではないかと心配していたが、立ち直りは早いようだ。

 俺たちのステータスはSランク探索者には及ばず、順調に攻略できたのは運と閃きの要素も強い。『騎士の塔』で飛行系モンスターをあっという間に殲滅したノイエルが一緒に来てくれるのは、とても頼もしいことだ。


「ところで、塔に行く前にお風呂をお借りしてもいいですか? 服も翼も汚れてしまいました……」


 ノイエルは土を払い落とすために自身の体を揺すった。すると大きな……ここだけは天使と言うより悪魔的な、簡単に言うとでっか、と言えるほどのものが弧を描いて動く。

 俺はそれを見て、次の言葉を見つけられずにいた。


「セージ、見とれてる? 私も体は小さくてもそれなりに大きい」


 ぱせりの言葉で、はっとする。ノイエルの一部分に釘付けになっていたとは、思われたくない。しかもそんなこと言われたらぱせりのことまで凝視してしまいそうになる。

 俺は慌てて何か言おうとした。


「あ、違くて、今日はまだ休暇だし、出発は明日でいいだろう……とか考えてたんだよ」


「……セージさん、ノイエルさんが水浴びしているところを想像していますか?」


「アオイ、何を言っているんだ。そこまでじゃないからな……」


 アオイのせいで、余計に色々と想像してしまいそうになる。

 このJK勇者、たまに発言の攻撃力が高いというか、クリティカルヒット出してくるな……。


 こうして、ノイエルをパーティに加え、4つ目の塔への挑戦が始まることになった。

『大蛇の塔』をクリアすると、最後の塔が現れて草原塔域の完全攻略になるはずだ。

 道のりはまだ長そうだが、ひとまず今日の所は探索に備えて心を落ち着けることにした。

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