第12話 おっさん俺……には広すぎるダンジョンが少しきつい

 草原を歩き始めて2時間ほど経つと、俺はすこしバテ始めていた。遺跡タイプのダンジョンを丸1日探索する場合は立ち止まることも多いのでわりと平気なのだが、これだけずっと歩き続けるのは久しぶりだ。

 他のメンバーはみんな俺よりも若いので、1番へたっているのが自分だと思うと少し恥ずかしい。

 ……と、思っていたのだが。


「はあ、はあ。ちょっと休憩」


 先に根を上げたのはぱせりだった。小学生体型なので歩幅が小さく、世界が広く感じるのかもしれない。おまけに出るとこは出ていて、重りを抱えているようなものだ。


「わかりました、休みましょう」


 といったアオイはケロッとしている。元の世界で散々ブラック農村生活をしていただけある。


「管理局には、長距離移動の準備が必要だと報告しとくか」


「あの塔、とても高いんジャな……」


 ジャコーハがこの先にある塔を見上げている。最初はもっと近いと思っていた塔だが、歩いてみると相当な距離があることが分かった。


「普通のダンジョンなら広くても1フロアで数百メートル四方だからな。この草原は……何十キロあるんだろうな」


 俺はうっすらと額に浮かび始めた汗を拭いながら、どこまでも続く草原を見る。緩やかな丘陵がいくつかあるせいで地平線は見えないが、もし誰かに『実はこのダンジョンの大地は球体で果てしない』などと言われても信じてしまいそうだ。


「でも、いい天気ですね。風は気持ちいいし」


 アオイが無邪気に笑いながら言う。制服が風を受けて微かに揺れている。青い空に、徐々に形を変えながら流れていく雲。確かに天候は申し分ない。


「ほら、セージさん。この花も綺麗ですし」


 そう言いながらアオイが屈み込んで、足元に咲いている小さな白い花を掴み取って見せてきた。

 よく見ると草原に生えている草は均一ではなく場所によって生えている草の種類が少しずつ違うようだ。

 俺は可憐な花を見たことで、早く移動したいという気持ちを抑えることにした。草原エリアのダンジョンにいることから攻略のことばかり考えていた。

 この広大なエリアの探索においては、アオイのように地面の花を見るような感性を持つこともいいことなのかもしれない。

 アオイはその後、器用にも何本かの茎を束ねて、花の冠を作り上げた。彼女は農村で、こうして昔から遊んできたのだろう。


「私に着けてみてください」


「俺がか」


 断る理由はない。俯き加減で膝を曲げるアオイの頭に、花の冠を乗せる。小さな白い花は、素朴であるにせよ整った顔立ちによく似合っている。

 陽光に照らされるアオイを見ているだけでも気分が良くなるので、このまま眺め続けていたいくらいだ――しかし、それではJKを眺め続ける不審なおっさんになってしまうので、視線を風景へとずらす。


「むむ、いい感じになってる……。セージ、私にも」


 草原に座り込んで休んでいたぱせりが、息を整えるや否や手元にあった赤い花をぶちんと引き抜いて立ち上がり、俺に見せてくる。

 髪に挿せということらしい。


「まあ、いいけど……。おっ、似合うな」


「へへ、嬉しい」


 背が低く幼い印象のぱせりには、しっかりとしたアクセサリーよりそのへんの花の方が自然な感じになりそうだった。それにしても、一瞬だけアオイにドヤ顔を向けているのはなんなんだ……。


「あっ、それなんジャけど……」


「えっ、ジャコーハも?」


 ジャコーハが比較的大きな、シソのような葉を手にしていた。飾り気も一切ないし、あれを着けても飾りにはならず、草は草にしかならないと思うが……。

 それならアオイとぱせりがつけた花の方が良さそうだし、この辺にはいくらでもある。


「言いにくいんだけど、その白と赤の花は毒草なんジャ……」


「わわわ!」「クソがあぁ!」


 アオイが慌てて冠を外して置き、ぱせりは花を地面に叩き着けた。

 なるほど、ジャコーハが持っていたのは毒消しの草か。


「うう、そういえば指が赤くなって、HPが少し減っています……」


「ここは危なそうだな、少し移動するぞ」


 俺は、体力を消耗している上に毒まで回ってしまったぱせりの背中を支えて移動する。毒草はHPダメージだけではなく、体調も悪くなる影響があるようだ。

 ジャコーハが摘んだ毒消しの草を手で磨り潰し、ぱせりの髪を指ですいてやる。次の入浴までは草の成分が付いたままになってしまうだろうけれど、ハッカのような鼻を抜ける良い香りがするので、気分は悪くないと願いたい。


「よし、ここまで移動すれば毒の花はないだろうな」


「セージ、もう少しゆっくり歩いて。苦しい」


「すまん、まだ毒の効果が残っていたか」


 俺とは歩幅がかなり違うぱせりを、弱っているのに急いで歩かせることになってしまった。

 毒が抜けきっていないのか顔が紅潮して汗ばんでいるので、無理をさせてはいけない。


「違う、苦しいのは、胸……」


 そう言って、ぱせりが振り払うようにして俺から離れた。無理をさせ過ぎたのかもしれないな……と思うが、なぜかアオイとジャコーハがこっちをじっと見ていることに気付いた。


「せ、セージさん私も少し足元が!」


「いや、今元気に走ってたような気がするが……」


「もっと分かりやすくしないとダメなんジャな!」


「いや何が!?」


 女子高生たちと年の差がある俺では、会話のテンポが合わないのかもしれない。急にパーティの結束が心配になって来た。

 するとぱせりが改めて俺の前に立ち、


「胸が苦しかったのは、セージが……」


 と何かを言いかける。言い辛そうに1回言葉を切っている。俺は何かやらかしてしまったのだろうか。

 アオイとジャコーハも静かに息を止めている。

 改まって、急になんだろう。

 毒の効果のせいか、少し潤んだぱせりの眼が俺をしっかりと見ている。

 ぱせりが続きを言おうとして――周囲に出現したモンスターの声に遮られた。


「クサクサ! クッサーァ!」「クッサー!」


 独特の声を出しながら、植物系のモンスターが周囲の土から飛び出してくる。土の塊のように見える身体は乗用車のタイヤほどの大きさで、赤い目と細い牙の生えた口があった。そして本体から1メートルほどの茎と葉が伸びている。


「毒の花の次はモンスターか! やはりここはダンジョンだけあるな!」


 5体のモンスターに急に囲まれたが、アオイたちもダンジョン探索に慣れてきているので、すぐに応戦の構えを取る。


「はああ!」


 アオイが斬り付けるが、この草原にいる植物系モンスターは固い繊維を持つのか、ほとんどダメージを与えることが出来ない。

 というよりも、ダークコンクエストだったら追加アップデートのコンテンツなだけあってモンスターたちが強く、俺たちが適正レベルではないのだ。


「だが、植物系モンスターなら火炎魔法が効くはずだ! ファイヤボールで牽制……って、うおっ!?」


「“急に割り込んできてなに台無しにしてくれとんじゃこら――”『メガヒートブラスト』」


「ウギャー!」「クサー!」「ゴワワー!」


 ぱせりの最大火力の大魔法が辺りを火の海に変え、上位モンスターの全てが瞬時に焼き尽くされた。先ほどまで毒で弱っていたとは思えないほど殺意に満ちた立ち姿だった。

 弱点でより大きなダメージを与え、モンスターたちはオーバーキルされて消し炭になっている。


「ぱせり、なんか怒ってないか?」


「怒ってない、クール」


 俺はいつもと違う雰囲気を感じて訊ねたが、ぱせりは短く答えただけだった。

 熱気が収まると、俺たちはドロップアイテムなどを回収した。モンスターから得られるアイテムは通常のダンジョンとあまり変わらないようだ。


「ところで、ぱせりはモンスターが出る前に、何を言いかけてたんだ?」


「もういい。行こう」


 ぱせりは少し不機嫌な様子で、すたすたと歩き始めた。

 俺は「え、でも」と声をかけようとするが、アオイとジャコーハまでもが、


「もういいと思います」「もういいんジャないかな……」


 と止めてくるのであった。


 そして、毒の植物が群生している場所やモンスターの襲撃を乗り越えて、さらに数時間歩いて、ようやく1つ目の塔に辿り着いた。

 都心部の高層タワーマンションのような大きさで、見上げると最上階がうっすらと霞んでいる気さえする高さ。1階部分の外周も数百メートルはありそうだ。

 巨大な金属の扉は不思議な力で動くのか、俺たちが塔の前に立つと重さを感じさせる音を響かせながら左右にスライドした。

 塔の内部には大理石のような光沢のある床が続いていて、白い石の柱や壁が見える。


「中は……今まで探索したダンジョンに似てますね」


「ああ、下の階に行くのか登るかの違いのようだな」


 おそらく探索して進むことになる。これまでとほとんど同じはずだ。

 予想はしていたが、草原エリアを移動した先で立て続けに塔を攻略することになった。

 ダンジョン・イン・ダンジョンは疲れるなと、俺は塔を見上げながらため息をついた。


「まあ、塔の中に何があるかを調査すれば、管理局から報酬が出るはずだ。気を付けて入ってみよう」


「はい、慎重に進みます!」


 俺たちは武器を構えて、警戒しながら塔の内部へと足を踏み入れた。

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