第14話 おっさん俺、塔のボスを倒して天使と出会う

「ぐわああぁこんな攻撃でええぇッ!」


足場を無くした騎士の姿は一瞬で見えなくなった。


「強敵だったな」


「突き落としただけで、楽勝に見えたけど……」


ぱせりはそう言うが、アーマーナイト系の上位であり、まともに戦えば苦戦したはずだ。

そして、苦戦するということは誰かがやられていてもおかしくない。そうなればパーティの戦力は大幅に落ちるし、最悪の場合は解散だって有り得る。

環境を駆使して何もさせずに倒さなければならない段階で強敵なのだ。


「このやり方が通用する状況で、運が良かったな。」


「セージの判断が良かったんジャ!」


ジャコーハが満足げな表情で俺を見ている。


「で、塔のクリア報酬を回収したら、帰還できるのか?」


俺はそう言いながら気付く、そういえば塔から落として勝った場合は戦塔騎士とやらから得られるアイテムはどうなるんだろうか。下まで拾いに行くのは疲れそうだ。

それにボスを倒したのに、他のダンジョンのように帰還の魔法陣が出現するわけでもない。

何も起きていない。


「……いや、戦闘が続いているのか? 『ワイドイージス』」


俺は、周囲の味方が1回だけ攻撃を無効化できるスキルを使用した。

その瞬間、


「ぐぬおおぉぉ!」


下から、怒ったような騎士の雄叫びが響いてきた。

そして落ちていったはずの騎士が、背中から鋼の翼を生やして最上階の高さまで飛んできた。


「第2形態かよ!」


「あの程度で我を倒したつもりか!」


翼を羽ばたかせて、騎士が空中を移動していた。翼から光の粒子を散らし、荘厳な雰囲気を纏っている。

明らかに先ほどよりも強そうだ。


「未知のダンジョンだけあって、ボスとの戦いも一筋縄にはいかないか……」


今度は第1形態と同じ戦法は使えない。正面から戦うか、攻略法を見つけなければならない。


「ハハハ、改めて我が力を見せてくれよう!」


騎士が翼を大きく広げ、羽ばたきと共に突風を起こした。俺たちは体勢を崩されそうになるが、ワイドイージスの効果で無効化する。


「風圧攻撃か……厄介だな」


「ひいい、今度はこっちが落とされそうなんジャ!」


なるほど、塔の最上階に壁が少ない理由は、ダンジョン探索者を落下させるためだったのか。もし対策していないパーティなら、さっきの攻撃ですぐさま全滅していただろう。


「ではゆくぞ! 『ヘルダイブスラッシュ』」


戦塔騎士が空に光の粒子を残して、猛烈な勢いでアオイに突進し、斬り付ける。アオイが斬撃を受けながら吹き飛ばされて、HPの6割も減るダメージを受ける。

アオイもまた『ワイヤーアクション』スキルで反撃し、空中で体勢を立て直して翼を持つ騎士と剣を交える。


「はああっ!」


「かかったな! 我にその攻撃は効かぬぞ」


アオイの剣が戦塔騎士の胴を捉えた瞬間、アオイにダメージが入る。俺はすぐさまアオイに攻撃を中止させる。

このダメージ反射は、災害級モンスターにも備わっていた防御効果だ。こちらの攻撃は跳ね返されて通じない。


「このダンジョンは危険だな。ボスの防御は一級品だ……」


ステータスは災害級モンスターに及ばないにせよ、それでも俺たちが戦える相手じゃない。それにドラゴンロード・アポカリプスを倒したときのような、特殊なダメージを与えるためのレジェンダリー装備は、その戦いで壊れて無くなっている。


「勝てない? 調査はここまでかな」


ぱせりが提案する。俺もまた同感だ。少しでも危ない状況になったら、すぐ帰還アイテムを使う予定だった。強敵がいるという情報を持ち帰れば、ダンジョン管理局からも少しは報酬が支払われるだろう。

俺は攻略を中断して、帰ろうと決意しようとしていた。


「まってほしいんジャ! 知らないスキルが取れそう」


ジャコーハが、あることに気付いたと伝えてくる。俺はその内容を聞くことにした。


「ハハハ、相談している暇はないぞ、そおれ!」


「くっ、『レヴォイド!』」


戦塔騎士が翼を広げて回転するのが見え、俺は咄嗟に全員を浮遊させるスキルを使った。猛烈な突風が塔の最上階をすくい、今度は俺たちが空へと投げ出された。

間一髪で使ったスキルの効果で俺たちは空中に留まり、落ちずに済んだ。


「ひい、地面が遠いんジャ!」


「下を見ないようにして、敵の動きに集中してくれ!」


だが、空中浮遊スキルの効果を得ている最中は動きが鈍くなる。対して、翼を持つ戦塔騎士は鳥形のモンスターのように俊敏だ。


「ハハハ、遅いな!」


「……ッ! 詠唱が中断された」


ぱせりが狙われて、攻撃魔法の詠唱を中断させられる。幸いにもHPの全てを持っていかれることはなかった。だが、圧倒的に不利な状況には変わりない。

次に戦塔騎士より先に行動できるのは、元から早いジャコーハくらいだ。

そして彼女の攻撃がこの戦いでは最も大事だ。


「よし、十分近づいたな。頼んだジャコーハ!」


ジャコーハが戦塔騎士の頭上に移動したところで、俺はジャコーハの『レヴォイド』の効果を切った。浮遊効果を失ったジャコーハが自由落下し始める。


「なんだと!? 汝ら気でも狂ったか!?」


「ううっ、怖いんジャ! 『グレードスティール』」


ジャコーハがスキルを使った瞬間、彼女は光に包まれ、輝く羽根を伸ばして浮き上がった。代わりに、戦塔騎士の背から鋼の翼が失われた。

『見知らぬスキル』は、おそらくこの草原エリアと塔に来た時に追加されたものだ。俺も知らないということは、ダークコンクエストのアップデートで追加される予定だった新スキルだったのかもしれない。

そしてその効果は『強さレベル2までの強化効果を奪う』である。ダメージ反射などの強力な防御効果はレベル4ほどだったはずだが、『空中適性』はレベル2のはずだ。

つまり、空を飛べるようになった戦塔騎士の第2形態から、翼を奪った形だ。


「うおおぉ!? まさか! この我の翼を……!」


戦塔騎士は再び地面に向かって落ちていき、聞こえる声が小さくなっていく。ジャコーハの方は、翼を鷹のように広げて空中を移動し、ふわりと塔の床に降り立った。

そして遠くから、ドーンという衝突音が聞こえた。


「今度こそ倒したか……」


俺は頬を伝う汗を拭いながら、床に着地した。アオイとぱせりも降りてくる。


「やりましたね、あの騎士は本当に強かったです」


「2回も落として勝つなんてね」


みんなが安堵の表情を浮かべている。俺も緊張が解けて、ようやく笑みがこぼれた。そして、戦塔騎士は地面に落として倒したはずだが、部屋の中心に光が溢れ、ボスを倒して得られるアイテムが出現した。


「親切設計だな」


「これで、ダンジョン探索が終わって帰れるのでしょうか?」


「まって、あれ」


ボスを倒し、これからどうすればよいのだろうかと思っていると、ぱせりが何かに気付いた。

視線を向けた先の遠くの空に、モンスターの群れがいた。怪鳥や小型の竜が、こちらに向かってきている。


「おい、まだ敵がいるのか?」


ボスではないようだが、1体1体が強力なモンスターだ。

俺たちは再び武器を構えた。タワー攻略とボス戦の直後なので、HPも魔法力も万全ではない。


「セージさん、大丈夫でしょうか」


「数が多そうだが……だめなら撤退だな」


「せっかく、ボスを倒したのに……」


敵の数は20体以上。特にドラゴンタイプのモンスターが厄介だ。油断すると高ランクの探索者でも命を落とすことがある。


「厄介だな」


飛行系モンスターたちが塔の最上階を取り囲む。ジャコーハの『グレードスティール』は敵1体にしか使えないので、群れを相手にする場合は有効な戦術ではなくなる。


「いったい、どう戦えば……」


アオイも剣を構えたまま、動けずにいる。

俺が対策を考えあぐねていると突然、空から幾筋もの眩い光線が降り注いだ。


「えっ!?」


何体かのモンスターが光に貫かれ、悲鳴を上げて墜落していく。

そして、白い翼を持つ少女が塔の頂上へと降りてきて、柱の間を通って入ってくる。

金髪で、純白の服を纏っている。まさに天使と呼ぶに相応しい美しさだった。ただし胸は一目で分かるほど大きかった。


「ここは私に任せてくださいな」


天使の少女が両手を広げると、再び空に光の筋が描かれ、


「ギャアアア!」「グオオオ!」


残りのモンスターも次々と撃墜されていった。


「なんだ、これは……」


俺たちは呆然とその光景を見つめていた。

辺りが静かになると、天使の少女が近寄ってくる。近くで見ると、神々しいオーラに包まれているにしては意外にも、アオイと同じくらいの年頃に見えた。


「私はノイエルと申します。この『草原塔域』の管理を任されている者です」


「俺はセージだ。えっと、管理って……」


「そして、皆さんにご注意があります」


ノイエルが急に真剣な表情になる。


「今のモンスターたちは、最上階への侵入者を感知したことで他の塔から来た援軍です」


急にモンスターの大群が来たのは、俺たちがこの部屋に入ったからだったのか。戦塔騎士をすぐに倒してしまったので、援軍は間に合わなかったようだが。


「これから、この塔の最上階に出現するボスは凄まじい強さです。すぐに引き返すことをお勧めします!」


「え? でも、俺たちはもうボスを倒したんだが……」


俺がそう言うと、ノイエルは不敵に笑った。


「ふふ、最上階の一歩手前の敵と間違えたのですね。そこに像が立っていますが、実は勇者殺しの戦塔騎士といって私でも勝てず……って、あれ? 戦塔騎士はどこに?」


ノイエルが首をかしげる。


「いや、もう倒したんだ。アイテムが落ちてるだろ」


俺はボスを倒した後に出現したアイテムを指で示した。


「ま、まさか本当にい……!? “一旦撤退して他の塔から順に攻略して強くなって”……と言いに来たのに」


ノイエルが驚きの表情のまま、言葉を続けた。余程のことなのだろう。美しい顔立ちのノイエルは、よく見ると鼻水を垂らす一歩手前だ。


「でもノイエルも、俺たちより圧倒的に強そうだけどな」


飛行モンスターの群れを全滅させた力は、ノイエルの強さを証明している。


「いえ、そんなことは……。私はまだまだ未熟で、空中の敵に特化しているだけです」


ノイエルが顔の前で手をひらひらと振って謙遜する。彼女は俺たちの力量を計ろうとしていたものの、自分の力に絶対の自信を持っているわけではないようだった。

このようなタイプは嫌いではないな、と思う。

あと口には絶対出せないけど、胸の方は遠慮とは程多いほどの自己主張だし……。


「あの、ノイエルさん、ですか?」


アオイが1歩前に出る。ノイエルはなんでしょうかと顔を向ける。


「セージさんは凄いんです。だから戦塔騎士を倒せたのも当然なんです」


「そう。侮らない方がいい。それにセージは昔から強かった」


「セージの戦術は天才的なんジャよ」


「え、えっと……皆さん、セージさんを信頼しているようですね」


ノイエルが困惑している。なんか皆が俺のことを凄いと説明する妙な状況になってしまった。


「それより、他にも塔があるって言ってた気がするが」


俺は話題を変えることにした。


「はい、全部で4つの塔があります。3つの塔のボスを全て倒すと、最後の塔が現れます」


「なるほど、この草原が広がっているフィールドは、塔を全部攻略するとクリアというわけか」


「はい。もし最後の塔を攻略できないまま放置すると、塔がモンスターごと皆さんの世界に顕現して大変な災いになるはずです」


さらっと、とんでもないことを言う。『草原塔域』を完全クリアせずにいると、災害級モンスターのように、俺たちの世界に破界と被害がもたらされるようだ。


「よし。皆がよければ、他の塔の攻略も続けよう」


「なんと。困難とは思いますが……いえ、戦塔騎士を倒したのであれば、止めなくてもいいですね」


ノイエルは警告と説明の役目でここに来たので、既にこの塔のボスを倒していた俺たちを前にして、少し様子がおかしかった。


「長い攻略になりますね。でも、私はセージさんについていきますよ」


「うん。セージなら突破できる」


「帰還アイテムもあるし、まだいけるんジャ」


みんなが俺への信頼を示してくれるのは嬉しかった。ノイエルの困った顔を見ていると少し申し訳ない気もする。


「……分かりました。他の塔には、それぞれ入るための条件があります」


「この塔みたいに、すぐに入れないのか」


「はい。アイテムが入り口の鍵となる塔と、ゲートを開く必要がある塔。残念ながら、私はその鍵もゲートについても知らないのです」


ノイエルが申し訳なさそうに説明した。


「ありがとう、ノイエル。何も知らずに塔に向かっていたら、がっかりするところだった。助かったよ」


俺がそう言うと、ノイエルの頬がほんのりと赤くなった。


「あ、いえ、当然のことですから……」


その様子を見て、アオイとぱせりの表情が少し険しくなる。ジャコーハもなんとなく思うところがあるような目をしている。


「そして私はしばらくの間、同行し続けることができません。他の塔から飛行系モンスターが放たれるので、倒し続けないといけないのです」


「そうか、だから『管理者』というわけか」


ノイエルが一緒に来れないことを知って、パーティの皆の顔はさっきと違って気分が良さそうになった。

急に現れた人というか天使だけど、仲良くしてあげてくれ……。


「そうそう、既に訪ねられたかと思いますが、この草原塔域には、様々な世界から来たダンジョン探索者が作った町や村があります」


「マジか……まだ行っていない」


「えーっ……無補給でこの塔の攻略を?」


あまりにも呆気に取られたノイエルは、今度こそ鼻水を垂らしそうな表情になった。どうやら俺たちは、この塔の最上階に到達するよりも先に町や村に行っておいた方がよかったところ、すっ飛ばしてしまったようだ。


◇ ◇ ◇


そうして俺たちはノイエルと別れて歩き出す。

しばらくしてから後ろを振り返ると、ノイエルがまだ塔の前で俺たちを見送っていた。


「セージさん?」


「ん? ああ、何でもない」


アオイの呼びかけで我に返る。なぜか彼女は、ノイエルの方を見た俺が気になる様子だった。

ノイエルが飛び立ち、俺は遠くに建っている他の塔の方に向き直る。

草原の風に吹かれながら、俺たちは次の塔を目指して歩き出した。

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