第15話 おっさん俺、JK勇者たちと宿泊する

 塔から出て、ノイエルに教えられた町の方角へと向かって歩き始めてから数時間が経った。

 いい加減に疲れが溜まってきているのはもちろん、草原塔域が次第に暗くなり始めてきた。太陽が無いのに夜の概念はあるらしい。

 緩やかな丘陵をいくつか越えると、その後ろに隠れていた町が見え始めた。予想していたよりも大きい。

 町は切り揃えられた木材でできた柵に囲まれていて、背の高い柱に挟まれた扉が正門だと分かる。内側には3、4階建ての木造の建物が並び、夕方の薄暗い中で窓が光っている。

 よく見ると俺たちのように町の外から来る者が町に入ろうとしているし、舗装された道には人々の往来も見えるので、活気もあることが分かる。

 これほどしっかりとした町があるとは思わなかった。


「すごいですね。本当に町ですよ」


「『草原塔域』は昔から開拓されているのか」


 異世界の住民たちが交わるところ、そういった場所なのだろう。

 ダンジョン管理局も知らないということは、ここの住民たちはおそらく、俺やアオイの世界とは交流のない異世界から来ているのかもしれない。

 俺たちは町の入り口に向かった。


「ようこそ、ここは『草原の宿場町』だよ」


 門の近くにいる、初老の男性が声をかけてきた。初めて町を訪れた者に案内する役割をしているらしい。


「俺たちはダンジョン探索でこのあたりに来たんだが……」


「ああ、新しく接続された世界の探索者ですか」


 男性は穏やかな笑顔で俺たちを迎えてくれて、町の由来などを説明してくれる。予想していた通り、草原塔域に来た様々な世界の人々が作り上げた町のようだ。

 攻略のために長期の滞在が必要になるので、キャンプ地が次第にしっかりしたものになり、商売目的で来る者も増えて町になった……というわけだ。


「宿はもちろん、食堂、武器屋やアイテム補充のための店もありますよ」


「いやまて、ずっと塔が攻略されないとやばいんじゃないのか? 町が出来るほどの時間が経っているのは大丈夫なのか?」


「ああ、それはシーズンですね」


「急にカジュアルな単語が出てきたな……」


 町の住民の説明によると、壊滅的な被害の対象となる世界は一定の期間ごとに違うようだ。今回は俺たちの世界に被害が出る、だから新しく接続されたのかもしれない。

 その他に、草原には危険度『大』のハイリスクハイリターンのエリアがあるため、シーズン対象外の探索者も草原塔域に来るのだという。


「セージ、私は疲れた。休憩できる場所がほしい」


 ここに来るまでに特に疲れを見せていたぱせりが、細かい話は後にして休みたいという。


「それでしたら、快適だと評判で料理も美味しいところがありますよ」


 俺たちは案内役の住民に教えられて、宿を探すことにした。


 ◇ ◇ ◇


 宿に到着する。3階建ての木造建築で、外観はどことなく温かみがあった。扉を開けると、1階部分が食堂を兼ねているらしくテーブルが並んでいて、料理の香りが漂ってくる。

 奥のカウンターに進み、宿の主人と話す。面倒見の良さそうな雰囲気を纏っている温厚そうな男性だ。


「C級ですか。塔の攻略シーズンの方々でしたら、割引しますよ」


「騎士のボスを倒して1つ目の塔をクリアしてきたんだ」


「はは、御冗談を。目標と意思表明は大きい方がいいですがね」


 宿の主人は俺の言ったことを面白がっているようだ。どうやら戦塔騎士のいる塔をクリアしたことのあるC級探索者はいないらしい。


「お部屋の方はいかがしましょう?」


「えーっと……」


 俺は部屋割りについて考える。男女別々の部屋を取るのがよいだろう。全員個室……毎晩だとかなりの出費になるが、探索で得た収入もあるし大丈夫か。


「いずれもパーティが泊まるための大部屋ですが、それを4部屋ですか? うちとしては支払いさえあればいいんですがね」


「大丈夫だ、支払える」


「セージさん、私は皆で泊まってもいいですが」


「セージ、一緒の部屋でもいい」


「……いや、俺は1人で落ち着きたいんだ」


 ちょっと意地を張ったようになるが、3人の女性たちと同じ部屋で一晩過ごすのは避けておきたかった。

 主人に案内されて2階に上がると、廊下に部屋の扉が並んでいた。中を覗くと大きなベッドが置かれている。清潔で居心地が良さそうだ。


「それじゃ奥から俺、アオイ、ぱせり、ジャコーハで……」


「まった」


 俺が部屋割りを言うと、ぱせりが割り込んできた。


「私はセージの隣がいい。私はゲーム時代からの長い仲だし、セージと女子高生が隣だと間違いが起きかねない」


「え、何か起きそうに見えるのか。やっぱそうだよな、じゃ、あの部屋はぱせりで……」


「待ってください、私は別にセージさんの隣でもいいですよ? むしろ隣がいいです。間違いってなんですか」


 なんでこの2人は、俺の隣の部屋を取り合うんだ……。


「セージが奥から2番目でいいんジャ……?」


「そ、そうだな、それなら2人共が俺の隣の部屋で」


「間違いを起こす」


 ぱせりが何故か頬を赤らめて伏し目がちになる。

 その考えから抜け出してくれ。


「それなら私が……」


 とジャコーハが何か提案し始める。


「セージの部屋の天井に張り付いて見張るから大丈夫ジャ」


「それじゃ4部屋取った意味がないんだよ……」


 俺は頭を抱えたくなった。


「そう。それだとセージとジャコーハに間違いが起きるから意味がない」


 ぱせり大丈夫か、草原で何か変な草でも食わなかったか。


 ◇ ◇ ◇


 食堂で食事をとり、部屋に荷物を置いて一息ついていると、廊下から他のメンバーたちの声が聞こえてきた。どうやら宿にある浴場に行くらしい。

 草原や塔での長時間の探索と、その間の戦闘で確かに汗が気になるよな、と思う。


「セージさん、みんなでお風呂に入ってきます!」


「ああ、部屋の鍵に気をつけてな」


 部屋割りなどでは意見が割れるものの、彼女たちの仲は基本的に良好だ。

 俺もまた自分の部屋で宿から貸された部屋着に着替え、男性用の浴室へと向かう。

 適度な温度の湯船があった。流石に温泉ではないようだが、どこから汲み上げてきたのか湯の量は豊富だった。草原塔域というダンジョンの中で、こんなに快適に過ごせるとは思っていなかった。


「はあ……生き返る。ばばんば……♪」


 湯船に浸かって鼻歌を歌っていると、1日の疲れが溶けていくようだった。

 そうして風呂から上がって部屋に戻ると、外はすっかり暗くなっていた。

 ベッドに入ると、驚いたことに自宅よりも良いもので、身体が沈み込むような心地よさだった。


(支払った額も多かったし、もしかして相当いい宿に来てしまったのか)


 もう少し宿のランクを下げて、節約すべきだっただろうか……。

 いったい何日くらい宿泊することになるのか。

 草原塔域での塔の攻略を、多少強引でもいいからショートカットする方法を試すのはどうだろうか、などと思案に耽りながらベッドの上を転がる。

 すると、温かくて柔らかい大きなぬいぐるみのようなものに手が当たる。

 俺の知らない異世界の枕か……?


「いや、そんなもんあるわけないだろ!」


 未知のモンスターだったら危険が危ない! 咄嗟のことで乱れた思考のままに掛け布団をめくりあげる。

 すると、寝巻姿のぱせりが丸まって入っていた。


「うわあー!」


 驚きのあまり俺は、ダンジョンで物陰から格上モンスターが飛び出してきた時のように叫んでしまった。


「うっふん」


「うっふんじゃねえよ……」


「いやん」


「いやんでもねえよ。なんでここにいるんだ」


「部屋を間違えた」


 あれだけ“間違いを起こしてはいけない”などと言っていたぱせりが俺の部屋に来てしまうとは。

 というか、どうやって入ったんだろう……。


「鍵、かかってなかった。さっき気を付けろと言ったのはセージなのに」


「マジか……」


「うぇるかむってことだった?」


「ねえよ!」


 ぱせりから、入浴の時につけたであろう香料の香りが漂ってくる。それが妙に気になってしまう。


「それにしても、鍵をかけてなくて、防犯は大丈夫だったかな……」


 急に装備品やお金のことが心配になる。


「それは私がずっと見張ってたから大丈夫ジャ」


 天井から急に声がして、見上げるとジャコーハが張り付いている。


「うわあー!」


 驚きのあまり俺は再び、ダンジョンで宝箱から猛毒のガスが飛び出してきた時のように叫んでしまった。

 てかジャコーハはなんで天井にいるんだよ。セキュリティ突破してたのかよ。

 ぼとりと、大きいベッドの上にジャコーハが降ってくる。

 そして、廊下を“どどど”と走る音がして、もの凄い勢いでドアが開いた。

 俺の叫びを聞いたアオイが駆けつけてきたのだ。


「セージさん! 大丈夫ですか!? モンスターの襲撃ですか!?」


 そして彼女の見たものは、ベッドの上にいる、俺とぱせりとジャコーハ。


「なにやってるんですか!」


 アオイは大きな声で聞いてきた。どうしてこうなったのか、俺も知りたい。


「えーと……間違い?」


 ぱせりが手短に答える。その回答はとんでもなく間違いだ。

 俺は頭を抱えた。


「もう、静かに寝かせてくれ……」


 アオイは怪しむような表情だったし、ぱせりはがっかりしたような雰囲気だったし、ジャコーハは防犯用に罠を入り口に仕掛け始めるしで、全く落ち着かない空気だったが俺の部屋から解散してもらった。

 そして、今度こそ静かになった部屋で、俺は天井を見上げながら考えた。


 明日も塔の攻略が始まる。宿で起きたことは置いておいて、この広大な草原エリアをクリアするまでには、あとどれくらいの期間が必要なのだろうか。

 天使のノイエルに、平均的な期間を聞いておくべきだったのかもしれない。本来は複数のパーティが協力して探索するもののはずで、このままだと意外と長くかかりそうだ。

 ダンジョン管理局のために、できるだけ情報を持ち帰ってやろう。

 まずは次の塔の調査だ。

 そんなことを考えているうちに、俺の思考は眠りに落ちていった。

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