第二章 おっさん俺、ダンジョン探索の最前線を開拓する

第11話 おっさん俺、選ばれた探索者になる

 アオイと永久にパーティを組む権利を購入し終えたことで、俺たちの生活はようやく落ち着いた。

 もう彼女が契約切れで異世界に送還される心配がない。

 ぱせりとジャコーハを加えた4人でのダンジョン探索生活が続くことだろう。


「今日はどのダンジョンに行きますか?」


 朝食のトーストを食べながら、アオイが尋ねてくる。


「もちろん危険度『中』のダンジョンだ。」


 相変わらず金が無いので、地道に稼ぐことを続けるだけだ。俺たちには、世界一のダンジョン探索者になるとか、配信で人気者になりたいとかの崇高な意思があるわけでもない。のんびりと安全なダンジョンを攻略して、安定した収入を得ていければそれで十分だ。

 とはいえ、日によってダンジョンの危険性が上振れして、モンスターケージで強敵ばかりでてくる場合や、稼げないのに罠が沢山あることもあり、それなりに危険な日々なのだが。


「私も賛成。安全第一でヨシ」


「危なくなければそれでいいんジャ!」


 ぱせりとジャコーハもうんうんと頷く。みんな無茶な冒険よりも確実性を重視する方針で一致している。


「でもジャコーハは、探索者の適性があったけど、普通に学校帰りにバイトしてた方が安全なんじゃないか?」


「急に実家が借金まみれになったんジャ……」


「すまん、プライベートが結構深刻そうだな」


 俺は慌てて、ジャコーハの事情を深く聞かないようにした。

 稼ぎをパーティ人数で割ったとしても、流石に高校生のバイトよりは稼げる。それにパーティの家に住めるので家賃も無くていい。ダンジョン探索者になることは、ジャコーハにとってはメリットが大きいようだ。

 朝食を終えて、俺たちは今日もダンジョン管理局に向けて出発する。

 日課としてこなしていけば、ダンジョン探索者の生活リズムは普通に仕事をするのとあまり変わらない。


 ……今朝は、そう思っていた。


 ◇ ◇ ◇


 管理局に到着してダンジョン探索を申請しようとするが普段とは違い、俺たちのパーティは奥の会議室に通された。

 女性の局員が、


「管理局からご協力の依頼があります」


 と言うのを聞く。そう聞いてあまりいい予感はしなかった。

 管理局員が説明を続ける。


「新しいタイプのダンジョンが出現しました。詳細が分からないため、特別に選ばれたパーティに調査を兼ねた探索を依頼しています」


 新しいタイプのダンジョンか……。

 俺はこれまで、ダークコンクエストをプレイしていた記憶を活かして、効率よくダンジョン探索を進めてきた。

 もし俺の経験や、知っている法則が効かない場所なら、かなり危険な目にあうかもしれない。


「なぜ俺たちが選ばれたんだ?」


「災害級モンスターを討伐した実績を評価させていただきました。高いランクやステータス素質だけが選定条件ではありません。ギルドに襲撃されて撃退したような状況への対処能力から、調査を依頼することになりました」


 正直、これまでの活躍は運と偶然の産物だったと思うのだけど……。Sランク探索者の集団でも勝てなかったモンスターに勝ったことは、確かに凄い実績に見えるかもしれない。

 しかし選んでくれた管理局には悪いが、未知のダンジョンに挑むのは危険だ。入ってすぐ全滅する可能性もある。『実績を評価』と言われると聞こえはいいが、まるで炭鉱が危険かどうかを判定するためのカナリアだ。

 今の俺たちは安定してダンジョン探索ができる。わざわざリスクを冒す必要もないだろう。


「もちろん、未知の場所が危険な可能性もあります。緊急帰還アイテムを支給いたします。さらに、参加していただける場合は特別な報酬もあります」


 緊急帰還アイテムは1つ数百万円はするはずだ。俺たちはまだ金が無いので用意できていない。危険な状況でも、確実に脱出できるアイテムがあるなら、リスクは大幅に軽減されるか……。


「特別な報酬ってなんジャ?」


 ジャコーハが急に質問をした。


「探索の状況によります。様子を見てすぐに帰ってくる程度であれば、報酬はありません。どこに何があり、どんなものがあるのかを調査した場合、ざっとこのように……」


 局員がテーブルに紙の資料を置いた。

 災害級モンスターを倒した時の方が上だが、それでもかなりの額だ。

 そして、その金額を見たジャコーハが俺の方に遠慮がちな視線を向けたことに気付く。

 朝の会話を思い出す。

 ジャコーハの家庭には大きめの借金があるんだっけ……。

 アオイとパーティを組む権利を購入する時には言わなかったのだろう。ジャコーハもお金が必要だというのに。

 ジャコーハに弟か妹でもいれば、彼女自身のため以外にもお金が必要なはずだ。


「私はセージさんの方針に従いますよ」「私も」


 アオイとぱせりがそういうと、ジャコーハもまた、


「わ、私もセージの考えた通りでいいんジャよ!」


 と、俺に決定権を委ねてきた。

 だがきっとジャコーハは、新しいタイプのダンジョンの調査報酬が欲しいはずだ。このパーティは彼女がいたおかげで助かったことも多いから、できる限りなんとかしたい。


「……まあ、緊急帰還アイテムがあるなら、危なくなったらすぐに逃げればいいか」


 たとえ一瞬で帰ったとしても、報酬が0なだけだ。

 新種のダンジョンへ探索に行くことを決めると、局員だけではなく、アオイもぱせりも少し嬉しそうだ。

 未知への好奇心と、安全装置があるという安心感。

 皆、これは遊びじゃないとは思いつつも面白そうだと思っていたようだ。


「偵察なら任せるんジャ!」


 とジャコーハは特に嬉しそうだった。俺はそれを見て、彼女をがっかりさせなくて済んだと安心した。


「新しい場所……セージさんと一緒なら、きっと大丈夫です」


 このパーティの勇者であるアオイもまた、俺としっかりと目を合わせる。

 局員はその様子を見て、


「あれ、これはのろけ……?」


 などと漏らしていた。


「違う。2人はそんな仲じゃない。距離を縮めるのはこの私……」


 ぱせりが強調するように否定し、少し拗ねたような声で言った。

 なんかばちばちと音がしそうな空気になった気がするが、俺は気を取り直すことにした。


「よし、それじゃ行ってみよう。ダメそうなら即撤退で」


 そして俺たちは、管理局の奥にあるダンジョン入口への転送部屋に向かった。

 時間が来ると部屋に光が満たされ、俺たちはダンジョンへと移動した。


 ◇ ◇ ◇


 僅かな浮遊感、一瞬だけ体に感じる周囲の環境の変化。それでダンジョンへ転送されたことが分かる。

 目に入る光が収まっていく。

 すると、広大な草原が広がっていた。地面は僅かに隆起していて、遠くには空気を通して薄い色になった山々までが見える。

 空には青空と雲がある。数キロの遠くには塔が建っていて、さらに遠くにも同じような塔があると分かった。


「これがダンジョン?」


 まるで異世界の大地そのものが広がっている。石造りの建物や洞窟といった、通常のダンジョンとは全然違う。


「外に来たように見えますね」


 とアオイが感想を述べる。とてもダンジョンの内部とは思えない光景だ。

 俺は帰還のアイテムを掌で軽く握りながら、『ダークコンクエスト』のことを思い出していた。草原と塔。この組み合わせに、どこか既視感を覚える。


「もしかして……追加される予定だった内容か」


 俺の脳裏に、かつて『ダークコンクエスト』の運営がネット上に掲載していた『イメージボード』のイラストが浮かぶ。あの画像と、いま見ている風景はそっくりだ。

 大型アップデートで追加される予定だった、幻のフィールドとコンテンツ。

 残念ながら、俺を含めたユーザーたちがそれをプレイする前に、ゲームがサービス終了してしまったのだが。


「セージ、知ってるの?」


「ああ、多分な」


 ゲームに入らなかったとはいえ、ダークコンクエストの内容に似ているということは、ダンジョン探索やモンスターとの戦いは基本的に今までと変わらないはずだ。

 もちろん、知らない要素の存在にも注意して進む必要がある。


「よし、まずは近くの塔に向かってみよう。それでも情報収集の報酬が上がるはずだ」


 ダンジョン・イン・ダンジョン――“ダーコン”の運営が、そんな用語を発表していた記憶がある。単語から想像するに、草原の中にある塔もまた攻略対象のダンジョンのはずだ。

 ダークコンクエストでプレイすることができなかった『続き』が目の前に現れたようで、俺は、(慎重に……)と自分に言い聞かせつつも、少しわくわくしていた。

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