第19話 おっさん俺、ダンジョン内でJK勇者たちとスローライフをしてみる
俺たちは、『
ここは集落の問題を解決したお礼にもらった家で、家具の類もまるごとついてきたので生活に困ることもない。
「宿よりも自分の家のほうが落ち着きますね」
アオイがソファに座って、安堵のため息をつく。
「あー、疲れた……」
ぱせりもソファに倒れ込むように横になっている。疲労が強かったのだろう。
確かに、ここ数日間は探索と言うよりも冒険と言った感じで、歩いたり階段を登ったりしているか戦っているかだった。
「明日からは次の、『大蛇の塔』に行く準備なんジャな……」
ジャコーハはカーペットの上に寝転んで身体を伸ばしている。
探索を続けてきたせいで、パーティの皆に疲れが溜まっている様子だった。
俺は窓の外を眺めながら思案した。
ダンジョンとは思えぬ広大な空には星まで瞬いている。『大蛇の塔』に入るための転送ゲートを見つけるためには、どれだけ遠くに行かなければならないのだろうか……。
「ノイエルの話だと、次の塔の攻略がかなり大変そうだ」
俺は皆への提案を始めた。
「次の探索に出る前に、この集落で何日か休もう」
俺の言葉に、みんなの表情が明るくなった。俺たちにとって探索は大事なことではあるけれど、休息も必要だったのだ。
「この家には畑もあるし、手入れをしてみるか」
「いいですね! 私、農作業は得意ですよ」
アオイが目を輝かせる。元の世界で農村出身だった彼女にとって、畑仕事は慣れ親しんだものだろう。
「え、それは休んでいることにならないような……」
ぱせりは体を動かさないことが休みなようで、アオイを見て複雑な表情をしていた。
「薬草を育てるとアイテムになるって聞いたんジャけど、試してみようかな」
ジャコーハはダンジョン内の不思議な法則に興味があるようだった。
こうして俺たちは集落でのんびりと、それぞれのやりたいことをするスローライフを始めるのだった。
◇ ◇ ◇
翌日、俺は家の脇にある畑を見に行った。区画が整備されていて、雑草が生い茂っている程度だ。
「よし、まずはこのあたりを整えるか」
しゃがみ込んで草を引き抜いていると、何人かの若い女性が通りがかった。
年は10代から20代前半といったところか。
「ああ、セージさん! お疲れ様です」
「しばらくここにいるのかな?」
「畑を使うんですか?」
女性たちは皆、楽しそうに話しかけてきた。『地獄の破界団』と戦った時に、大通りの脇で様子を見ていた集落の住民たちだ。
集落の仕事で外に出ていたところ、俺の姿を見つけて挨拶に来たようだ。
「あ、こんにちは。畑のことは分からないから、いろいろ教えてもらえると助かる」
「もちろんです! 集落の恩人ですから、何でもお手伝いしますよ!」
女性が嬉しそうに説明する。どうやら俺は集落では有名人らしい。
「ここの気候なら、あのような作物が育てやすいですよ」
彼女が遠くの畑を指さして、お手本とすべきものを教えてくれる。
「ありがとう、育てる難しさや期間も考えないとな」
「いえいえ。足りない道具もお貸ししますよ」
「セージさんて、どんなところから来たの?」
「とても頼りがいがありますよね」
女性たちは賑やかに明るく話している。
「あの召喚、初めて見ましたよ」
「他の探索者じゃ勝てない奴らを、あんなあっさり……!」
「ずっと集落にいて欲しいですよ」
「いや、大したことじゃ……」
「そんなことありません」
「あの時、とてもかっこよかった!」
「とても尊敬してるんです」
女性たちの視線が熱っぽいような気がする。
これは……もしかして。人生に1度だけあるモテ期というやつなのでは……?
「セージさん」
突然、後ろからアオイの声がした。振り返ると、村娘といった見た目の服に着替えたアオイが立っていた。
「おお、アオイ。どうした?」
「セージさんのお手伝いに来ました。私、畑のことは得意ですから」
「あの、こちらは……」
集落の女性たちが困惑している。俺がアオイのことを紹介しようとすると、アオイはより早く自己紹介を始める。
「私はセージさんのパーティの勇者で、アオイです。レベル1の時からずっと一緒にダンジョン探索をしていて、ボスを一緒に倒したり、対人戦を連携で切り抜けたりしてきました。セージさんの世界では同じ家に住んでいますし、この集落でも同じ家です。よろしくお願いします」
「は、はあ……よろしくお願いします」
女性たちが戸惑いながら挨拶する。なんだかアオイがいつもより、というより過去最大によくしゃべったような気がする。女性たちが3人いるから、自己紹介も3倍の長さということか……。
そしてそこまで俺と一緒のパーティだということを強調しなくても、と思う。
「そ、それでは、私たちはこれで」
集落の女性たちが去っていく。
「セージさん、この畑は私に任せてください!」
「お、おう。頼む……なんかいつもより元気だな」
「はい、昔からやってきたことを活かせますから!」
なるほど、得意なことに触れられるから気合が入っているというわけか。
アオイは手慣れた様子で土を耕し始めた。その手際の良さは、農村出身の経験者のものだった。
「すごいな、プロの動きだ」
「はい! セージさんのお役に立てて嬉しいです!」
アオイが満面の笑みを浮かべる。そんな時、家の方からぱせりがやってきた。
「のんびり農作業している時間、あるかな……」
「あまり世話をしなくてもいいものを植えて、探索の合間に帰ってくればいいさ」
収穫まで何カ月も畑を見続けるなんてことは、考えていない。
数日間の休みで気晴らしになればいいと考えていた。
「ぱせり、無理に付き合わなくてもいいぞ」
「ネットもゲーム機もないから、時間が余ってるし……」
ぱせりは、耕運機の擬人化に見えそうなくらい猛烈な勢いで土をひっくり返しているアオイの方を眺めると、また俺の方を見た。
「私もセージを手伝う」
「わかった、無理はするなよ」
ぱせりには畑というよりも、庭先の小さな鉢植えでも整えてもらうことにした。
「私も手伝うんジャ」
いつの間にかジャコーハも近くにいた。
「モンスターを連れてきて、罠で地面を爆破すれば早いんジャ!」
「それは集落の人たちが驚くからやめよう……」
基本的に、破壊力の高いスキルは攻撃魔法を含めて、戦闘中にしか効果が発揮されない。
ダンジョン内での生活に活かすスキルは、食べた探索者に攻撃力強化などの効果を与える料理を作れる『特殊調理』や、畑で作った作物が特別な食材になる『超農耕力』といった生産スキルくらいだろう。
「私もセージの役に立てると思ったんジャけど……」
なんだかまたしても、パーティメンバー同士が張り合おうとしている気がする。
「ジャあ、生産スキルを取って手伝うよ」
「スキルポイントを消費してしまうし、ここは慎重に取らずにおこう」
元々が休暇の気晴らしなので、のんびりと本来の力で作業しようと伝える。
こうして、家の周りが次第に整っていった。
ちなみに、ぱせりは1時間と持たずに疲れて部屋に戻っていった。
◇ ◇ ◇
畑仕事がひと段落した頃に空が暗くなり始め、夕方になったことが分かる。太陽が無いのに空の色が変わるのは相変わらず不思議だが、そういうものなのだから仕方がない。集落の住民によると曇りにもなるし雨も降るなど、天気も変わることがあるようだ。
「なんだこれは……宝石か?」
俺は畑の隅で奇妙な石を見つけた。
青く光る透明感のある石で、うっすらと発光しているようにも見える。普通の宝石ではなさそうだ。
『蝙蝠の塔』で手に入れたディスクワード魔法の石板にセットする魔法石、ワードストーンだ。
なぜ畑からこんなアイテムが出てくるのだろうと思っていると、同じ区画の土をいじっていたアオイも何かを見つけたようだ。
「セージさん、見てください、畑を掘っていたらこれが……」
「これは……素材アイテムか」
武器や防具の強化に使ったり、魔法のアイテムを作ったりするのに必要な鉱石アイテムで、ダンジョンでモンスターを倒したときに入手できる。
「もしかして、この区画ではアイテムの採掘ができるのかもしれない」
しかし、それにしては珍しいアイテムが出ているようなのが気になる。
俺は、「あ」と気が付いて声を出した。
初めてアオイとダンジョン探索に向かった時、俺たちはステータスが低かったので、少しでも生き延びられる確率を高めるようにしていた。そのために俺は『レアドロップ解放』スキルを取得して、拾ったアイテムで戦力強化を狙っていた。
『レアドロップ解放』は自動で効果が発揮され続ける。
「この畑エリアはドロップ可能な区画で、スキルの効果でレアアイテムを採掘できるようになったのかもしれない」
「もっと掘ってみましょう!」
アオイが興味深そうに言う。
俺は試しに、深めに土を掘り返してみた。すると、さらに素材アイテムが出てきた。
ただアイテムが出てくるだけではなく、危険度が高いダンジョンのレアアイテムが混ざっている気がする。
「ジャコーハにはスキルポイントを節約しろ言ったけど、『レアドロップ解放』スキルのレベルを上げてみるか」
色々な種類のワードストーンがあれば、様々な組み合わせでディスクワード魔法を試せるようになるし、『レシピアイテム』も畑から出るかもしれない。
「レシピアイテムって何ですか?」
「素材が揃っていれば、そのアイテムを消費して1回だけ合成ができるんだ。普通は『合成』スキルを取得していないとできないんだ」
『大蛇の塔』攻略の前に一休みしたのは正解だった。畑から、まさに思わぬ収穫があったのだ。高性能の武具のレシピを掘り当てた場合、戦力を大幅に強化できるはずだ。
「明日からは、畑仕事と並行して採掘も進めていこう」
「はい! 楽しみですね」
辺りが暗くなったところで家の中に入り、ぱせりとジャコーハに話すと、彼女たちも積極的だった。
ぱせりは畑の作業は苦手なものの、アイテムを発掘するのはゲームのガチャのような感覚らしく、待ち遠しいくらいの様子だった。
「これが急がば回れということか」
俺たちの探索は、集落でスローライフをしてみることで新たな展開を迎えつつあった。
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