第16話 おっさん俺、入るだけで何日もかかる塔を1日で登る
翌日、俺たちは朝から2つ目の塔を目指して出発した。結構な距離があったが、昼前には到着する。
「この前の塔とは少し違いますね」
アオイが言う通り、白い石でできた塔で、ある程度近づいた時点で輝いているようにも見えて美しかった。戦塔騎士の塔よりも、優雅で神秘的な雰囲気を纏っている。
1階部分にある扉も純白で、左側と右側にそれぞれ馬のような生物のレリーフがあった。
額から角が伸びていることから、おそらくユニコーン……純潔な乙女にしか手懐けられないとされる聖なる獣だ。
「この前の塔が『騎士の塔』だとしたら、ここは『一角獣の塔』といったところだな」
「どうやって入るんでしょう」
騎士の塔では扉の前に立つと自動で開いたが、今回は動く気配が全くない。
数百メートルの外周をぐるりと歩いて確かめるも、他に扉らしきものは見当たらなかった。
「封印されているんジャないか?」
ジャコーハが塔の周りを調べながら言う。
「やはり開かないか……」
天使のノイエルからは、条件を満たさないと入れない塔があると聞いている。
鍵か、入り口の封印を解くアイテムか、それとも塔の内部への転送ゲートが草原のどこかにあるとか……。
今日は入り口の様子を確かめに来たが、鍵穴らしきものもないのでヒントも見当たらない。
塔に入るまでに、何日、いや下手をすると何カ月も草原エリアを探さなくてはならないかもしれない。
この『草原塔域』に町が出来るわけだ。
「他にも2つ塔があるし、あまり時間をかけたくないな」
俺がそういうと、ぱせりは攻撃魔法の詠唱を始めた。
「“手っ取り早く入れないか試してみる” 『ファイアブラスト』」
火炎魔法が扉に向かって放たれる。しかし当然、塔は敵の扱いではないので火は扉に触れた途端に消えてしまう。
「魔法は効かない……」
それを見たアオイも剣で扉を叩いてみるが、びくともしない。
ジャコーハのスキルで塔周囲に大量の落とし穴を設置するが、罠は何事もなかったかのように虚しく消えていった。
「扉や土台を壊す反則は禁止ってとこか……」
俺は塔を見上げて観察した。『一角獣の塔』と『騎士の塔』の共通点として、10階を超えるあたりから壁の間には隙間があるようだ。
塔の見た目は違っていても、柱や壁の位置といった構造はそっくりなのかもしれない。
「よし、あれを試してみよう。みんな協力してくれ」
俺は昨日の夜に考えていた“早く塔をクリアする方法”のうち、入り口が閉ざされているパターンを実践してみることにした。
◇ ◇ ◇
数十分後。
「キシャギャオオォ!」
俺たちは草原に出現する植物系モンスターの『突進ビーストフラワー』と戦い、戦いながら塔の前まで移動してきた。
突進ビーストフラワーは、ツタが絡まって狼のようなシルエットを形作っているモンスターで、顔の部分には大きな花が咲いている。
「はあはあ、こいつを誘導するのは疲れるんジャ」
雑魚モンスターだが俺たちからすればステータスは高めで、長時間戦う場合は防御や回復スキルを上手く使わないと、こちらがやられてしまう。
「よし、俺たちは塔の前に移動だ!」
「ここでいいんですね!」
パーティ全員が、扉の前に集合する。
そして、ぱせりには突進ビーストフラワーを倒さない程度に火炎魔法で攻撃してもらう。
「“弱火で炙る” ファイアボール」
突進ビーストフラワーの残りHPは僅か。
俺はパーティ全員の防御力が上がるスキルを使って、“ある攻撃”が来るのを待つ。
しばらくすると、突進ビーストフラワーが後ろ脚で地面を掘るようなポーズを取り、全身に強い力が集まっていくのが分かった。特殊な攻撃の前兆だ。
「フラワアアァァ!」
「よし、今だ! 『レヴォイド』。ジャコーハはトラップを仕掛けるスキルだ!」
「分かったんジャ! 『バーンホール』」
俺はパーティメンバー全員が地上から浮かぶスキルを使った。次の瞬間、突進ビーストフラワーがスキルを使って突っ込んでくる。
『ジャイアントスマッシュ』
その攻撃には、俺たちが戦塔騎士を塔の最上階から突き落とす時に使った『ノックブレイク』のような弾き飛ばしの効果がある。対象は俺たち全員だ。
「うおぉぉっ!」
「わああっ!」
通常であればぶっ飛ばされるし、後ろに塔があれば壁に衝突することになるのだが、俺たちは地上から浮き上がった状態だ。
『レヴォイド』で浮いた状態は、自由に空を飛べるわけではない。あくまで自分で歩いて移動できる範囲の床や階段の上まで動ける。
例外は敵の攻撃で弾き飛ばされるときだ。
「運動エネルギーも角度も、物理法則なんて無視するはずだ!」
ダンジョン内の戦闘中は、ステータスやスキルの効果に支配されると言っても過言ではない。
浮遊状態のときに、弾き飛ばされる前と後で地面の高さが違う場合は高い方に合わせて浮かぶようになっている。
だから戦塔騎士との戦いでは、俺たちは塔の外に吹き飛ばされても地面に向かって落ちなかった。
今回、俺たちの後ろには『一角獣の塔』があり、最上階にはほとんど壁がない。
ということは、飛ばされて着地する先は最上階の床だ。
俺たちは一瞬で高度を上げ、眼下の草原が遠くなっていき、遠くの町が見える。絶景とも言える景色。
そして次の瞬間には、俺たちは塔に入って浮いていた。
「す、すごい、本当にここまで飛ばされてきました……」
「階段登らなくて済んだ。楽ちん」
「こ、怖かった。失敗して落ちてたらどうするつもりだったんジャ……」
「大丈夫だ、その時は浮遊の効果で地面に激突しない」
同時に地上では、ジャコーハが仕掛けた火炎の罠で突進ビーストフラワーが倒されていた。
「よし成功だ。ダークコンクエストと同じだったな」
元々は、浮遊状態で弾き飛ばされた後は、『攻撃してきた相手と同じ高さで浮遊する』という仕様だったのだが、壁にめり込むバグやキャラクター同士が重なるバグが発生していた。それが修正された結果がこれである。
「まだ攻略は完了していない、ボスがいるはずだ」
俺たちはそれぞれ武器を構えながら、最上階の中央に身体を向けた。
◇ ◇ ◇
一角獣の塔は、内部もまた白い大理石で作られていて、美しい空間だった。ドーム状の天井には花や鳥の装飾が施され、メルヘンチックかつ幻想的な雰囲気に包まれている。
「綺麗ですね……」
アオイが思わず感想を漏らした。
部屋の中央には泉があり、美しい白い一角獣が立っていた。
「うわあ、本物のユニコーンです……」
アオイが目を輝かせるが、俺はまずいと思っていた。
“ダーコン”でのユニコーンは、恐ろしく強いボスだ。目の前のボスも圧倒的な強さと考えて間違いはないだろう。
このまま戦えば俺たちに勝ち目はない。
ユニコーンは俺たちの方を向き、言葉を発した。
「この塔に登る侵入者たちよ……」
柱と柱の間が、魔法の壁で塞がれた。
戦闘から逃げられなくする仕掛けだろうけれど、このせいでユニコーンを塔から突き落とす戦い方もできなくなった。
俺は思考を巡らせた。どうすれば勝てるんだ……?
ユニコーンは静かに話し続けている。
「清らかな乙女たちよ。汝らに穢れはないだろうか」
ユニコーンの視線がアオイ、ぱせり、ジャコーハへと向けられる。
「え、えっと……」
3人が戸惑っていると、ユニコーンは満足そうに頷いた。
「良い。汝らは皆、純真な心を持つ乙女だ」
「いや、どういうことだよ」
ユニコーンと俺の目が合う。
「そしてもう1人は……ハア、男か……」
「なんで残念そうなんだよ」
「清らかな乙女たちの仲間であるなら、悪人ではあるまい。ユニッコリ」
ユニコーンは穏やかな口調のまま、嬉しそうに身震いした。
今の語尾に突っ込みたくて仕方がないが、機嫌が良さそうなところに水を差さないようにした。
「さあ、この塔の秘宝を持ってゆくが良い」
ユニコーンがそう言うと、部屋の中央に光の柱が立ち上がった。
いくつかのアイテムも出現する。おそらく塔をクリアした時に得られるものだろう。
「ボスなのに俺たちと戦わなくていいのか?」
「汝らは皆、心清らかな者たちだ。この塔の試練はクリアしたも同然」
「清らかって、どういうことだ?」
「我に言わせるか? その、つまり、エロゲーみたいなことをしたかどうかだ。乙女たち、まだでしょ。ユニッコリ……」
「おい! セクハラじゃないのかそれ! てか判定できるの凄いな!?」
特徴的な語尾と共に、セクハラユニコーンは満足気な様子で光に包まれて消えていく。
最上階の壁も消えて、青空が見渡せるようになった。
「昨日、宿でそういうコトする流れにならなくて、よかった」
「待てぱせり、脳内を清らかにしてくれ。ユニコーンが戻ってくるかもしれないから……」
だが、心がどうのこうの言っていた割には、思考や発言内容は気にされないようだ。
ユニコーンが消えた後は、静かなままだった。
「あっけなく終わりましたね」
「まあ、戦わずに済んだのは良いことか」
泉に入ってアイテムを拾おうとした時、空の向こうから誰かが飛んでくるのが見えた。
この高さで飛べる者で、心当たりがあるのは天使のノイエルだ。
「ちょっと待ってくださいよおぉ!」
かなり急いで飛んでいるらしく、ジェット戦闘機のようにギーンと空を裂く音を響かせていた。
そして塔の中に着地すると、どどど、と駆け寄ってくる。
「はぁ、はぁ……。皆さん、もうこの塔をクリアしたんですか!?」
「ボスがユニッコリとか言って勝手に消えたんだ」
「そうじゃなくて、どうやって塔に入ったんですか!? 草原の奥地などで何日もキーアイテムを探す必要があるはずですが」
「さっき、そこから入ったぞ」
俺は柱と柱の間を指差した。
「嘘……」
ノイエルは信じられないといった顔で鼻水を垂らした。
気温の低い空をすごい早さで飛んだから冷えたのだろうか。
「飛行系モンスターをテイマー系スキルで手懐けるとか、私が抱えるとかすると落雷で撃墜されるのに」
なんと、もし空中から移動して入ろうとしていたら危なかったのか。
俺たちが無事なのは、戦闘中に敵の弾き飛ばしスキルを利用していたせいで、雷の対象外だったのかもしれない。
「うう、勇者さんたちが何日間か迷ったところに私がヒントを与えに現れて、『助かりましたノイエル様』などと言われて感謝される展開が、無くなってしまいました」
「いやあんた、誰の味方だよ……」
「それに、ユニコーンとも戦わずにクリアするなんて……」
「乙女だったからな」
「そういう条件があったのですね……。過去のシーズンで『一角獣の塔』をクリアした探索者のパーティには、聖女やシスターも結構いたのですが」
「それ以上は言わないでくれ。これから聖女を見た時に色々と考えてしまいそうだ」
ノイエルは、俺たちが彼女の助けなしにあっさりと『一角獣の塔』の攻略を終えたので残念そうだった。
しかし、ノイエルは敵ではない。あくまで俺たちを助けてくれる立ち位置のようだ。
「残りの、『大蛇の塔』と『蝙蝠の塔』は今回のようには入れませんよ。最上階まで全部の階が壁に囲まれていますから」
「教えてくれてありがとう。助かるよ」
俺は残りの塔について考える。今回はたまたま入る方法を考えついたが、次は一筋縄にはいかなそうだ。
正規ルートを使うしかない場合は、それなりの準備が必要だろう。
「とりあえず、1度町に戻って情報収集するのがいいかもしれないな」
◇ ◇ ◇
俺たちは『一角獣の塔』を後にして、町への帰路についた。ノイエルは再び、草原塔域の空を警備しに戻っていった。
「今日は早く終わりましたね」
「うん。あっという間だった」
「次の塔も、なんとかなりそうなんジャ」
みんなが楽観的な雰囲気だった。
運が良かっただけだ。残りの塔はそう簡単にはいかないだろう、と俺は自分自身を戒めた。
俺は草原を歩きながら、次の作戦を練り始めていた。
背後の塔から、『乙女たちを守ってやってくれよ、ユニッコリ』という声が聞こえたような気がした。
気のせいだと思いたい。幻聴だ。
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