第21話 おっさん俺、塔の中でレジャーシートを広げて弁当を食べる

 俺たちは転送ゲートを使って『大蛇だいじゃの塔』に入った。


「これは……塔というより、独特なダンジョンのようだな」


「不気味な場所ですね……」


 俺はダンジョンに入るなり、明らかにこれまでの塔とは違うことに気が付いた。それはアオイや他のパーティメンバーも同じだ。

 俺たちは幅10メートル程度の通路に立っている。屋根や壁などがなく、密閉された空間ではない。見上げるとピンク色の空間が広がっていて、白い雲のようなガスが模様を作っている。下方向も同じ空間が広がっていて、もし落下したらどこまで落ちるのか見当もつかない。

 床には、蛇の腹を模した湾曲した縞模様の凹凸が続いていた。通路の淵には、胸元くらいまでの高さの柵がついていて、それが手すりに丁度良かった。ただし、表面には蛇皮が張られているので、気味が悪く積極的に触りたいものではない。


「塔なのに、横に広い?」


「通路がずっと続いているんジャ」


 ぱせりとジャコーハが疑問を口にする。

 すると、この塔のことを知っているノイエルが解説する。


「この塔の内部は特殊な空間になっています。外からの見た目とは全然違います」


 だから、転送ゲートで入るタイプの場所なのかもしれない。

 通路が浮かぶ広大な空間には、正直なところあまり驚かなかった。

 この塔がある『草原塔域そうげんとういき』も、ダンジョンと呼ばれる割には何百キロもの広さがあるので、もうなれている。

 ただし、『大蛇の塔』は全体的に気味が悪いので、長居はしたくなかった。

 緩くうねった通路が蛇のように、遥か先まで続いている。


 ◇ ◇ ◇


 大蛇の塔の内部を、たまに襲い掛かってくる蛇のモンスターを倒しながら進む。

 どこまで続いているのか分からない道を歩き続けるのは、不安になってくる。


「ちゃんとゴールに辿り着くんだろうな」


「はい、他のシーズンでもクリアされている場所ですよ。ボスを倒して外に出る仕組みになっています」


 ノイエルが、この塔の通路が無限ではないと教えてくれる。


「あとどれくらいでボス? 普通の階なら、階を数えればよかった」


「ずっと似たような通路だから、気が狂いそうなんジャ」


「あれ、ここって塔に入ってすぐの場所じゃないですか?」


「分かれ道がないし、そんなはずはないだろう」


 ずっと同じ見た目の床が続き、そして上下左右にピンク色の空間がどこまでも続く。変化が無さ過ぎて同じに見えてくるのだろうなと思った。


「いえ、アオイさんの感じた通り、ここは入口であっていますよ」


「えっ、俺たちは道を1周してきたってことか?」


 どうやら、この通路はとてつもなく大きい輪になっているようだ。しかし、それでは上の階に行くことができないように思える。


「どうやって探索を進めればいいんだ?」


「1周で1階分を攻略したことになります。20階分を攻略すれば、最上階になります」


 ノイエルは、永久に出られない通路ではないことを説明してくれた。

 ボス部屋に行くための条件はシンプルだが、その代わり丸1日はかかるだろう。


「チャリとか欲しいな」


 これから歩く距離を想像して、ぱせりがげんなりとした表情になっている。


「途中で休憩が必要になりそうだな」


「ええ、過去のシーズンでも野営しながら攻略するパーティがいました」


 それから、俺たちはノイエルの言葉通り、たまに立ち止まって休みながら進み続けた。

 巨大なレースゲームのコースのような道を、3周、4周と巡ってゆく。

 ひとまわりするごとに、遭遇する敵が強くなったり新しいアイテムが落ちていたりするのだから変わったダンジョンだった。


 ◇ ◇ ◇


 数時間後。

 何周もするうちに、同じような道と空間が続くことに気が滅入りそうになり、俺たちは本格的な休憩をすることにした。


「前にも後ろにも、敵の気配はないんジャ」


「よし、ここで一旦休もう」


「それでは、お弁当をどうぞ」


 ノイエルがレジャーシートを床に広げた。空の色は相変わらず蛇に飲み込まれたようなピンクだが、床だけ見ると急に遠足気分になる。


「それじゃあ、今からお弁当を用意しますね」


「ちょっと待てノイエル、今からって言ったか?」


「はい。素材から『料理』スキルで作ります。スキルレベルは5なので期待してください。ふふんっ」


「天使が料理スキルを取得しているのは意外だな」


 しかもスキルレベル5は、かなりスキルポイントをつぎ込まなければならない。長期の探索を行う場合には食料が必要になってくるが、食材さえ確保できていればスキルを使わなくても問題がない。

 だから、多くの探索者は戦闘スキルにスキルポイントを割り振るために『料理』を取得しないし、取ったとしてもレベル1までだ。


「なんで料理スキルなんか取ったんだ?」


「草原塔域を飛んでいると、たまに行き倒れになりそうな探索者を見つけるんですよ。そういう時に、ぱっと料理を出して助けられるようにしたくて……」


 ノイエルは自称お助け天使なだけあって、人助けをすることが好きなようだ。


「うーん、そういうヒーローを漫画で見たことがある気がする」


 急に菓子パンが食べたくなってきた。

 ノイエルに頼むと、すぐにあんぱんを作ってくれた。

 俺は試しに食べてみる。


「う、美味い、美味すぎる……ッ! これがスキルレベル5のあんぱん……なのか!?」


「いえ、スキルレベルと味は関係ないですよ?」


 どうやらダンジョン探索で空腹になった状態で食べたので、特別に美味しく感じたようだ。『ダークコンクエスト』はゲームだったので、味に関しては知らなかった。

 そして俺たちはノイエルのお弁当を皆で美味しく食べた。

 ……そこまでは良かったのだが。


 アオイの表情が笑顔から、真面目なものになる。


「私も料理、出来ますよ」


 と、いつも家で食事する時のことを話し始めた。

 いつものが始まったような気がする……。ぱせりとジャコーハを見ると、やはりアピールのスタンバイをしている。


「私も料理している」「に、忍者めしとか作れるんジャけど」


「あれ、なんか私、変な空気を作りました?」


「いや、ノイエルは気にしなくていいぞ……」


 俺は黙々と弁当を食べながら、パーティメンバーの微妙な空気を感じ取っていた。


 ◇ ◇ ◇


 通路を進み続け、20周を終えると、ようやく『最上階』相当に到達したようだ。ずっと続いていた通路が終わり、直径100メートル程度の広場に辿り着いた。

 中央には巨大な蛇が鎮座している。

 鱗は深緑色に輝き、瞳は金色に光っていた。


「フフフ……また小さき者共が来たか」


 蛇が人の言葉で話しかけてきた。戦塔せんとう騎士やユニコーンと同じように喋るボスだ。


「我が名は『無限大蛇のウロボロス』。この塔の主なり」


 ウロボロスが空中に浮き上がり、竜のようにくるりと舞い始めた。瞳が一層鋭く光る。

 先制でスキルを使われる。

 いきなり攻撃スキルを使ってくるよりは遥かにマシだが、ウロボロスはこちらのステータスをスキャンして調べるスキルを使ってきたようだ。


「去るがよい。汝らのステータスで我を倒すことはできぬ」


「やってみなければ分からないな」


 パーティ全員が戦闘態勢を取る。


「愚かな者共めが……。では、始めようか」


 戦闘が始まる。


「ではゆくぞ、『大蛇旋回撃』」


 尻尾を振り回す全体攻撃が発生する。薙ぎ払われた瞬間、俺は愕然とした。


「こいつ……強すぎるぞ!」


 攻撃に耐えられたのは、ボス戦前に俺たちがノイエルの『料理』スキルレベル5で作られたお弁当を食べていたからだ。

 高レベルの『料理』で作られた食事には「次の1回の戦闘でステータスを強化する」効果がある。

 まずは全員が防御系のスキルを使い、ウロボロスがどんな攻撃をしてくるのかを確認する。

 全体攻撃を主体としていて、同じ行動をローテーションしている。そこには俺たちが攻撃する隙がほぼ無い。

 さらに、ただでさえ高いウロボロスの攻撃力は。行動する度に上限なしで攻撃力が上がっていく。


「みんな、守備を固めろ!」


 俺たちは必死に防御スキルを使い続けるが、とんでもなくパワーアップしたウロボロスに対しては攻撃を1回だけ無効化する『イージス』でしか防げなくなっていく。


「くっ、攻撃に転じる余裕がない……」


「このままでは……」


 アオイの表情にも焦りが見える。


「フハハどうした? 攻撃してこないのか?」


 ウロボロスが嘲笑する。


「それなら……!」


 アオイがウロボロスに近づき、連続攻撃でダメージを与える。

 防御の合間に、少しずつウロボロスのHPを減らす。誰でもその考えに行きつくだろう。


「ハハハ、だが無駄だ!」


 ウロボロスは俺たちを攻撃すると同時に、自身のHPを回復させた。与えたダメージ以上に回復されてしまう。


「くっ……やつは自動回復スキルを持っている!」


 俺たちは防御に専念しているので、攻撃に使える手数が少ない。ウロボロスにダメージを与えても、全て回復されてしまう。

 このままでは防御は出来ても、永久に戦い続けることになる。


「ノイエル……ウロボロスの行動パターンは、ずっと同じなのか?」


 戦闘の合間に、俺はノイエルに尋ねた。

 たとえば50行動目や100行動目などに特殊な行動をするかどうかが知りたかった。


「えっと……ないです。ウロボロスの行動パターンはずっと同じです。しかし、なぜそれを……?」


「俺たちもこの防御パターンをずっと続けられるということだ」


「そうですね。でも……それではこちらが守るだけの千日手です」


「どうだ、このまま永遠に戦い続けるか?」


 ウロボロスが勝ち誇ったように言う。


「まだ諦めるのは早いな」


「ほう? まだ何かあるというのか?」


 俺は静かに、ウロボロスに答えてやる。


「めちゃくちゃ強い魔法だ――ぱせり、やれ」


「“やっとこの攻撃ができる”『ジャッジメントフレア』」


 ぱせりが詠唱を終えると、とてつもない威力の炎が視界一面に広がり、ビームのように放たれてウロボロスを飲み込んだ。

 そして、ウロボロスの回復を大きく上回るダメージが叩き出された。


「うごあぁぁ!? 何故だ!? 汝らのステータスではッ! 我にこのようなダメージを与えることは出来ないはず!?」


「そうだな。戦闘中の魔力アップスキルには上限がある。俺たちのステータスなら、魔力を倍にしたとしても倒せないはずだ」


「そうだ、無限に攻撃力が上がるのは、我だけが出来る技……ま、まさかアァ!」


 ウロボロスは、床に散らばったあるものを見て驚愕する。

 山積みの、弁当の空き箱だ。


「戦闘中、ぱせりがずっと弁当を食ってたことには気付かなかったようだな!」


「食べ過ぎて苦しい」


 戦闘中にステータスを上昇させるスキルには上限がある。ただし、料理スキルで作られるアイテムの効果には、その制限がない。これは、ダークコンクエストというゲームの都合を考えると、アイテムの数が有限だからだろう。それに、お弁当を食べている間は1人分の戦力が減ってしまうからだ。

 ぱせりには無茶をさせてしまったが、この戦闘に限りSランク冒険者に匹敵するステータスになっている。


「最初に俺たちのステータスをスキャンしていたよな?」


「グヌヌ……それがどうした」


「それは、俺たちがどれだけダメージを与えられるかを見ていたんだろう。もしステータスが高ければ、何もしなくても回復量を上回るからな」


 過去のシーズンでも、ウロボロスを倒した探索者のパーティはいくつかあるはずだ。そして攻略法は単純で、与えるダメージがウロボロスの自然回復量より多ければいいのだ。


「もし俺たちのステータスが高ければ確実に倒されるから、すぐ降参したんじゃないか? そして、弱いパーティに対してだけ強気に出ていたんだ」


「くっ……! わ、我がそのようなことをするはずがなかろう!」


 ウロボロスが明らかに動揺している。


「そうだな、じゃあ続きをやろう」


「うお、ま、待て……!」


 ぱせりが詠唱を開始する。もはや詠唱時間が短い代わりに威力が低い魔法を使ったとしても、大きなダメージが出るだろう。


「“食べた分のカロリーを消費したい”『ファイアマシンガン』」


 何百発もの炎の弾丸が発射された。


「うぐわああぁぁ! 我がこのようなあぁ!」


 ウロボロスがこちらに攻撃をしてくるが、防御のパターンはこれまでと変わらない。

 先ほどとは状況が変わり、ウロボロスは俺たちを倒せず、俺たちはいつかウロボロスを倒せる。


「さっき、ウロボロスが特殊な行動をするか聞いたのは、そういうことですか」


 もしウロボロスが特殊な攻撃をしてきた場合は、そこで防御が崩されるかもしれない。だが、決まった順番で攻撃を繰り返してくるだけなら脅威はない。


「馬鹿な……、この我が、負けるかもだと……!?」


 ウロボロスが信じられないという声を出す。

 ぱせりがさらに魔法を詠唱する。


「やめろ、やめてくれーーッ!」


 懇願するウロボロスの周囲に炎の嵐が吹き荒れる。

 このまま戦い続ければ、『大蛇の塔』も攻略完了だ。

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